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あやめはホールに戻ると、真っ先に麗香を探し出した。
「麗香ちゃん!」
あやめの呼び掛けに麗香はびくりと体を揺らした。
体のラインが出るブラックドレスは、麗香らしからぬチョイスだった。振り返る麗香にあやめはぐっと距離を詰める。
「……会長」
「暁はどこ?」
「どうしてわたくしに聞くのですか」
「あなたが居場所を知っていると、鴉森静夜が言ってる」
あやめが麗香の腕を掴んだ。握りしめる手が震えている。
「痛いです、会長」
「答えて」
ただならぬ雰囲気を察して、年配の男性が麗香の側に立った。男性はあやめの腕にそっと手を添える。
「お嬢さん、これは何事だい? 麗香、何があった?」
「おとうさま……」
麗香の父だった。
来賓か、とあやめは考える。……よりによって。
あやめは麗香の腕を離さないまま続ける。
「……近衛さんのお父さま。彼女と私は今、重大な話をしています。事と次第によっては子どもの遊びでは済まされないかもしれません」
麗香は怯えた目であやめを見上げた。あやめは会場を見回す。
――暁の父、天明の姿を探している。天明は離れたところでゲストと談笑していた。
息子がいないことを知っても動じないのは、よほど息子を信頼しているのか、どうでもいいのか。とにかく、最悪は天明を巻き込もうと決意してあやめは矛先を父親に変えた。
「私が探しているのは、この学園の理事長の孫、鷹宮暁です。近衛さんはもしかしたら、行方を知っているのではないかと」
「どうして、娘が?」
「目撃情報があります。周囲に不審がられないうちに、穏便に済ませられればそれが最もよいと考えます」
「そこまで言うのは、娘を疑う確証があるということだね? もしそうでなければ、ただでは済まないよ」
あやめは麗香の父親を見つめてから頷いた。再度麗香に視線を移す。あやめがさらに麗香を掴む手に力を込める。
「隠さないで。知っていることがあるなら教えて。お願い」
あやめを見ていた麗香の父親が、麗香に向き直る。
麗香はみるみる顔色を失っていった。唇が開いては何かを言いかけて閉じる。視線も忙しなくあやめと父親を往復して、静かな変化ではあったけれど、明らかに尋常ではない様子だった。
「麗香」
咎めるような父親の声に、麗香はついに、手にしていたポーチから銀色の鍵を取り出した。
「これは、どこの鍵?」
あやめが鍵を受け取って落ち着いた声で訊ねる。
「……ここの一階の、備品倉庫です」
麗香の返答に父親の顔色が変わった。あやめは構わずに続ける。
「自分が何をしたか、わかってる?」
麗香は消えそうな声で、はい、と言った。
「鷹宮さまが……あなたを選んだから」
「私に仕返しがしたくて、暁を閉じ込めたの?」
麗香は首を横に振る。
「彼は誰もが欲しがる星なの。彼の隣にいる女の子はこのパーティーの主役になる。パーティーだけじゃないわ。誰からも侮られず、何よりも優先されるべきたった一人の女の子になれる」
麗香は澱みなくそう言った。星。あやめは、麗香の言い分はもっともだと思った。あやめだって、同じことを考えた。暁の隣にだけ許される特権がこの学園にはあった。それが心地良いのは、事実だった。でも。
「暁が星だから、欲しかったの?」
「そうよ」
「暁が星でなかったら、いらないの?」
「……どうでしょう。もしそうでなかったとしても、あの方は素晴らしい方かもしれません。でも、もしそうであれば、私はここまであの方を渇望したりはしなかった」
あやめは右手を振り上げた。
ひと思いに麗香の頬を叩く。パチン、と良い音がした。
もう一発お見舞いしたかったけれど、掌が熱くなったことで理性が二発目を止めた。
「暁は私のよ。星であろうがなかろうが、暁は私にとって一番なの。たったひとつの私のものよ!」
ホールに響いた平手打ちの音で、注目が一気に集まってしまった。あやめは構わず、ホールを飛び出した。
*
「宵さんは?」
大階段の上から静夜はホールを見下ろしていた。端の方で、あやめが麗香を詰めている様子がある。近付いてきた小夜に、静夜は興味なさげに訊ねた。
「踊ってる」
「おまえはいいのか」
「やめてよ。踊りたい男なんてこの世にいない」
小夜は静夜の見つめる先に目をやった。
あやめが右手を振り上げるのが見える。麗香の頬を叩いた音は、ここまで届かなかった。
「僕もビンタされたかったなぁ」
階段手摺に頬杖をついて静夜はつぶやいた。その隣で小夜が呆れたため息をつく。
「その自虐感情、どうにかならないの?」
「……ならない」
「気持ち悪い。それにしても、これで本当にあやめちゃんと暁くん、破綻するの?」
「さあ。あやめさんの行動は読めないから、どうかな。鷹宮くんは言えないと思うけどね」
そう、暁はきっと言わない。このまま封印を続けた場合、あやめがどうなるか、なんて。知らなければ、都合がいいから。
けれどあやめはきっとそれをよしとはしないだろう。
どうにかして、真実にたどり着く。そうなれば、それは静夜の思惑通りになるのだ。
その代わり、静夜のもとにあやめが来ることは永遠になくなるけれど。




