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後夜祭は実行委員の仕切りによって着々と進んでいった。
司会による来賓紹介、校長の挨拶、そして体育祭の表彰。表彰では会長であるあやめが順位を読み上げ、校長が記念品、優勝旗を渡すというシンプルな流れ。
あやめさえいれば何の変更もなくその場はつつがなく進行できる。けれど。
いつも後ろに控えている暁がいない。
代わりに静夜が控えているが、それはまたべつものだ。静夜は暁の代わりにはならないし、暁もまた、静夜の代わりにはならない。
後夜祭は表彰を終え、いよいよ舞踏会へと進む。
まずは生徒会長と、各委員会の委員長がファーストダンスを踊る。当然のように、静夜はあやめに右手を差し出した。
「では、いきましょうか」
あやめは静夜の手を取った。そっと握られるその手の温度は、暁より少し低い。
……なんでも比較してしまう。そんなのは意味がないのに。第一、静夜に失礼だ。
腰に静夜の手が回る。静夜の顔がすぐそこだ。肌理の細かい白い肌と左眼の下の小さな黒子。
愛嬌のある顔のわりに、すらりと長い手脚。肩に触れると、思ったよりも厚みがある。見れば見るほど、単純に顔がいい。でも。
むぎゅ、と静夜の革靴をあやめのヒールが踏みしめた。
「あらごめんなさい、リードの上手くない方とは踊ったことがなくて」
「……まいったな、ちゃんと講習会で練習したんですが」
ぎこちないリードと、焦りからか握った手に力が籠る。
足元を覗き込んでは、ハッとして姿勢を正して周りとぶつからないように空いているスペースへとターンした。
「すみません、カッコつかなくて」
困ったように笑う静夜に、あやめもつい笑った。
「ううん。楽しいよ」
「そうですか? それならよかった」
「難しいよね。私もワルツしか踊れないもん」
「というか、まさか日本の学校でワルツを踊るとは思ってもなかったですよ。黎明は本当に、おかしな学校だ」
「一理ある」
一、二、三、一、二、三。
ゆっくり、でも音楽に合わせてステップを踏む。慣れてきたのか、静夜の表情も柔らかくなっていく。あやめは繋いだ手が溶け合うように同じ温度になっていくのを感じた。
「前にあやめさん、ダイエットしなきゃって言ってたでしょう。ほら、やっぱり全然必要ない。こんなに細くて折れてしまいそうだ」
静夜が腰を撫でるので、肩を思い切りつねる。
「いたた」
「紳士にあるまじき発言ね」
「浮かれてしまいまして。お許しを」
静夜の黒い瞳にあやめが映る。その奥はずっと深い暗闇なのに、なぜだかあやめはそれも悪くないと思うのだ。
「……楽しい?」
「ええ。ずっとあなたと踊っていたい」
けれど、その言葉の次の瞬間、曲が自然に終わりを迎える。二人は手を離して距離を取り、互いに一礼した。
あやめと静夜は、一曲終わるとすぐさまホールを後にした。誰かに声を掛けられる前に、急いで廊下に出る。
廊下にはカーテンの掛けられる小さなスペースがいくつかある。そのうちのひとつにこっそりと隠れた。
「大変ですね、あやめさん。いつもこうなんですか?」
軽く息を弾ませて静夜が問う。あやめも呼吸を整えながら答えた。
「ううん。いつもは暁が一緒にいるから、誰も近付いてこないの。今回はいないから」
「僕がいるのに」
「静夜くんは光だもん。きみも、ひとを寄せ付けちゃう方でしょ」
静夜が黙り込む。あやめは長く息を吐いて、呼吸を整えてから静夜を覗き込んだ。
「私に付き合う必要ないよ。静夜くんは、戻って踊ってきたら」
一瞬、静夜の瞳がきらっと光ったような気がした。
「――いやですよ。言ったでしょう。僕はあなたの恋人になりたいんですよ。あなたといたいんです」
豪速球に、あやめは反応が遅れた。不快じゃない告白は心臓に悪い。
嫌悪よりときめきが勝ってしまって戸惑う。カケラも好きではない相手からの好意なら、簡単に突っぱねられるのに。
「……でも、みんな、静夜くんのこと待ってるよ」
「あやめさんは?」
「私は……。私は、暁を待たなきゃ」
静夜があやめの肩をそっと掴んだ。顔を上げる。静夜がいつになく真剣な表情であやめを見ていた。
「あやめさんに隠してることがあると知っても?」
あやめは俯いた。そんなこと、もうとっくに知っている。静夜はなお畳み掛けるように続けた。
「あなたに関する、とっても重要な秘密ですよ。知りたくないですか?」
「いい。暁が言わないのなら、それは私が知る必要のないことなんだから」
「ほんとうに?」
――ほんとうに?
それは、あやめが一番、あやめ自身に問いかけている。
本当に、それでいいの? 知らないままで、暁の孤独を理解しないままで、ずっと隣にいられるのだろうか。
ずっとって、いつまで?
「……私は簡単に惑わされない」
「彼が言わないのは、あなたを傷付けないため。自分一人ですべて背負うために隠してるんだとしたら? 彼はどこか欠けている。あなたの気持ちを無視しても、あなたが安全であればいいと考える。鷹とはそういう生き物だ。あなたのことを見ているようで、あなたの強さを見ていない。それは、愛と言いますか」
「……っ」
「彼は、一人で犠牲を払うつもりです」
――犠牲。鳥の家が払う代償。
暁の夢の話。暁の夢に、あやめが出てくること。それが一体、どんな夢で、暁はどうしてそこまでしか話してくれないのか。
聞きたかったけれど、暁が静かに首を振ったから、それからはもう聞くのをやめた。暁が話したくなさそうだったから。
あやめは静夜の胸を押した。涙が出そうになって、ギリギリで目を見開く。ここで感情を揺らされてはいけない。
「彼の父、天明さまが何を失ったか、聞いてみたらいい」
「……暁の、お父さま」
「僕たちは、千年の昔から同じ代償を払い続けている。あなたもまた、その犠牲の被害者になりますか?」
静夜の言葉に、あやめの背中が、後頭部が、目頭が熱くなる。思い返せば、静夜が学園に来た目的は最初からたったひとつ。
――封印をやめること。
それは鴉森の犠牲をなくすことと同時に、鷹宮や白鷺も救うことになるはずだ。
でも、鷹宮も白鷺も封印をやめることに消極的、というのが静夜の見立て。つまり、鷹宮や白鷺には犠牲を払ってでも封印を守っていく理由があるのだ。
――それは、なに?
「……暁の居場所を教えて」
「どうして僕に聞くんです」
「あなた以外に暁をどうにかできる人なんて、思いつかない」
「それは嬉しい評価ですね。あなたのその信頼にお応えするしかありません」
近衛麗香さんに聞いてみて。静夜はあやめの耳元で甘く囁いて、名残惜しそうに手を放した。




