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暁は一人になった部屋の中で深くため息をついた。
重ねてある丸椅子に腰を落ち着け、セットした前髪をくしゃりとかき混ぜる。
なぜ急に? なぜ今? これまではそんな素振りは見せていなかったではないか。……。
「いや……俺が見ていなかっただけか」
あやめについてだってそうだ。千歳が、あやめは顔色を隠すのが上手い、と言っていた。でも、直視できればわかるのだとも。
「……女はよくわからないな」
倉庫の外からは弦楽器の生演奏が微かに聞こえてくる。オーケストラ部から選抜された弦楽四重奏がホールに華を添えているのだ。
――間も無く、後夜祭が始まる。
あやめが心配しているだろうか。万理が探しているかもしれない。けれどこの時間、こんな場所に誰かが来るはずもない。誰もが入場待ちでエントランスに集まっているはずだ。
俺がいなかったら、あやめはどうするんだろう。そう考えたとき、自然と静夜の顔が浮かんだ。
――今夜だけは、あなたがあやめさんの隣に立つのを見たくないの。
「……あいつ……!」
暁は勢いに任せて立ち上がった。鴉森だ。おそらく、麗香の感情に干渉したのだろう。
力任せにドアを叩いた。今頃気付いても遅い。まさか、こんなふうに力を使ってくるとは。
「……あやめ」
どうか、静夜の手を取らないでほしい。
願いも虚しく、時間は刻一刻と過ぎていった。
*
「暁がいない?」
女子生徒用の更衣室のひとつ。あやめはドレッサーの前で緊迫した表情の千歳から報告を受けていた。
暁の失踪。
「ええ……万理が探しているんですけれど、見つからなくて」
「もう入場始まってるよね?」
「はい……」
「私も探すよ」
あやめが立ち上がった。暁と揃いのドレスは上半身はシンプルだけれど、腰から下にボリュームがある。ヒールの低いパンプスが幸いだった。
「いえ、あやめさんは残っていてください。後夜祭のスタートは表彰からです、会長がいなくてはなりません」
「でも」
「暁さまがこのタイミングでいなくなるなんて、ありえないことです。考えたくはないですが……あやめさんにも、何かあっては困ります。宵さんと静夜さんが前室にいますから、そこで一緒に待っていてください。後夜祭は定刻通りに始めなくてはなりません。暁さまがいなくとも、会は始められますしね」
「暁抜きで、始めるの?」
あやめは不安を隠しきれなかった。千歳が励ますようにあやめの腕を撫でる。
「暁さまは大丈夫。後夜祭を問題なく進められるのは会長だけです。おわかりですね?」
「うん……」
「私と万理は引き続き探しに行きます。実行委員には暁さまは体調不良ということにして、進めてください。……静夜さんには、十分注意して」
そう言って千歳は更衣室を出ていった。
静夜には注意して。
千歳は何を警戒しているのだろう。暁がいなくなったことに、静夜が関係しているかもしれないと考えている、ということ?
あやめは鏡を見る。しっかりと唇に色を足すだけで、それは普段とは全然違う顔のように見えた。
――僕があなたの恋人になりたいと言ったら、あなたは僕の手を取ってくれますか。
静夜の言葉を思い出す。その気持ちに、嘘は少しも感じなかった。それはあやめの欲目だろうか。あやめは立ち上がって、部屋を出た。
後夜祭が始まった。
すでに一般生徒たちはホールで歓談を始めている。宵は小夜と共に先に入場した。
「あやめさんとこうして大階段を一緒に降りられるなんて、鷹宮くんには悪いけど、光栄だな」
あやめは静夜のエスコートで二階の入り口前に立っていた。この大きな扉の向こうに進むことを考えると、頭痛がする。別に一人で入場したって良かったのに、静夜はそれを許さなかった。
「会長が一人で入場するなんて、それこそ不自然じゃないですか? どうでしょう、今日は僕で我慢……ということでは」
そう言って。暁とだって恋人ではない、役割としてそうなっていただけ。
であれば、静夜がその役割を担ったっておかしくない。
――でも。今まで培ってきた校内の空気を一変させることには違いない。学園の噂はますます加速するだろうことは容易に想像できた。生徒たちの反応も。
「……はあ。覚悟してよね」
「もちろん」
あやめがドアマンに向かって頷く。両開きのドアが音もなく開いた。
「生徒会長の入場です」
あやめと静夜が階段上に現れた途端、生徒たちがどよめいた。
あやめは顔色を変えないように表情を凍らせて、静夜の差し出した手を取った。そのまま階段を下りる。今日は大階段を挟んだ向かい奥にステージが用意されていた。
階段を下りきると、また静夜の腕に手を添えなおして会場をまっすぐにステージを目指した。
別に好きでパートナーをとっかえひっかえしてるわけじゃない!!
と、ひそひそ声に一人ずつ説明して回りたい気持ちになる。これではまるであやめが悪者みたいではないか。
「気にしないでください。あやめさんが一番綺麗です」
耳元で静夜が呟く。怒ればいいものか、呆れればいいものか。あやめはちらりと静夜を見て、つんと顔を背けた。
「よく言うよ。楽しんでるくせに」
「あれ。バレてましたか」
「静夜くんはいいかもしれないけど、私は困るの。面倒事はできるだけ避けたいのに」
「すみません」
少ししゅんとして謝る静夜に、あやめはまたひとつため息をついた。




