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お弁当でも食べて待っていましょう、というあやめに遠慮せず昼食を始めてしばらく。
やってきたのは副会長、鷹宮暁その人だった。
「清貴さまからは何も聞かされていないのか」
暁はあやめの隣に座ると早速本題に入った。
高校生とは思えぬ完成された美貌のあやめと、これまた高校生と思えぬ色気を放つ暁。
真正面から見ると、顔のパーツ配置が整っているのはもちろんのこと、そのパーツひとつひとつすら彫刻のよう。
改めて横に並んだ姿を見ると、二人の絵力に圧倒される。目もあやなほどで、思わず手で影を作って目を細めると、暁が右手を軽く上げた。
後ろで「ちーちゃん」がサッとカーテンを引く。
「すまない、明るかっただろうか」
「いえ、すみません。大丈夫です。お二人があまりに神々しかっただけで……」
カーテンに遮られ、薄暗くなった部屋でも顔を背け続ける宵に、暁とあやめは顔を見合わせた。
「……どうぞお気になさらず。えぇと、この学校への進学は母の推薦だったようですし、むしろ父も何も聞かされていないかも」
「なるほど。力のことは?」
「――――」
力。
宵はその言葉にごくりと唾を飲み込んだ。当然、知っているか。鷹宮の人なのだから。
宵の家には代々女子しか生まれない。
そして、長子には特別な力が授けられている。生まれたときから当然のように。
宵はこの力の存在を知ってはいたが、絶対に使わないこと、人には決して話さないことを幼い頃に母と堅く約束していた。
「……」
膝に置いた両手を強く握り合わせて口を噤む宵に、暁は敵意がないことを示すように両手を胸の前で広げて見せる。
「警戒しなくていい。私にもある。この学園は我が家が運営していることはもう知っているな? ここは私たちを保護するために作られたものだ」
「わたしたちを、保護?」
「そうだ。鷹宮、白鷺、そして鴉森。三家の子女を守るためにこの学園は作られた」
私立黎明学園。
この学園は、高貴なる血筋の子女が通う学び舎として創設されたがその実、鷹、鷺、鴉の末裔である三家の子女の保護を目的として創設された学園なのだ、と暁は淡々と語った。
だから、きみの母上はこの学園への進学を勧めたのだろう、と。
暁の説明を静かに聞きながら、宵は母にこの学園を紹介されたときのことを思い出していた。
心当たりはあった。
黎明学園は初等部からあるにも関わらず、宵が全く無関係の学校で小学校、中学校を過ごすことができたのは母が存命だったからだ。
宵の力を制御できるのは、宵本人以外に母だけだった。
母の病気が分かってからは、この学園に保護の役目を渡すために、宵をここに入れたということ。
「……鷹宮、先輩は、母と会ったことがありますか」
宵が視線を暁に向けた。暁がその視線を受け止める。
宵の金色の瞳が、暗い室内で輝く。暁の隣で、あやめがその瞳に息を呑んだ。
「……新年の席では、いつも挨拶をさせてもらっていた。幼い頃には、遊んでもらったこともある。やさしい人だった」
暁がその低い声で囁くように言った。
宵の母、朝日について。宵と同じ、白銀の髪と金色の瞳をした、穏やかに笑う女性のこと。
三家は普段の交流はほとんどないが、新年だけ集まって宴会を開くことが習わしとなっていた。
暁がその人と最後に会ったのは二年前の新年だった。
訃報を知らされた後、今年の新年の会では宵の父、清貴が当主代理として参加していた。
次期当主は目の前にいる、瞳を潤ませて今にも泣きだしそうなこの少女になるのだろう。
宵は、そうですか、とだけ言って、すっかり空になったランチボックスを手に教室へ戻っていった。
小さくなっていく背中を見送り、あやめが詰めていた息を吐き出した。
暁が学園の説明をしている最中、宵を取り巻く空気が徐々に冷えていくのがあやめにもわかった。
宵が去った今、冷気は消えた。
「あぁ驚いた。小さくて可愛い女の子かと思ったら。すっごいのね、鳥の子孫」
「まだ母を亡くして日が浅い。精神が不安定な状態ではあるだろうな」
暁がカーテンを開ける。窓の下、渡り廊下から足早に去っていく宵のつむじを見下ろしながら腕組みをした。
見た目こそ特徴的かもしれないが、話した雰囲気は至って普通の――普通過ぎる、年相応の、少女。
「あれは俺より強い」
「え? 鷹より強いの? 白鷺が?」
「力の強弱で言えば、だが。俺は見ることしかできないが、彼女は介入できるはずだ」
「介入? どうやって」
「それは分からない。彼女の能力は、白鷺の者しか知らないはずだ」
*
生徒会室を退室してから、すぐには教室に戻らず誰もいない特別教室で宵は息をひそめていた。
今、教室に戻れば、午後の授業までのわずかな時間さえ瑞葉やクラスメイトたちの質問責めにされかねなかった。
暁の言葉を頭の中で想像する。
毎年、宵を置いて新年会に赴いていた母。
暁がいくつの頃から新年会に参加していたかは分からないが、小さな男の子と手遊びをする母の姿が浮かぶ。
宵の記憶の中だけではなく、別の人の記憶の中にもたしかに生きていた母がいる。
そのことが、うれしいような、切ないような気持ちになった。
それに。
本当は小学校、中学校と九年もの長い時間を過ごした学校で高校まで卒業したかった。
中学三年の夏、この学園への進学を勧められたとき、病床の母と生まれてはじめて口論をした。
慣れ親しんだ校舎、大好きな友達と離れるなんて考えられない。
ママはどうしてわたしの気持ちがわからないの? と。
この学園を勧めたのは、宵を守るためだった。
母は最期まで自分がいなくなった後の宵のことを案じてくれていたんだと、他人の口から言われて、やっと信じることができた。
考えれば涙が出そうになる。
上を向いてぎゅっと目をつむり、他のことに意識を向けようと、この後のことを考える。
あと一限で、家に帰れる。
帰ったら、お手伝いさんが買ってきてくれているはずのうさぎ屋のいちご大福を食べるんだ。煎茶と一緒に。




