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新一年生のデビュタント、もとい入学パーティーが終わったのは、あの後すぐのことだった。
結局、瑞葉とは少しも会話できないまま帰宅し、悶々と土日を過ごした。
今日は週が明けた月曜日。
宵が教室に入ると、ざわりと室内が色めき立ったのを感じた。
入学初日にあれだけ盛り上がった女子たちがなんともよそよそしい。
瑞葉の姿を探して教室内を見回すが、見当たらなかった。
「あの」
宵は近くで輪になっていた女子生徒たちに声をかけた。
「はっ、はい!」
「瑞葉ちゃん……見てませんか?」
「瑞葉? まだ見てませんよ、ねぇ」
クラスメイトたちは気まずく視線を取り交わし、取り繕われたような空気がますます白々しい。
宵は礼を言って席に座った。
仕方ないので、予習をするつもりで教科書を開いてその場をやり過ごすしかないのだった。
宵が教科書を読み始めてしばらく。
もうすぐで朝礼がはじまる遅刻寸前になって、教室にバタバタと入ってきた瑞葉が宵の席を通り過ぎた。
「おはようございます、宵さん」
「お、おはよう、瑞葉ちゃん……宵、さん?」
瑞葉の慇懃な言葉遣いに疑問を呈す前に担任が教室に入ってくると、瑞葉はそのまま宵の後ろの席へ座った。
それからは授業の合間の五分休憩のたびに、宵が話しかける前に瑞葉は席を外してしまい、徹底的に避けられてしまった。
このままでは、まずい。
午前の授業が終わると、宵は逃げられないようにすぐさま後ろを向いた。
「み、瑞葉ちゃん! 話があるの!」
なんとか説明せねば、と気合が入ってしまったのか、思ったより大きな声が出た。
目の前の瑞葉はもちろん、近くにいた生徒たちの視線まで宵に集まってしまい、宵はちょっと視線を泳がす。
でも、ここでちゃんと言わなければ。
「あ、あのね。入学パーティーのことなんだけど」
「……」
瑞葉がほんの少しだけ、赤の他人を見るような視線を向けた。
それでも宵は怯まずに続ける。
「鷹宮先輩とは親戚みたいなものというか、昔からの知り合いで、あ、えっと、親が!」
「親戚!」
分かりやすく聞き耳をそばだてるクラスメイトたちから感嘆とも悲鳴とも取れないため息が漏れる。
悪いことはしていないはずなのに、なぜだか罪悪感が口の中に広がる。
「か、隠しててごめん。というか、鷹宮先輩の名前を聞いてもピンときてなかったくらいで」
「こちらこそ、失礼しました。まさか、そんなに高貴な出身だったなんて知らずに、馴れ馴れしくしてしまって」
「高貴じゃないよ……! ていうか、その話し方、やめよ? お友達になってくれたよね? わたしはわたしだし」
「……でも、住んでる世界が違うのは本当だよね」
棘のある言葉に宵は口を噤んだ。
この学校はたしかに、裕福な家庭の出身も多い。
もしかしたら、宵もそのうちのひとりなのかもしれない。
でも、同じ学校にいて同じクラスで授業を受けていて、世界が違うなんてことがあるのだろうか。
「……わたしは瑞葉ちゃんとお友達になりたい」
一瞬、二人の間に沈黙が落ちた。
それは宵の本心だった。
誰も知らない学校で、瑞葉が話しかけてくれたから、初日をあんなに楽しく過ごすことができた。
この学校に来てよかったと思えたのは瑞葉のおかげだ。
胸が締め付けられるようにしくしくと痛んで、宵は俯く。
そこに、教室の入り口に立つクラスメイトが、白鷺さん、と教室中に響き渡る声で宵を呼んだ。
クラス中がしんと静まり返る中、現れたのは。
「白鷺さん。すこしいいかな」
会長の藤堂あやめだった。
宵のクラスを騒乱の中に叩き落とした張本人は、何事もなかったように紅茶のカップにその花びらのような唇をそっと近付けた。
あやめの登場直後、男子生徒も女子生徒も、まるで芸能人が来たかのように歓喜に沸き立った。
沈みかけた宵の心も、一瞬で混乱に巻き込まれた。
いや、この人にとってあんなのはもはや日常のことなのだろう、と宵は思いなおし、目の前に置かれたほかほかの紅茶に視線を落とす。
ここは生徒会室。
あやめにお昼を一緒にどうかと誘われ、宵が何かを言う前に瑞葉をはじめとする女子たちに机にかけてあったランチボックスを持たされ、あやめを待たせるとは何事かと背を押されて教室を追い出された。
そのままあやめに連れてこられた先が、教室棟からパルテノン神殿のような回廊――もとい渡り廊下を進んだ向こう側にある、音楽室やコンピュータ室の集められた特別棟である。
生徒会室はその二階の端にあった。
革張りのソファに腰を下ろし、部屋にいた女子生徒――おそらく生徒会の人なのだろう――にお茶を淹れてもらうと、なんで最近の生徒会にはフィクションでもリアルでも紅茶がセットであるんだろうとふと考える。
何かお約束でもあるのだろうか。
それとも、高貴な人は紅茶を飲むものなのか。
宵は実家ではもっぱら煎茶か水か麦茶を飲んでいる。
「で、なんだけどね」
はい、と引き攣る喉から返事を絞り出す。
よく分からないけれど、クラスメイトのあの反応を見た後だからかやけに緊張する。
あやめはその硬い表情を見てか、長い髪を肩の後ろに流してニコリと微笑んだ。
ニキビひとつないつるんとした肌、凹凸のない卵型の輪郭、血色の良い美しい唇。やっぱり綺麗な人だな、と一瞬見惚れて、宵はハッとする。
「昨日、暁からきみの生徒会入りについて提案されたの。もちろん、この学園の役割だから私に異論はないのだけど、きみはどう?」
「はい? え、わたしが、生徒会に、ですか」
宵は自分を指さして聞き直す。
「そうだよ」
「その……いまいち、話が入ってこないんですけど、学園の役割と、わたしが生徒会に入ることに、なんの関係が……?」
というか、生徒会役員って選挙で選ばれるんじゃないのか。中学では友人が会長に立候補して投票したものだった。
あやめがきょとんとした表情になった。綺麗な人はきょとん顔も美しい。
「きみ、白鷺の家の方なんだよね?」
「はあ、まあ、苗字はその通りですけど」
「あららら……。ねえちーちゃん、これって私から説明していいものなの?」
あやめが振り返り、先ほどお茶を淹れてくれた女子生徒に確認する。ちーちゃんと呼ばれたその女子生徒は無表情で答える。
「どうでしょうね。まあ、会長ですから問題ないと思いますけど。一応呼びますか」
「どうせその辺で竹刀でも振ってるんだから、呼びましょ」




