↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵の白鷺と千年の恋  作者: 若草 玻璃
章典祭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/62

53

 あやめの背中を見送ると、暁は手に残った本を見つめた。

 あやめが好きだと言っていた本。


 二学期が始まってから毎日忙しく立ち回り続け、気付けば一人で行動することに慣れ始めていた。こうして一人でいることがいつか当たり前になる。


 あやめの日常は、暁が隣にいなくても変わらずに続いていた。むしろ、より一層賑やかになって、あやめの輝きは増すばかりだ。

 どこにいても、何をしていても目を引く。あやめは光。


 いつかあやめが暁のことを忘れる日が来ても、暁はこの学園での日々を生涯忘れないのだ。

 生徒会室で窓の外を見るあやめも、隣の席で黒板を見るあやめも、廊下を一緒に歩くあやめも、競技場の外で暁を待つあやめも。


 ――あやめが好きだと言った本も。手の感触も。永遠に忘れることはできない。


 何もかも忘れられない。

 心臓が握り潰される痛みで、あやめが触れた胸元を抑えた。いつか二度とあやめが暁を振り返ることがなくなったとしても。

 今、あやめは暁を見つめている。


 本を元の場所へ戻しながら背表紙をなぞると、今の今までここにいたあやめの記憶が鮮やかに蘇る。

 不安そうに揺れる瞳、赤く染まっていく耳。暁を見上げて、そして俯いたときに見えるつむじと、ほんのり甘い、桃のような香り。


 ちゃんと見たら、わかる。あやめだって釈迦や仏陀じゃあるまいし、男――暁に近付かれれば、動揺するただの女の子だって。

 その一端が垣間見えて、暁の心は浮き立つようだった。


 口元が緩んだのを自覚して、片手で口を覆うと。


「ニヤニヤしちゃって」


 暁の正面に並んでいた本が数冊抜き取られ、その向こうから静夜が顔を覗かせている。暁は表情を引き締めた。


「……鴉森」

「あんなふうにいじめたら、可哀想でしょ」

「……いじめてない」

「そう? きみだから安心して甘えていたのに、急にあんなふうに男出されたら、誰だって怯えるでしょ」

「俺がずっとそばにいられるなら、ずっとあやめに付き合ってやるつもりだった。だが、もうそうは言っていられない。俺がいなくなる以上、自分の身は自分で守れるようにならなければ」

「女王さまの自立を促す騎士ってわけだ。それが騎士のプライド?」


 静夜が興味深げに揶揄うのに答えず、暁が棚の間から出ると、静夜もついて来た。静夜ももちろん、暁やあやめと同じく執事の衣裳を身に纏っている。


「今は当番の時間じゃないのか」

「ん、ああ、ちょっと変わってもらっちゃった」

「操ったな」


 静夜は答えずに暁の進行方向を遮るように立ちはだかった。


「あやめさん……素敵な人だね」


 暁は静夜を黙ったまま見据えた。静夜は意図の見えない瞳をしている。子どもの頃から、多少のことでは取り乱すことのない大人びた男で、それは鴉だからだと暁は思っていた。


「近付くなら本気で来いって、言ってたっけ」

「おまえは冗談と受け取っていた」

「撤回する。ちゃんと彼女に恋をしてみようと思うよ」

「できるのか? 鴉のおまえに」


 静夜が肩を竦めた。


「どうかな。少なくとも、彼女に(・)は(・)力は使わない。僕にできるだけ、大切にしてみるよ」


 静夜はそれだけ言って、踵を返した。暁を置いて、図書室を出ていく。……あやめを追うつもりだろうか。


 暁はひとりその場に立ち止まって、窓を見上げる。きっと暁は、あやめの全部を覚えている。ずっと。

 秋の午前中の光が差し込む室内で、細かな塵がキラキラと輝いていた。



 *


 

 文化祭初日の午後。筋肉痛の手足をぎくしゃく動かしながら、宵は瑞葉、小夜とともに2-Aの執事喫茶にやってきていた。席について飲み物を注文すると、宵は瑞葉にしなだれかかる。


「やっと落ち着いたよぉぉ」


 二学期が始まってからひと月半、ひたすら章典祭の準備に追われていた。開催期間中の対応はもちろんあるものの、午後になりやっと一段落ついたところだった。


「よしよし、よくがんばった。えらかったぞ~」


 瑞葉が頭を撫でてくれる。小夜も宵の肩をぽんぽんした。


「小夜ちゃんも、がんばったね」

「うん」


 今度は宵と瑞葉が小夜の頭を両側から撫でる。

 近頃、小夜は三人でいるとごくごく大人しい。毒舌で弁は立つものの、本来は口数が多いタイプではないのかもしれない。

 自分を守るために、強く見せるためにあの口調になったのかもしれない。宵は時々そう思う。


「おかえりなさいませ、お嬢様方」


 あやめが盆に飲み物を持って三人の前に現れた。飲み物を確認しながら、それぞれの前に置いていく。三人はあやめを興味津々に見上げた。


「すっごく似合ってます、あやめ先輩!」

「さすが会長、着こなしてますね!」

「ふふふ、まあね。静夜くんも奥にいるよ、小夜ちゃん」


 あやめがちらりとキッチンの方に視線をやると、聞いていたかのように静夜が姿を現した。宵たちの視線を受け、静夜が手を振りながら近付いてくる。が、その途中で別のテーブルの女子生徒に声を掛けられて囲まれる。


「鴉森先輩! 写真一緒に撮ってください!」


 その一言をきっかけに、静夜の周囲はわらわらと人だかりとなった。


「うわぁ。学園の王子さまは伊達じゃない」


 瑞葉の言葉に、小夜は呆れたように頬杖をついた。


「あんなののどこがいいんだか。顔だけじゃない」

「いや、あの顔は貴重でしょ。それだけで価値あるって。あんたの顔もよ」


 瑞葉が小夜のほっぺをかるく摘まむと、小夜はまんざらでもない顔をしてからあやめに訊ねる。


「それよりあやめちゃん、暁くんは?」


 宵と小夜がきょろきょろと教室内を見回した。教室内には見当たらない。休憩中だろうか。あやめは苦笑した。


「うーん。ちょっと機嫌悪くて」

「機嫌が悪い?」


 宵と瑞葉があやめに向かって聞き返す。暁がご機嫌なところはあまり見たことがないけれど、感情で行動するような人ではないと思っていた。

「ああいうの、苦手だから」

「ああ……」


 撮影会を繰り広げる静夜たちを振り返って、宵たちは納得した。

 たしかに普段は近寄りがたい暁にも、この機に乗じて突撃しようとする生徒はいるかもしれない。燕尾服の執事姿であればなおのこと。


「生徒会室に避難してるって。行ったら会えるんじゃないかな?」

「どうせ自分のことだけじゃなく、あやめちゃんが囲まれてるのを見るのも嫌なんでしょ。暁くんも、ワガママなんだから」


 小夜の悪口に、どの口で人のことを『ワガママ』と断じてる……? と思いながら、宵はそれもまた理解してしまう。

 体育祭のときから、いや、その前からかもしれない。

 暁が隣にいないあやめは、いつも誰かに囲まれていた。もちろん宵も忙しくしていたから仕方なかったけれど、あやめと一緒に過ごせない日々はほんの少し、寂しかった。


 宵は立ち上がると、あやめの腕に自分の腕を絡めた。


「二学期が始まってから、ずっと忙しかったので……落ち着いたら、また生徒会のみんなで遊びに行きましょうね」


 あやめが宵の髪を撫でる。


「うん。もちろん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。