51
《章典祭二日目 体育祭二日目》
体育祭二日目は応援合戦からスタートした。昨日の快晴とは違い、薄い雲が広がる朝である。
学園に代々受け継がれている、金の刺繍が施された黒い長ラン姿の生徒たちが応援席の前に並んだ。両側の生徒が持つ、大人の背丈の倍はあるだろう長い紅白の旗が風にはためいている。
「あ、ばんくん見っけ」
オペラグラスを覗いていたあやめが、隣の暁に報告する。毎年、生徒会の中からも応援団を一名以上出すのが通例となっており、今年は万理が渋々引き受けていた。背が高いので長ランがよく似合う。
「どこ?」
「あそこ!」
応援団はざっと五十名ほど。大人数の中から特定の人物を見つけ出すのは暁の目を持ってしても容易ではないようだったが、あやめの指差した先に視線を移せばすぐに頷いた。
オペラグラスのいらない目をあやめは羨ましく思った。
「静夜くんも見えてるの?」
暁と反対にいる静夜へ問いかける。
「ええ。さすがに鷹には遠く及びませんが、この距離くらいなら」
「ふぅん。便利だね。暗いところでも見えるんでしょ?」
「もちろん」
「いいなぁ」
「そうですね、見えていいことはたくさんあります。あやめさんの綺麗な瞳がよく見えることとか」
静夜が首を傾げてあやめの顔を覗き込む。どのくらいまで鮮明に見えているのか、あやめにはわからないが、あやめが静夜を見るよりもっと細かく見えているのだろう。
あやめは見やすいように瞼を持ち上げて目を見開いた。
「どう?」
「……ふふ」
静夜が少し笑ったと思ったら、あやめの背後から伸びた手が静夜の目を覆った。
「うわっ」
「見るな」
暁が静夜を引き離す。静夜が暁の手を慌てて掴んで剥がした。
「いいじゃない、別に」
「近付くな。あやめも乗るんじゃない」
「え、私?」
「僕は素直に、綺麗なものを見ているだけなのに」
「うるさい」
おしゃべりの途中でBGMが始まると、応援団のダンスが始まった。
万理が踊っている姿を見るのはなかなかに貴重な経験だった。キレキレ……とは言わないまでも、なかなか上手くて驚く。
「ばんくん、まあまあ踊るじゃん。下手だったらイジってあげようと思ったのに」
「万理はそこまで運動神経は悪くない。誰かと違って」
暁が静夜を見ながら言う。昨日の玉入れで壊滅的なフォームを披露した静夜のこめかみに青筋が浮かぶ。
自覚があっても修正できないのが運動神経だ。
「なんで僕を引き合いに?」
「別に」
暁と静夜が静かに睨み合う中、応援団のパフォーマンスが終了した。退場していく万理たちに向かって拍手と声援が送られていた。
「さて、次は綱引きだね」
ほぼ全校生徒がグラウンドに出てくる。綱引きは学年関係なくクラス割りで勝敗が決する。あやめたちのクラスはA組。ということは。
「あっ、あやめちゃん!」
一年A組所属の小夜も同じチームである。
「小夜ちゃん。昨日は大活躍だったね」
「見ててくれたの? へへ、まあね」
小夜は艶やかな黒髪をツインテールにして、鉢巻をカチューシャのようにリボン結びをしている。
水色のTシャツが爽やかだ。
「こういうときは大人しくしろって言わずに済んで助かるな」
静夜がやれやれといった具合に腰に手を当てた。
「なによ、自分は運動神経ないからって」
「あ、ほら。A組始まるよ。静夜くんは行って」
男女混合になるため、綱を引くのは主に男子生徒で、女子生徒は応援の役回りだ。暁はいつの間にか綱の向かい合った先頭にスタンバイしている。
くじ引きで事前に決められた対戦相手は――B組だ。
「あやめ先輩! 小夜ちゃん」
宵が駆け寄ってくる。瑞葉と、その後ろにクラスの女の子たちが数人。
「鷹宮先輩、きのうは大活躍でしたね」
「宵ちゃん。さっきはばんくんが踊ってたよ。見えた?」
「見えましたよ、もちろん! ふふ、似合ってましたよね、学ラン」
「ね、意外とサマになってたっていうか」
宵は蛍光ピンクのTシャツを着ていた。
「ほら、もう始まるよ!」
小夜に促され、全員で綱に向き合う。
「用意……」
パァン。空砲の音と同時に、綱の引き合いが始まった。
応援の声が激しく重なる。単純な競技だが、だからこそ勝敗が簡単には決まらない。
男子たちが前後にほとんど重なるように隙間なく綱を両手で持ち、力の限りに引っ張り合う。がんばれ、がんばれ。女子の応援は、もはやどちらに向けられたものかわからない。
拮抗していた綱の中央の赤い印が、じりじりとA組の方へ後退していく。
「やめ!」
アナウンスの制止で、一気に力の抜けた綱が地面に落ちたのだった。




