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章典祭の準備は佳境に入っていた。
ここひと月、昼も放課後もひたすらに準備に明け暮れていた千歳はそろそろ体力と気力の限界を迎えていた。今週を乗り切ればやっと本番である。
「も……ちょっと、無理なんだけど……」
生徒会室のソファに倒れ込んだ千歳を万理がヨシヨシする。
「なんで急に台本コロコロ変えるわけ? その度にチェックしなきゃなんないし、機材トラブル起こしすぎ! 毎回業者呼べないっつの! あとなんで自分たちで相談して解決しない? 問題起きるたびにこっちに相談しに来ないで自分たちでなんとかしてよ! あーもう!!」
「はいはい、お疲れ」
そうだった、昨年の今頃もこんな感じで千歳は怒っていたのだった。
千歳は責任感が強すぎる。なぁなぁで済ませればいいところまで一生懸命に対応しようとするからストレスをためるのだ。
まあ、だから万理はいつも楽できるのだけれど。
千歳は生徒会役員が性に合いすぎるんだよなぁ。と万理は思う。
「あー……そろそろ戻らなきゃ」
「もう? 実行委員がちゃんと動いてるんだし、もう少し休んでったら」
「そういうわけには。私がサボってたら示しがつかないでしょ」
「上がサボらず働いてたら、下は気を抜きにくいって」
体を起こして座り直す千歳に万理は手招きした。万理が倉庫のドアを開けると、そこに丸椅子がふたつ並んでいる。
「この前、あーちゃんとここでサボってたんだよね」
「……あなたたち、サボりすぎじゃない?」
「まあまあ。ほら、ここなら誰にもバレないって。俺が特別にお茶淹れてあげるから」
こうして、千歳と万理が倉庫でこっそりお茶会を繰り広げている間にあやめと静夜がやってきて――そして現在に至る。
今にも叫び出しそうな万理の口を千歳が無情に塞いだ。こんな話の展開になるなんて、聞いてない。
「……!! ……!」
万理が乱入しようとするのを千歳は首を横に振り続けていた。
「……それ、は」
少し間を空けて、ドア一枚隔てたところで、あやめの困ったような声が続いた。
千歳と万理は小さな物音ひとつも漏らすまいと、聴覚に集中する。
「本気で返した方がいい?」
「……いいえ。今は保留にしておいてください。まだ鷹宮くんには敵わなそうなので」
足音がひとつ、ふたつ、微かに響いた。千歳と万理からは、どちらの足音かはわからない。
「でも、そのつもりでいてください。僕は本気なので」
足音はそのまま生徒会室をゆったりと出ていった。おそらく静夜だろうと二人は予想する。
しんと静まり返る生徒会室で、万理はあやめが今どんな表情をしているのか確かめたかった。
けれど、千歳が相変わらず首を絞める勢いで襟元を鷲掴みにしているため、ここはひとまず従わざるを得なかった。
あやめがやっと生徒会室を出て行ったやいなや、千歳と万理は倉庫を出た。
息を止める必要はなかったはずなのに、広いところに出た反応か、二人ともに大きく息を吐く。
「あ~~やだやだ! なにこれ? 生徒会室でイチャつくなっ」
「あやめさんのいいところが鴉森静夜と相性がいいのね。暁さまには悪いけど、お似合い」
「っか~~!!」
目の前で繰り広げられたまるで青春ドラマのようなシーンに、万理ががしがし頭を掻きむしった。
「暁、あーちゃんのこと、譲るつもりだよ」
万理の言葉に、千歳が目を丸くして顔を上げる。
「譲る、って」
「もう、あーちゃんが暁を忘れたあとのことを考えてる。俺たちはあーちゃんと一緒にはいられないから、他の事情を知っていて頼れる人をそばに置くって。静夜がちょうどいいって。厄介なのは、静夜も意外と乗り気だってこと」
「そんな馬鹿な。おもちゃじゃないのよ」
千歳と万理は顔を見合わせた。ずっと三人で過ごしてきた。暁の思考は手に取るようにわかる。
暁は、愛を知らない。千歳と万理と出会うまで、友達との友情はおろか、最初に受け取るべき親からの愛情を一切与えられることなく幼少期を過ごしてきた。
だからひとの感情に疎い。暁にとって『大切にする』ということの中に、相手の感情を慮ることは含まれていないのかもしれない。
「……暁さまらしいけど……あやめさんが、鴉森の長男を好きになるとでも?」
「俺だってそんなはずないと思ったけど、今の見てたら否定できない」
「鴉森が本気になるかしら」
「今回の鴉森は二人いる。鴉らしいのは、どう考えても妹の方だからな。もし静夜が腹を括るなら」
二人はしばらく黙り込んだ。
「……あやめさんのことを考えるなら、その方がいいって言うの」
「俺に聞くなって……」
千歳にも万理にも、どうするのが最善かなんてわかるわけがなかった。




