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ドレス選びを終え、千歳・宵と別れた暁とあやめは二人でドレスショップの近くにあるカフェに腰を落ち着けていた。二人分のコーヒーと、あやめの分のチーズケーキを注文する。
「久しぶりだね、こういうの」
「こういうの」
「二人きりで会うの」
あやめの揶揄うような口調に、暁はふいと視線を逸らす。暁は硬派すぎる、とあやめはときどき思う。
「後夜祭の準備は進んでる?」
「ああ、問題ないと思う。そっちは? ちゃんとやってるのか」
「やってるよぉ、主に静夜くんが」
「鴉森が?」
「うん。パソコンに強いって武器だね。書類仕事は静夜くんがぜんぶ終わらせてくれたから、事前準備はもうほとんど終わっちゃった。今は文化祭の方を手伝ってるよ」
「……そうか。無事にやれてるならよかった」
会話が途切れたのを見計らったようにスタッフがコーヒーとケーキを給仕する。芳醇な香りが二人の間を漂う。
「ねえ、学園新聞、見た?」
コーヒーにミルクと砂糖を入れてかき混ぜながら、あやめが何気ないふうを装って訊ねた。
「学園新聞? いや、見てないな。何かあったのか?」
その返答に心の内で安堵してあやめは首を振る。あやめが気にしていたのは例の見出し。『王子VS騎士 女王の心はどちらに?』。随分と好き勝手なことを書いてくれる。
あやめと暁の二人きりのときはさほど高くなかったスキャンダルバリューが、静夜の登場で一気にはね上がったというところだろう。
「忙しいよね。章典祭終わるまでは」
「そうだな。それに、章典祭が終われば次は島根だ」
「島根?」
「白鷺の記憶継承の儀が出雲で行われる。俺も共に行ってくる」
あやめは目を瞬かせた。白鷺の記憶継承。例の、鳥の記憶を宵に流し込むというあれ。
――果たして本当に、千年の記憶など存在するのだろうか。その記憶は本物なのだろうか。
宵に危険はないのだろうか。その記憶は扉とどう繋がっていて、何を代償として宵は差し出さなければならないのか、そこに痛みは伴わないのか……。
「あやめ?」
「あ、ごめん。なんだか、何もわからなくて。その、鳥の三家のこと」
あやめはチーズケーキにフォークを刺した。謎だらけだ。
暁は決してあやめが不安になるようなことは言わない。合宿での誓い『隠し事はしない』はたぶんほとんど守られていないだろう。ただ、何かが起きたときには、誓いに従って情報共有はしてくれるはず。
このままで、あやめは何も知らないままで、いいのだろうか。何かが起きるまで、何もしないままで。
「……私、部外者だもんね。踏み込まないよ。でも、手伝えることがあったらちゃんと言ってよ」
「……ああ」
チーズケーキを口に入れる。酸味と甘味がちょうどいい。
それなのに、ほどけて消えていくスフレが舌の上で苦く感じて、あやめは瞼を伏せた。
*
「体調はもう大丈夫ですか?」
正面に座った静夜がパソコンを叩く手を止めて、あやめに訊ねた。章典祭まで、あと一週間を切った。
隣の委員会室は修羅場のように委員たちが出入りているが、生徒会室は閑散としている。
「あ、うん。もうなんともないよ」
「ここのところ元気がなかったので、まだ響いてるのかと」
あやめも作業の手を止めた。元気なかったかな、と少し考える。
「文化祭の仕事、請け負いすぎましたか? 大変だったら言ってくださいね」
「ありがとう。でも静夜くんの方が抱えてると思うし、ちーちゃんはもっと大変そうだったし」
先日のドレスショップでの試着の後、千歳と宵は学園に来て作業をしていたらしい。呑気にお茶をしていて悪かったかな、と良心が痛んだ。
「僕は大丈夫。単純作業ですから。それよりも、相談事の解決や諍いの仲裁の方が神経やられるでしょう」
あやめと万理はお客様窓口ならぬ文化祭相談窓口になっていた。文化祭実行委員の作業が捗らないのは、こういった細かい相談事で逐一作業を中断せざるを得ないからだった。
そこを体育祭実行委員が一手に引き受けたことで、進めなくてはならない作業が滞りなく進められるようになった。
静夜はそのPCスキルから、手が回っていない会計関連を引き受けている。
「うーん、そうかなぁ。困りごととかは多いけど、ひとつひとつは大したことじゃない場合が多いから、そんなに大変じゃないよ」
「ひとと付き合うことが得意でない僕からすれば、それは大変なことなんですよ」
「そう? 私は静夜くんといるの、落ち着くけど」
静夜が一瞬動きを止めた。あやめが静夜の顔を覗き込むように首を傾げて、目を合わせる。
「ほんとだよ」
「それは、だめな気がしますね。落ち着いてもらっては困るんですけど、僕としては」
あやめの首の角度に合わせて静夜も首を傾ける。あやめは笑って体を戻した。
「どうして? 言葉を通して不安も嬉しさも分かち合えるのは素敵なことだよ。静夜くんとはそれができる気がするんだよなぁ」
「そう思いますか?」
「うん。静夜くんは、言ってくれるもん。今起きてる問題も、解決策も、本心も。……暁は、何も言ってくれないから」
不意にあやめが窓の方を向いた。
暗くなるのが早くなってきた遠くの空を見る横顔を、静夜は穴が空くほどに見つめた。気付いたあやめが視線を戻す。
「……なに?」
「いえ。綺麗だなと思って見てただけです」
静夜の直球の褒め言葉に、あやめは声を立てて笑った。
「あはは、王子様ってあだ名されるわけだ」
「いやだな。あなたにしか言いませんよ」
「うそ」
「ほんと」
あやめがじっと静夜を見つめる。嘘か真かを見定めるように。
静夜は動じることもなく、その視線を受け止めた。
「……ありがとう」
そしてあやめは、照れたようにはにかんだ。静夜もつられて微笑む。
「鷹宮くんは言わないんですか?」
「そう。なんていうか、頼る必要がないと思ってるのか、全部一人で解決しようとするんだよね」
「そうではなく、あなたが好きだと」
あやめは口に含んだペットボトルのお茶を吐き出しそうになった。慌てて口を塞ぐ。
「ゴホッ……びっくりした。やだ、言わないよ、そんなこと」
「なぜですか?」
「なぜって……。私たちは騎士と主人だけど、それ以上でもそれ以下でもないから」
「あなたはどう思っているんですか?」
静夜がテーブルに手をつき、身を乗り出してあやめに近付く。
反射的に身を引いたあやめの、その長い髪に静夜は指先を伸ばした。制服の肩に落ちている毛束を、一房掬って持ち上げる。
「……私は……」
「僕があなたの恋人になりたいと言ったら」
静夜はその長い髪に、柔らかに口付けた。と、同時に、あやめを上目遣いに見つめる。
「あなたは僕の手を取ってくれますか」




