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入学式が終わりそれぞれの教室に案内されると、それまでの緊張から解放されたはいいものの、子どもたちはどうしていいかわからず、指定された座席に黙って座り続ける。
ここに来るのは生まれて僅か数ヶ月の頃から英才教育を施され、厳しい受験を潜り抜けてきた出来のいい子どもたち。年齢に似合わぬ落ち着きを求められ、それを当たり前に再現できる子どもたちだ。
先生が来るまで、あるいは何かしらの指示があるまでは、背筋を伸ばして手を膝に置いてただ静かに待つこと。
くねくね、きょろきょろしたり、足を組んだりしてはいけません。
お受験教室の先生の言葉を忠実に遵守することが子どもたちに課せられた使命だった。
麗香は静かに、こっそりと周りを見渡した。そろそろ大人しくしていることに飽きてきた子どもたちがそれとなく様子を伺っていることにも気付いていたから。
おしゃべりまではいかなくとも、肩を上げ下げしたり、足をブラブラさせ始めるクラスメイトたちを観察しながら麗香は再度前を向いた。
二人前に、かわいい男の子が座っている。
そのことに、麗香は入学式の時から気付いていた。麗香は物心着く頃には自分の基準で美醜の判別をするマセた子どもだった。ひとに限らず、服や小物へのこだわりは相当なものだった。そんな麗香が見つけたかわいいもの。
――否、ひと。
彼は背筋をピンと伸ばし、集中力の切れた教室の中でただ一人、ぴかぴかと輝いて見えた。机の上に置かれた、新品の革の鞄のように。お星さまのように。
彼のことをひそかに気に入ったけれど、小学一年生という年頃は男女の区別がついてきて、遊ぶのは男の子同士、女の子同士と変にこだわり出す時期でもある。
当然麗香は彼に話しかける機会など一度もないまま、学年を重ねていった。クラス編成は毎年変わり、彼と同じクラスになれるかなれないか、春が来るたびにそわそわしていた。
――もう、この頃にはたぶん恋をしていたのだ。一度も話したことがなくても、ずっと意識の中にあったのだから。
本物を知らなければ知らないほど、この頃の妄想は肥大化していく。特に、こと妄想癖のある麗香にとって、一定の距離のある時間は大いに恋を(自分の心の中だけで)育んだ。
彼がどういう人か、ということよりも、教室で盗み見た彼の姿だけで心が舞い上がるように。
自分たちが何者であろうとなかろうと、子どもであれば気にしない。麗香もはじめはそうだった。けれど、成長するにつれ自分が何者であって、何者でもないと気がついていく。
麗香は由緒正しい武家をルーツに持つ家柄の人間だったし、暁は麗香の通う学園の理事長の孫であった。
そんなふうに、誰がこの社会――学園で力があって、誰に従うべきかを読み合うようになっていったとき、麗香は気がついた。
この学園で最も強いのは、彼なのだ、と。家柄、成績、運動、発言力。どれをとっても、この学園で暁に敵うひとはいない。
――彼は、この学園に君臨するたったひとつの星だった。
麗香が星に初めて近付いたのは、五年生に進級したばかりの頃のことだった。
「生徒会……ですか?」
「はい。ぜひ近衛さんに参加していただきたくて」
話を持ってきたのは守屋千歳というご令嬢。これまで何度か同じクラスになったことはあるが、接点はほとんどなかった。彼女が突然、麗香に生徒会に入らないかと打診してきたのだ。麗香は首を傾げた。
「なぜ私に?」
「実務能力と家柄判断です。成績も優秀ですし、素行も安定していらっしゃる。ご友人も多く、親切なお人柄。これ以上ない人材だと」
小学五年生のわりにこまっしゃくれた物言いの千歳に連れられ、まだ入ったことのない特別教室が並ぶ一角へ向かう。その中の一室が生徒会室だった。千歳がドアを開け、中に入るよう促す。そこにいたのは。
「ああ、近衛さん。来てくれたのか」
――麗香がずっと心の片隅に住まわせていた彼、鷹宮暁だった。
「突然呼び出して、すまなかった。俺が近衛さんを推薦したんだ」
「ど……どうしてですか?」
暁の言葉に麗香は期待した。さっき千歳が言ったのは、千歳の言い分。暁はもしかしたら、もっと個人的な好みで麗香を選んだのではないか。そんなふうに。その期待は暁の次の言葉で一気に打ち砕かれた。
「生徒会は生徒のみんなに慕ってもらわなければならない組織だから。近衛さんはその点、説得力があると思って」
生徒会の一員としての適性を判断された。別に、暁個人が麗香に興味があるわけではない。
それがわかって正直がっかりしたけれど、逆を言えば暁がしっかり麗香を見てくれていたということ。評価してくれたということ。麗香の良さを知ってくれていた。
うれしい。ただの同学年の一生徒としてではなく、麗香として見てくれていたということが。
それからは肥大化した麗香の妄想の中の暁ではなく、実際にそこにいる暁と多くの時間を過ごすこととなった。
当たり前だけれど、実際の暁はただの小学五年生の男の子。麗香の心に住まう暁とは別人格である。
くだらないことで笑ったり言い争ったり、他の生徒と大差ない行動を見せることもあった。それはときどき麗香を落胆させた。けれど、麗香の妄想よりずっと思慮深く、賢明で優秀だった。
そうして小学校時代の二年間を、同じ生徒会のメンバーとして暁たちと過ごせたことは、麗香の人生で最も楽しく濃密な時間となった。
中学に上がると、生徒会での麗香の役目は次の人の手に渡った。
また、距離ができてしまった。けれど小学生の頃とは違い、中学生にもなれば男女の垣根も徐々に緩くなっていく。
暁はその端正な見た目と寡黙な性格、そして剣道に打ち込む懸命さ、成績優秀でたまに男子たちと笑い合う顔が少年らしくて可愛くて……エトセトラ。
とにかく、学園中の先輩、後輩限らず女子生徒からの人気が高かった。麗香はずっとずっと意識していたけれど、暁は一切、麗香のことなど意識せず、たまに会えば友人として接してくれる。
その自然さもまた、麗香の胸をときめかせた。同時にまた落胆もさせた。
女子生徒からのアプローチも万理要をはじめとした男子たちからの保護? により、上手く躱して決して特定の誰かとの仲を深めることをしない。
そこがまた女子生徒たちを残念がらせ、盛り上げた。罪なひとだ。そこがいい。
――わかっている。いつかは暁だって誰かを好きになる日が来るだろう。それがどんな相手で、どんなふうに恋を表現するのか。
麗香の妄想はいつしか、『理想の暁』から『実在の暁がどう恋をするのか』にシフトしていった。
そして、その答えはすぐにやってきた。
「私、鷹宮暁は、藤堂あやめを主君と掲げ、生涯を尽くして守り抜くとここに誓います」
高校の入学パーティーで、星はたった一日にして、あやめのものとなってしまった。




