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章典祭まであと二週間に迫った休日。
あやめと暁は章典祭の後夜祭で着る衣裳を決めるため、千歳と宵を伴ってドレスショップに来ていた。
「ここはネイビーかな。それともワインレッドで行く?」
「卒業記念パーティーが赤と決まってますから、ネイビーか、最近はブラウンもいいですよね」
「あ、かわいい」
チョコレート色のシックなドレスを体に当てて、鏡の前で顔との相性を確かめる。揃いのタキシードを千歳に渡され、暁もあやめの隣に立った。
「うん、いいじゃないですか。あとは爽やかにサックスブルーとか、ちょっと珍しいゴールドに近いイエローとか。あとは……」
千歳が両手にドレスを持って次々に示す。今回は色の指定はない。ただし、形は高校生らしく胸元の閉じているもの、丈は足首より下のものが指定されている。
「十月だし、季節的には深い色の方がいいかな?」
あやめが暁を見上げて訊ねると、暁は首を振った。
「あやめが着たいのを着ればいい。なんでもきっと似合うから」
端で待機しているスタイリストがほう……とため息をこぼした。
「じゃあ……、これと、これとこれ、着てみようかな」
「では、この三着を試着お願いします」
あやめと暁、それぞれが試着室へ入っていき、千歳と宵は用意されたソファに座った。テーブルにはお茶とお菓子が用意されている。
「いつもこのショップなんですか?」
宵がきょろきょろとショップ内を見回す。重厚感のある家具に囲まれ、楕円形のソファが中央に置いてある。
その周りを囲むように、半円にドレスが等間隔で並んでいた。ソファの後ろ側にカーテンで覆われた試着ブースが二つ。かなり贅沢な作りのショップだった。
「ええ」
「すごい豪華」
「学園の主役ですからね。もちろん、私たちもあとで選びましょうね」
吊るされたドレス以外にもまだまだ種類はたくさんある。テーブルに置いてあったタブレットでさらにドレスを探していく。
「あ、これなんかどうです? 宵さんによく似合いそう」
千歳が示したのは水色とグレーのオーガンジーが何層にも重ね合わされ、ビーズやパールが煌めく軽やかなドレス。スカートのシルエットがストンと落ちていて、華やかだけれど派手すぎない。
「わあ、素敵ですね」
「あ、こっちもいいかも。わ、これは私、好き」
千歳が気に入っていたのはベージュのサテン生地に花柄のジャガード織が施されたAラインのドレス。首元は詰まっていてリボンを結んである。
「千歳先輩に似合いそうですね!」
「候補候補っと」
気に入ったドレスの写真をピックアップしながら二人で盛り上がっていると、暁がシャツとズボン、サスペンダー姿で試着室がら出てきた。千歳がすかさず暁の後ろに回り、蝶ネクタイを締めてベストを羽織らせる。
「鷹宮先輩、よくお似合いです」
「タキシードはほぼ制服みたいなものですからねぇ……」
千歳がつまらなさそうに言う。濃いブラウンのタキシードに、同じカラーの蝶ネクタイ。色は珍しいけれど、形はスタンダードだ。
「悪かったな、意外性がなくて」
「あ、いえいえ。暁さまが悪いわけじゃないですよー」
軽口を叩き合っていると、もう一つの試着室のカーテンが開けられた。スタイリストがあやめのドレスの裾を持ち上げてふわりと下ろす。
登場したあやめのドレスは、デコルテをオーガンジー素材で覆い、そのまま肩を大きなパスリーブが飾っている。
ウェストを絞って、腰の後ろにドレープでボリュームが作ってある。
下ろしていた髪は軽く結わわれ、長い首とうなじが磨かれたように輝いている。ダークブラウンのカラーがあやめの白い肌をさらに白く見せていた。
「あやめ先輩、綺麗……」
宵のつぶやきにあやめはにっこりと笑って、暁に視線を移す。
「どう?」
暁は一瞬言葉を選ぶ間を置いて、あまりにも陳腐な台詞を絞り出した。
「……ああ、似合ってる」
女性陣に流れた朗らかな空気に、暁はごほん、と咳払いをした。
「鷹宮さま、お隣に立ってみてください」
スタイリストがあやめのドレスの裾を寄せてスペースを作る。
裾を踏まないように暁がその隣に立つと、あやめが暁の腕に手を添えた。鏡に映る、揃いのカラーのタキシードとドレスは二人のために誂えたように馴染んでいた。
千歳が何枚か写真を撮って二人に見せる。
「この色は初めてですね。騎士服が黒なので、それに比べると柔らかい雰囲気になっていい感じです」
「あーたしかに。秋っぽくていいね。裾の長さもちょうどよさそう」
「動きにくくはないですか? ダンスしますからね」
「うん、大丈夫」
「お嬢さまは背が高いので、ヒールのない靴がちょうどいいですね」
一通り気になるところをチェックして、二人はまた試着室へと戻る。二着目、三着目の衣裳に着替えては同じように鏡の前で並んだ。
タキシードの着替えはもちろん、ドレスの着替えはなおのこと体力を消耗する。
ドレス用のインナーはコルセットのように体を締め付け、スカートの下には何重にもパニエを身に着け、その上にドレスを重ねる。ドレス自体も重量があるのだ。
「ふぅ……」
試着を終えたあやめが待ち合いのソファに深く沈んだ。
「気に入ったか?」
「うん……派手じゃなかった?」
結局、最初に試着したダークブラウンのドレスに決定した。
肌が綺麗に見え、あやめの元々持つ落ち着いた雰囲気がさらに洗練されるように感じて気に入った。
あやめはいまだに、黎明学園のこういった風習に慣れない。自分が場違いなような気がするし、目立たず溶け込めるように自分の行動を制限する必要がある。
暁は、ある意味で学園のルールを体現する存在だ。初等部から学園の頂点に君臨する王のような存在。
だから暁の隣にいれば、あやめもルールの側にいられる。あやめが心配することは何もない、といつも守られているけれど、それがかえって自分をさらに律する理由に繋がる。
――律せているかは別にして。
「あやめが一番目立つ存在でいいんだ。会長なんだから」
「名前だけだけどねぇ」
暁がコーヒーを差し出した。あやめは体を起こして受け取る。
「そんなことないだろう。あやめが会長だから、生徒たちはみんな生徒会に信頼を寄せてくれている。俺にはできないことだ」
「暁が私を立ててくれるから、みんな私を会長だって認めてくれるんだよ。暁のおかげなの」
あやめがそう言うと、暁はあやめから視線を外して指先を組んだ。
「……俺がいなくたって、あやめは」
暁が言いかけたとき、試着室のカーテンが開いた。現れたのはキラキラのビジューが散りばめられたブルーグレーのオーガンジードレスに身を包んだ宵だった。
「宵ちゃん可愛い! 妖精みたい。ね、暁」
「ああ、いいんじゃないか」
その隣の試着室から、今度は千歳が顔を出す。
「あら宵さん。やっぱりよくお似合いですね」
「ちーちゃんも出ておいでよ」
あやめが千歳を隠すカーテンを開いた。ベージュのハリのある生地が千歳の肌の柔らかさを引き立てる。首元のリボンが意外にも千歳の全体トーンをシックに見せていた。
「ちーちゃんもよく似合ってる!」
「すっごく素敵です、千歳先輩」
*
近衛麗香が母と共に馴染みのドレスショップに到着したとき、ガラスの自動ドアの向こうに見知った顔を認めた。
麗香の胸が大袈裟に鳴った。
「麗香?」




