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ハラハラしながら成り行きを見守る瑞葉の隣で、あやめが静夜に訊ねる。
「実際のところ、小夜ちゃん、どのくらいの腕前なの?」
「……小学生時代は女子の全国チャンピオンでしたけど、中学ではあまり練習してなかったかと」
「恐ろしい身体能力だね」
「……まあ今日に関しては、力も使ったでしょうね」
静夜が肩を竦めた。と同時に、更衣室に続く通路からスーツに着替えた暁が登場する。
「力……」
「安心してください。鳥には効きません」
そういう問題? とあやめは首を傾げる。勝つためにズルするのは騎士道精神としては許されないのでは。それも実力、と言われても納得はし難いような。
「それに、いくら小夜とは言え、鷹宮くんに勝つのは難しいでしょう」
それにはあやめも同感だった。けれど、なんだか胸がざわざわする。剣技大会でも全国大会でも、こんな気持ちになったことはない。何か、予感が。
マットの上で暁は小夜と正対した。
あやめほどではないが、身長が高く華奢で腕が長い。鴉というよりは黒豹のような出立ちだけれど、視線は暁を通して何か別のものを見ているように落ち着かない。暁がじっと小夜を見つめ続けると、意地になったように小夜は睨み返してきた。
小夜の男性不信はなんとなくわかっていた。簡単に懐に飛び込んでくるわりに瞳はいつも厭悪をちらつかせ、媚びながら後ろ手にナイフを持っているような慎重さでもって接してくる。それは鴉だからだと思っていた。
競技場の中ではフェンシング部員たちが暁と小夜を取り囲み、息を潜めて成り行きを見守っている。窓の外にも騒ぎを聞きつけた生徒たちが押し寄せてきているようだった。
暁は呼吸を整えて、口を開いた。
「……騎士になるということは、主人に人生を捧げることだ。髪の一本から足の爪先まで、すべてが主人のものになること。それが誓いだ」
「そんなの、現代に即してないよ。だから絶滅危惧種なんでしょ」
「時代のためにそれができないと言うなら、騎士など絶滅すればいい。俺が最後の一人になる」
小夜が軽く足首を回してマスクをつける。
「それをあやめちゃんが望んでいるというの?」
「望もうと望むまいと、もう俺たちは契約の関係だ」
「そういうのが嫌だって言ってるの」
ブザーを合図に二人が膝を曲げて剣を構える。剣先が二、三度触れたかと思うと、小夜が前に進行する。最初に優先権を取ったのは小夜だった。身軽な小夜の剣捌きを躱しきれずに、暁の肩に剣先が触れた。得点。周りを囲む生徒たちが一気にどよめく。
先制された暁は手元の剣先を指で弾いて、また構える。そのとき、小夜が姿勢を元に戻した。
「この学園で、女性の騎士がいたの、知ってる?」
「……急になんの話だ」
「調べたの。この学園の騎士制度について。暁くんたちが騎士の誓いを立てる前、何組か騎士が誕生してる。その中で一組だけ、騎士が女性で主人が男性の組があった」
ブザーが鳴る。小夜は素早く構えた。今度は暁から仕掛ける。お互いの剣がすれ違い、暁は咄嗟に剣先を下げた。剣がしなる。小夜は避けきれず、暁の剣先が脇に入った。今度は暁の得点。
「それが、何か」
「女性の騎士の方は知らない名前だった。でもね、主人の方……誰だったと思う?」
「さあ」
「暁くんのお父さん、天明さまだよ」
試合は佳境に差し掛かった。
優先権が目まぐるしく入れ替わり、けれどなかなか決定打には繋がらない。小夜の息遣いが上がってきた。当然だった、この試合の前に何人もと対戦していたのだから。
徐々に暁の動きについていけなくなり、とうとう試合は決した。ギャラリーから歓声が上がる。暁の勝利だった。
マスクを外した小夜がキッと暁を睨む。
「暁くんに負けたからって、暁くんが正しいってことにはならない」
「……そうだな。俺だって、自分が正しいなんて思ってない」
「じゃあ、あやめちゃんを解放できるの?」
暁は答えないまま、小夜に背を向けた。
「小夜。俺はおまえに何を言われても変わらない。俺の父の過去も、あやめの未来も、俺は俺のやるべきことをなすまで」
暁がマットを去ってから、わかりやすく落ち込んだ顔の小夜が宵の元へ戻ってきた。
小夜の悲しそうな顔は共感を誘う力が強い。宵は駆け寄ってきた瑞葉と共に小夜を抱きしめる。なんだか可哀相で。
「……負けちゃった」
「副会長に勝とうなんて、無謀に決まってるじゃん」
瑞葉が小夜の背中を優しく叩く。
「宵ちゃんとずっと一緒にいたかった」
「騎士になんてならなくても、わたしはずっと小夜ちゃんの友達だよ。それじゃだめかな」
小夜が額をぐりぐり宵の肩に押し付ける。それではだめらしい。けれど約束を持ち掛けたのは小夜なのだから、潔く諦めてもらう他ない。
「小夜ちゃんの全部はわからないかもしれないけど、でも小夜ちゃんの言う通り、私の気持ちを一番わかってくれるのは小夜ちゃんかもしれない。だから、これからもっと、仲良くなろうね」
小夜は不満気に頷いた。宵は瑞葉と視線を合わせて、またぎゅっと三人で抱き合った。




