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「道場破り?!」
リアルではなかなか聞かない単語に、三人は顔を見合わせた。我慢しきれず、あやめが噴き出す。
「あははは! ど、道場破りって! ここは幕末か?!」
「あやめ」
暁が呆れた顔で呼び掛ける。
静夜は額に手を当てて辟易した。なぜこうも転校早々、問題を起こすのか。
「笑い事じゃないですよ、会長!」
「すみません、妹が……。で、今、小夜はどこに?」
「フェンシング部と試合をしているなら競技場だろう。それにしても、なぜ急にフェンシング部に……?」
暁の質問に、瑞葉は口ごもった。
「そ、それが……。私が、騎士になれば同じクラスになれるかも、なんて軽く言ったら真に受けちゃって……。宵ちゃんの騎士になる、実力を示す! って」
三人の頭に、転校初日の宵と小夜のやり取りが浮かぶ。そんなことは無理だと宵が諭し、小夜は納得がいかない、と憤慨していた。
あのときは何のことかわからなかったけれど、大したことではないだろうと受け流していた。
クラス編成のことだったのか。合点はいったが、その解決策が「騎士になること」だなんて。
「と、とにかく! フェンシング部の女子はほとんど太刀打ちできなくて、このままだと男子も全部倒すって言い始めて! お願いです、小夜を止めてください!」
瑞葉に連れられ、三人が競技場に到着したとき、小夜はすでにフェンシング部の女子部員を全員倒した後だった。小夜が剣先を向けているのは、あろうことか、宵である。
「さあ、宵ちゃん。これで私の実力はわかったでしょ?」
「……小夜ちゃん」
「男子部員でも、私に勝てるのなんてきっとひと握りだよ。まだやる?」
それでは脅しじゃないか……! と静夜は唖然とした。
「小夜! これはなにごとなんだ!」
小夜が横目で静夜たちを見た。剣を下ろすと、だって、と悪びれる様子もなく言う。
「宵ちゃんが、騎士なんていらないって言うから」
「なんで急に騎士なんて……」
「宵ちゃんとずっと一緒にいたいの」
「前から思っていたんだが……なんでそんなに、宵さんに執着する?」
静夜の疑問に、宵も頷いた。
宵は小夜と知り合って間もないし、小夜が宵を見ていたと言っても、ほんのわずかな時間のはずだ。あの日、友達になりたいと言って白鷺邸に現れた小夜は、何を思って宵と友達になりたいと言ったのか。何を思って、宵のことを調べていたのか。
「あの親父が、私からママを奪ったから!」
小夜の短くて鋭い叫びが宵と静夜に届いた。小夜はその大きな瞳をギラギラと宵に向ける。
「ママが私の手を離したのは、あの親父が言ったから。若いから子どもを育てるなんて無理だって。私のことを愛し
てくれてたママが簡単に私を手離すわけない。あいつがママの心を操ったんだ!」
急展開の小夜の告白に、宵は驚いて目を見開く。静夜は黙ったまま、小夜の言葉に苦い顔をしていた。小夜は続ける。
「宵ちゃんはずっと朝日さまに守られていた。朝日さまがいなくなってしまった今、本当に宵ちゃんの気持ちが分かるのは私だけ。私の力が及ばないのも宵ちゃんだけ。本当に分かり合えるのは宵ちゃんだけなの」
「僕も、鷹宮も、小夜の力は及ばない」
「馬鹿なこと言わないで! 男なんてみんな嫌い。静夜も暁くんも同じ。女が自分のことを自分で決めることを許さない。女のことは男が決めるんだって、それが女のためだって本気で思ってるの。何も考えずに見下してる。うちのバカ親父も、清貴さまも同じ。なんでそんなに傲慢なの? 私たちの気持ちなんてわかるわけないのに」
小夜が家で何度も見た鴉の記憶。数少ない、小夜と母親の記憶。
――女手ひとつで子供を育てるなぞ、間尺に合わぬであろう。わが血を引く子は大事にする。この子には相応の教育と、豊かな教養を授けると約束しよう。
四更はそう言って、小夜からママを奪った。
ママが欲しかったのは、四更の心だった。でも四更が欲しかったのは血を分けた子どもだけ。
美しく聡明だったママはただ子どもを産むためだけに四更に見初められた。ママは小夜を置いて、一人でどこかへ消えた。
何度も何度も、ママの笑顔の映像を見た。それは幼い小夜に向けられたもの。小夜が持っているママに関するものは、それだけ。
四更は小夜にも静夜にもたしかに愛情を注いでくれたけれど、それは一方的なものだ。四更が与えたいものを与え、見せたいものを見せるだけ。小夜が本当に欲しいものはいつだって選択の自由だった。
小夜は、どれだけ苦労したとしても、ママと一緒にいたかった。がんじがらめの鴉の巣で、物質だけが豊かでも、誰とも心を分かち合ったことがない。静夜とさえも。
母を亡くした宵となら、分かり合えると思った。この寂しさを言葉にして抱きしめ合えば、隙間が埋まる気がするのだ。たった一人の友達として。
「……小夜」
「親父も静夜も信じない。私は私が見たこと、聞いたことで判断する。誰にも私のことを勝手に決めさせない。私の気持ちを本当にわかってくれるのは宵ちゃんだけ。男なんて必要ない。だから、宵ちゃん。私を宵ちゃんの騎士にして。認めてよ」
矛先が宵に向く。宵はたじろぎながら、頷くことはできない。
「わかんないけど……違うよ、小夜ちゃん。わたしは、小夜ちゃんのこと、全部わかってあげられないよ」
「どうして?」
「わたしと小夜ちゃんは、違うから」
「そんなのわかってる! でも、同じ孤独を知ってるはずだよ。それだけでいい。宵ちゃんのことも私ならわかってあげられるよ。私とずっと一緒にいよう?」
宵は溺れそうな愛情の中で、知る権利を奪われている。それは選択権を奪われていることに等しい。宵はただ都合のいいように扱われるだけの器のままでいいと言うのか。
信じられなくて、小夜は唇を嚙み締めた。
「どうしたらわかってくれるの? やっぱりフェンシング部全員倒さなきゃダメ?」
小夜が体を翻すと、遠巻きに見ていたフェンシング部員たちがざわりと動揺した。部員たちを守るように、小夜の前に一人の男が立ちはだかる。
「俺が相手をしよう」
「暁くんじゃない。あなた、剣道部でしょ」
「剣技大会ではフェンシング部のキャプテンに勝ってる。つまり、この学園で一番フェンシングが強いのは俺だ。不服か?」
小夜は冷めた目で暁を見定める。小夜のそんな様子を暁は見たことがなかった。何を考えているのかわからない少女の心の断片が見えて、暁も少し複雑な気持ちを抱く。
――俺や鴉森たちは家族関係がいびつだから。暁は宵にそう言ったことを思い出していた。
「……ううん。相手にとって不足なし」
「誰か、スーツと剣を貸してくれ」
戸惑って目を見合わせるフェンシング部員たちに早く、と暁が圧をかけると、男子部員の一人が暁を更衣室に案内した。
その間に、宵が小夜に近付いて問いただす。
「小夜ちゃん、本当に私の騎士になりたいの……?」
「そうだよ」
「騎士になるって、主従を結ぶってことだよ。私の命令は主命ってことになって、絶対に従わなきゃいけないんだよ。小夜ちゃんが嫌なことでも」
「宵ちゃんが私の嫌がることを命令するはずないじゃない」
小夜はあっけらかんと言った。宵は負けじと言い返す。
「そんなのわからないよ。わたしが良かれと思ったことが小夜ちゃんにとっても良いこととは限らない。それに、小夜ちゃんがすることは全部私の責任になるんだよ。小夜ちゃん、わたしのためにずっといい子でいなきゃいけないんだよ?」
「そんなこと。簡単だよ、宵ちゃんがずっと私の隣にいてくれれば」
宵が何を言っても、引く気はないらしい。
「もし私が暁くんに勝ったら、宵ちゃんの騎士にして。約束だよ」




