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「あのね、これは鳥の問題なの。あなたの主人は当事者だけど、あなたは違うの。私も白鷺も当事者で、迷惑をこうむってるのは私たち。部外者は口突っ込まないで」
「……っ」
千歳が静かに、座りなさいと万理に囁く。万理は顔を背けてまたドスンと座った。小夜は、フンと鼻を鳴らし、静夜が困ったように、けれど冷静に続ける。
「妹がすみません。でも、僕たちは僕たちなりに、考えて動いています。結果、鷹宮くんにも、宵さんにも、あやめさんにも実害が及んでしまったことは謝罪します。とは言え、僕たち三家の人間にそれぞれ負担があるのなら、封印なんてやめませんか、と言うのが鴉森の立場です。害したいわけじゃないことはわかっていただけるといいのですが」
「封印の是非はともかく、できるだけ負担を減らしたいと考えるのは賛成する。うちの者が、失礼をした」
暁が瞳を伏せると、静夜は首を横に振る。
「いえ、うちの暴走列車も大概なので。まずは目標を同じくできて良かった。宵さんも、そう思いませんか」
不意に静夜が、それまで黙っていた宵に視線を向ける。俯いていた宵は、ハッとして視線を彷徨わせた。
「え……と、そうですね」
宵は指先を落ち着かなげに弄ぶ。静夜はじっとその様子を見ていた。
あやめが緩んだ室内の空気を読んで口を開く。
「ばんくんの気持ちもわかるよ。でも、それぞれに事情があるんだよね。全部なかったことにはできないかもしれないけど、今は章典祭に向けて、力を合わせてくれると嬉しいな」
万理は大きく息を吸ってから、大げさに肩を竦めた。
「……、……はあ。仕方ない」
「よろしく、万理くん」
「……ちょっとキモいから、くん付けで呼ぶのやめてくれる?」
静夜の代わりに小夜が答える。
「じゃあ万理って呼ぶね」
「お・ま・え・は! ちゃんと先輩って呼べ!」
額に青筋を浮かべる万理をどうどうといなしながら、千歳がそれではと仕切りなおす。
「鴉森のお二人の、章典祭での役割分担を決めましょう」
話し合いをするまでもなく、小夜が宵と一緒に仕事をしたいと堅く主張したため、体育祭はあやめ・万理・静夜、文化祭は千歳・宵・小夜の各三人で残りひと月半の準備を進めることに決まった。
「今日はこれで解散だな」
「そうだな、腹も減ってきたし」
暁と万理の会話に全員で立ち上がる。
「あやめさん、良ければ送っていきますよ」
「えっほんと? 助かるー! ありがとちーちゃん」
「宵ちゃん、お昼一緒しない?」
「行きたいけど、もうお迎え来てもらっちゃってるし……」
「駅前にチェーンのカフェあったでしょ? 私あそこ行ったことなくて。お迎えには学校で待っててもらおうよ」
女子たちが賑やかに会話をしながら生徒会室を出ていく。その後ろで、暁は静夜の背中に強い視線を送った。勘付いたように静夜が振り返る。
「……なに、鷹宮くん」
静夜と対峙するのは久しぶりだと、暁は思う。毎年来ていた新年会に、今年は静夜も小夜も不参加だったからだ。
「眉間の皺、すごいよ」
静夜が暁の顔を指差しながら軽く笑う。気が付かないうちに表情に出ていたようだ。
「あやめに手を出すな……とでも、言うつもり?」
静夜は挑発的にそう問いかけた。興味深げな瞳が暁をじっくりと観察する。暁は首を横に振った。
「いや。あやめのことは本人が決める。俺に何か言う資格はない。だが、妙なことはするな」
「余裕だね。彼女、知ってるの?」
その問いに、暁は黙ったまま俯いた。それは完全な肯定だった。
「……そう。だから、俺には関係ない、ってこと?」
「傷付けるのは許さない。あやめに何かあれば容赦しない」
「勝手だね」
暁はふいと顔を背けた。ずっと一人で考えていたことを、言葉にするのは難しい。心は決まっていても、その言葉は果たして心の通りに相手に伝わっているかは自信がない。
ぐっと拳を握り込んで、暁は続ける。
「俺はあやめの騎士だ。中途半端には近付くな」
「やだなぁ、僕は鴉森だよ。そんなこと、できると思ってるの?」
「だから警告している」
「近付くなら、本気で来いって?」
はっ、と静夜は自嘲する。
「冗談でしょ」
暁に背を向けて、静夜はそのまま生徒会室を出ていった。
その様子を見送って、それまで静かに見守っていた万理が口を開く。
「……なに、焚き付けてんの?」
「別に」
「ありえないでしょ、あんな奴」
「俺がいなくなったとき、あやめのそばに誰かいた方がいい」
独り言のような暁の言葉に万理が一瞬、目を剥く。
「それ……って……」
「もう行く」
暁も鞄を手に、万理を残して生徒会室を出ていった。
*
翌日。学園新聞では昨日初登校したばかりの鴉森兄妹の写真が一面を飾っていた。
学園に転校生が来るのは数年ぶり、しかも兄妹で。しかも鷹宮の親戚。しかも生徒会入り。記事にはびっしりとその情報が書き連ねてあった。
生徒たちは興味津々なのだ。一体、鴉森とはどのような存在なのか。静夜とあやめがただならぬ雰囲気であるとか、小夜が転校初日からそのマシンガントークで近付いてきた男子生徒複数人を返り討ちにしたとか。兄妹の行動は大きな注目を集めた。
とりわけ、静夜は記事に書かれた人当たりの良さと見た目を表現した「まるで王子様のような」という文言から、「王子」と呼ばれ始めていた。
朝練を終えて教室に入ろうとして、暁はドアの前で立ち止まった。
いつもの自席、その隣にはいつも通り、あやめが座っている。その横に静夜がいて、何かを話しかけている。静夜の両隣には他のクラスメイトがいて、何やら盛り上がっているようだった。
転校してきたばかりだというのに、静夜はすでに教室の中の一風景として馴染んでいて、周りの生徒たちも違和感なく受け入れている。これは彼の性格によるものなのか、習性によるものなのか。
鴉森の家は他人を信用せず、仲間だけを大切にする。表立っては誰にでも紳士的な態度を崩さないが、心の内は見せない。その人のよさそうな顔は、クラスに馴染むためか。それとも、あやめの気を引くためか。
本来なら鴉森の人間などそばに置きたくはないけれど、鳥の事情を知っていて、あやめの状況もわかってくれる存在は貴重だ。千歳も万理も、暁が離れるのならばあやめのそばにはいられない。暁が近付いたことによって、あやめの交友関係も自然、暁の手の内に寄っていた。暁がいなければもっと違った高校生活になっていたはずだ。今のように。
――あやめは、賢い女性だ。
たとえ静夜があやめを心から信用しなかったとしても、あやめは理解するだろう。万一、静夜に心を奪われたとしても、あやめなら、賢明な選択をするはずだ。
それよりも、暁の記憶が消えたとき、あやめがひとりぼっちでいることの方が、きっとあやめにとってつらいことだろう。
だから、少しずつ準備をしなければならない。いつか、あやめの手を離す日のために。
「暁!」
ドアの前で立ち尽くす暁に気が付いたあやめが立ち上がってこちらにやってくる。
「おはよ! 遅かったね?」
「おはよう。素振りしてたら夢中になってしまって、ちょっと遅くなった」
「珍しい。疲れた?」
あやめが暁の顔を左右から見ている。体を揺らすたびに、長い髪もゆらゆらとあやめについていく。顔色が悪いだろうか、と暁は自分の頬に触れた。
「……いや。問題ない」
「そう? 行こう」
暁の目の前であやめが背を向けて教室に入っていく。その背中は生気に満ちていて、見下ろしているとほっとするようだった。
「おはよう、鷹宮くん」
あやめが賑わうクラスメイトの中に割って入って席に座るのと同時に暁も自席に到着する。すぐそこにいる静夜にちらと視線をやって、暁は顔を逸らした。
「おはよう」
「朝から部活? 大変だね」
「もう予鈴が鳴る。戻ったらどうだ」
「うん、そうするよ」
静夜が動けば、その周りの生徒たちも散っていく。誰もが静夜を見ている中で、静夜だけがあやめを見ていることに、暁は気付いていた。




