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黄金の葦の原が広がる庵に、いつからいたのか、久遠も玉響も憶えていない。そのくらい永いあいだ、二柱は変わらずにそこにいた。世界はどこまでも金色で、空は眩しいほどに明るい。そのときは、たぶん正午を越えたくらいだった。一羽の白鷺が迷い込んだのは。
久遠がけがをした白鷺を珍しがって連れてきてから、白鷺は毎日けなげに久遠のあとをついて回った。玉響は呆れた。いくら暇だからって、簡単にいきものに情けをかけるのは神のすることではない。
「見ろ、そのようにずっとともにおるがゆえ、神の力が移っておる。そのうち人型になるぞ」
玉響がそう言っても、久遠はどこ吹く風だった。
「ははは」
「笑いごとではない。その力を持ったまま人型にでもなれば、永遠に近いときを生きることになるのだぞ」
「それは、嬉しいなぁ。われと永久に、ともにいてくれるのなら、どんなによいか」
久遠が白鷺の頭を撫でると、白鷺は久遠の頬に顔を擦り寄せる。
「玉響は、ときどき眠ってしまうから」
それは無理からぬことだった。人の世を見守る玉響は、覚醒と眠りを繰り返す。ひとの世でいえば、数百年の感覚で。久遠とは役割が違うのだ。
白鷺はその小さな頭の中にすでに普通の鷺より多くを学んでいる。言葉もおそらく、ほとんど理解しているだろう。ともすれば、いずれ玉響の危惧通り、ひとの形に姿を変える――。
その懸念は、次に玉響が眠りについて、目を醒ましたときには現実となっていた。
「そ、それはなんだ!!」
玉響の目の前に、ころころと転がるひとの――否、人型の、子ども。真珠色の髪をした、女童。童女は玉響を見てにこりと笑った。
「ああ、玉響。起きたのかい」
「久遠! あれは白鷺だな? だからあれほど言ったのに……!」
その玉響の目の端で、黒いいきものがサッと横切った。鳥だ。よくよく目を凝らせば……鷹。増えている。
「久遠?!」
「いやぁ、はは。鷺のといつの間にか仲良くなっていて」
「ここにそんな簡単に生物が迷い込むわけなかろうが! おぬし、連れてきたな?」
久遠はまあまあ、と怒れる玉響をなだめるだけ。人型の白鷺と鷹は追いかけっこをして遊んでいる。白鷺はまだ駆ける様子がおぼつかない。
久遠の安穏とした様子と、鳥たちの明るく平和な日常に、玉響もいっとき、心を許さざるを得なかった。
永遠とは、深い孤独と隣り合わせ。この時間も、久遠からしたらほんのまばたきの間。神は自由でありながら、どこへもゆけぬ。たまにはにぎやかに過ごすのも、またよいのかもしれぬ。玉響はざわめく心をそっと隠した。
そうして日々は過ぎていき。白鷺は美しい娘になった。
白鷺の久遠を見る目はずっと変わらずに、雛が親鳥に向ける絶対的な信頼だった。けれど玉響は、その瞳の奥にたった一滴、深いものを見つけた。それは愛情だった。
神の持つそれとは違う、ひととしての感情。そも、白鷺が本当にひとかどうかは置いておいても、神とは一線を画す存在だ。
神とひとは、相容れぬ。
玉響の不安をよそに、いつしか、ついには鷹もひとの姿になっていた。利発そうな男童。久遠は惜しみなく鳥たちに力を与えた。この世界の太陽が傾きはじめていることに、気付いていても。
最後に鴉がやってきて、やはり他の鳥と同じようにひとの姿になったとき、玉響は少し永い眠りから目を醒ました。
葦の原の上にかかる太陽は、すでに赤くなりはじめている。
「久遠! 久遠……!」
「おや玉響。起きたのかい」
いつもと変わらぬ暢気さで、久遠はそう言った。
「おぬし……陽が沈むぞ。よいのか?」
「構わぬさ。もう永いときを生きた。われが消えても、ひとは残ろう」
「この庵も消えるのだぞ。鳥たちはどうする」
美しい娘――白鷺が、背の伸びた鷹と、まだ幼い鴉と両の手を繋いで、葦の原を散歩している。玉響は彼らを見つめた。
「特に白鷺は――ずっと、おぬしと一緒にいたくて、あの姿になったのだろう? おぬしがそんなことを言ったら、彼女はどうしたらよいのだ」
神の力でできた、ひとではない人型の、鳥たち。彼らはここを出たら生きていくことはできないだろう。
陽が沈めば神は消える。それは原初の約束だ。玉響も、久遠が鳥たちに力を与えるたび、日の入りが早くなっていくことに気付いていた。でも何も言わなかった。永遠を司る久遠の孤独を知っていたから。終わりを――彼が欲していたことを、どこかで知っていたから。
「いたずらに鳥たちを誘い入れ、ともにいてほしいと願い、そして先に消えるのは、身勝手とは思わなんだか?」
「……そうだな。そなたの言う通りだよ」
「それでもよいと申すのか」
久遠は答えない。神とはそういうものだ。どこまでも身勝手で、傲慢で、さみしい。
けれどそれでは、姿を変えるほどに神を慕ったあの子らが、報われない。
「彼らに話そう。すべてを」
久遠は暗い瞳で玉響を見つめた。
「玉響……」
「それが、われらのせめてもの誠意。おぬしが口を噤むなら、それでもよい」
そうして、一途な白鷺は神だけを愛すると誓い、永遠の記憶を。
気位の高い鷹はだれも愛さぬと誓い、未来を見る力を。
疑り深い鴉は仲間しか信じぬと誓い、離れていても見通せる力をそれぞれに宿し、その力を少しずつ扉に込めて、ときを止めた。
永遠の黄昏は、こうして始まったのだった。




