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宵が登校したのは連休が明けた翌々日だった。教室に入ると、久しぶりのざわめき。まだ瑞葉は登校前のようだった。
「おはよう、宵ちゃん」
「おはよう」
入学したての頃は心配だったクラスメイトとの関係もいつの間にか良好になっていた。瑞葉が最初に宵に敬語を使いだしたときはどうなることかと思ったが、生徒会に入ってからは雑用をこなして校内を走り回ったおかげか、本当にただの生徒会の『庶務(下っ端)』という見方が浸透したらしい。
先輩たちに比べれば距離を感じさせない振る舞いに、クラスメイトから奇異な視線を送られることはなくなっていった。
「体調大丈夫?」
「うん、平気。微熱が出たから、念のため休んだだけだよ」
宵は机に自分の鞄を置いてから教室の窓際で丸くなっている女子たちの輪の中に入る。雑談を交わしていた少女たちは、宵が来た途端に生徒会活動に関心を移す。
「合宿どうだった?」
「うーん、まだ準備は始まったばかりだから、これからかなぁ」
「うちのクラスで章典祭の委員になったのって誰だっけ」
「えーと、丸山くんと、小林さん」
「いいなぁ、私も委員になりたかったー」
「体育祭の委員は大変かも。初日はあやめ先輩と万理先輩と一緒に全員で鬼ごっこしてたよ」
宵の一言にその場の全員がドッと笑う。事実を言っただけでこんなにウケることが宵はちょっとうれしかった。自分の力ではみんなをこんなに笑わせられない。そこは先輩たちに感謝だ。
「参加したかったー!」
「鷹宮先輩が怒ってたけどね」
「想像できる! けどそれも見たい」
そこへやっと瑞葉が登校してきた。瑞葉は朝が弱い。
「おはよう!」
「おはよう」
「あ、瑞葉が来たからそろそろ予鈴鳴るね」
輪の中の一人がそう言うと、本当に予鈴が鳴った。また爆笑に包まれる。
「ほんとだ」
「はい解散解散」
女子たちがそれぞれの席に戻っていくのと同様に、宵と、鞄を持ったままの瑞葉も笑いながら自席へ座った。
放課後、宵が生徒会室に顔を出すと、すでに来ていたあやめが盛大に出迎えた。
「宵ちゃん…………!」
ひしと抱きしめられ、うれしいやら苦しいやらで戸惑いながらも、ひとまず宵はあやめを抱き返した。
「あやめ先輩?」
「目が覚めたのね、よかった。すっごく心配したんだよ」
あやめの言葉に、宵はもう一度記憶をたどる。最後にあやめに会ったのは……合宿で、宵が力を使ったあのとき。
扉を閉めたところまでは覚えているが、その直後からの記憶がぷっつりと途切れていた。おそらく、そのころに眠ったのだろう。
目が覚めてからも、色々なことが起こりすぎてすっかりあやめに連絡するのを失念していた。
「ご心配おかけしてごめんなさい。もう大丈夫です」
「本当によかった」
あやめが離れると、今度は千歳が抱きしめてきたので、宵はそのまま受け止める。千歳のこの行動はちょっと意外で、宵はうれしい。
「鷹宮先輩と万理先輩はまだなんですか?」
「暁さまは部活、万理はサボり」
「今日は会議ないですもんね」
千歳と離れて宵がソファに座った。そこへ、突然あやめが宵の顔に触れた。その白い手で顔を挟まれて、あやめの方に強制的に向かされる。あやめの美しい顔に、驚きと危惧が浮かんだ。
「……ねえ宵ちゃん。なんか……なんか、変わった? ねえちーちゃん、見て」
「え?」
「どうしました?」
腕を引かれて立たされると、あやめと千歳に上から下までじっくりと観察された。どこか、おかしいだろうか。宵も自分の体を見下ろす。が、特に変わったところはないように思う。
「……なんだかちょっと、背、伸びました?」
千歳が自身と背比べをする。そういえば、最初は千歳より少し低いくらいだったと思っていたのに、いつの間にか千歳より少し、目線が高い。出会ってまだひと月しか経っていないのに。
「それだけじゃないよ。顔もなんか違う気がする」
「かお?」
あやめが改めて覗き込んできた。宵が少し体を反らせる。
「……ちょっと、大人っぽくなった」
宵がぱちぱちと目を瞬かせる。あやめの表情は強張ったまま。千歳も徐々に顔色を失っていく。二人の様子に、宵は混乱する。自分では何も感じない。
「……ねえ、宵ちゃん。お願いがあるの」
あやめが、宵の両手をぎゅっと握りしめた。
「お願いですか……? わたしができることなら、なんでも」
「じゃあ、じゃあね。約束して。もう力は使わないって」
あやめの毅然とした瞳の強さを宵は正面から受けた。瞬きを忘れて、宵も見つめ返す。
「……え……」
「宵ちゃんの、あの力。体に負担がかかるんだよね。ご飯の量が増えたり、眠り続けたり。そういうの、私、もう見たくないの」
「……」
「宵ちゃんが力を使わなくても大丈夫。だって、それが普通なんだもの。もしも私やちーちゃんや万理に万が一のことがあっても、それは私たちが受け止めるものなの」
「……でも」
「宵ちゃんは、やさしいからきっと、自分を犠牲にしちゃう。でも、それは違うの。宵ちゃんが身を削ることのないようにしてほしい。お願い」
あやめの切実さが、まだ幼い頃にママと交わした約束の記憶を思い出させる。
――絶対に、この力は使ってはだめ――。
あやめが心配してくれている。不謹慎かもしれないが、それがなんだかとてもうれしくて心が温かくなる。それと同時に、素直に頷くことができない自分が心苦しかった。




