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「私は小夜。鴉森小夜だよ」
少女、小夜はその黒い大きな瞳で宵をじろじろと見た。
宵もまた、初めて会う鴉森の一族を、息を詰めて見つめ返す。ごくり、と喉が鳴った。
小夜の見た目はどう見ても宵と同じか、その前後の年頃だ。それなのに、あのとき朝日のお腹にいた子、とまるでその当時を知っているような口振り。
不躾な視線に、宵が表情で不快感を露わにすると、小夜はますますその瞳を輝かせた。
「そんな顔もできるんだね? あやめちゃんの前じゃずっとかわい子アピールしてたのに」
「……どういう、意味ですか?」
「私にも可愛い顔して、ってこと」
自身のほっぺに人差し指を突き刺して、にこ、と小夜が笑った。
……可愛い。顔が小さいのにパーツが大きくて、余白がない。アイドルみたいだ。
「…………いやです」
「ええ、そんなこと言わずに。もうすぐ同じ学校に通うことになるんだし、仲良くしようよ」
宵が問い返す前に、小夜は一人で喋り続ける。
「三家会議で決まったの。私も静夜も黎明に通えって、鷹のおじさんの命令で。バカ親父が頷いちゃったから、私も静夜も転校しなきゃならなくなっちゃった。友達もゼロから作り直しだよ? ひどいよね。だから宵ちゃんと先に友達になっておこうと思って来たんだ」
一気に捲し立てられて、宵はついていけない。三家会議に、知らない人名と、鷹のおじさんと……ば、ばか? 小夜の言葉には情報が多すぎる。
「あれ。フリーズしちゃった? 思ったよりトロいんだね。朝日さまの娘なのに」
「と、トロいって……! それに、ママは関係ありません!」
「そんなわけないじゃん。白鷺はずっと昔からの記憶があるんでしょ? じゃあ朝日さまの知性だってその頭の中にあるはず。あなた、本当に白鷺?」
――ずっと昔からの記憶? 先ほどから彼女の持つ情報量に圧倒されて、宵は動けない。知らないことだらけで、なぜ自分が知らないのかも、知らない。
「本当に知らないんだ」
小夜は瞳を丸くすると、ますます小馬鹿にしたように、うわぁ、と言葉にならない言葉を口にした。
「ひどいね。あなた何も知らされてないんだ。朝日さまも、清貴さまも、本当にひどい。あなたはただの器で、あなたの意思なんてどうでもいいんだ。知らなければ都合がいいからね」
宵は閉口する。
この子は何を言ってるのだろう。何を知っていると言うのだろう。顔に血が昇っていくのを感じて、宵は唇を噛んだ。
「鷹は目を瞑り、白鷺は何も知らされず。どちらも頭を使わないで都合よく己の自己犠牲に陶酔する。それにどうして私たちが付き合わなきゃならないの?」
「そ、そんなこと、わたしに言われても」
「じゃ、誰に言えばいい? 一番酔ってるのはあの鷹の息子。自分ばかりが悲しい思いをするんだって、それでいいんだって。父親の言いなり。それによってうちだって白鷺だって痛い思いしてるのに。少しは自分で考えなさいよ。あんなのに振り回されるなんてごめんだわ」
暁への文句もなぜか宵にぶつけられた。
「だから、扉を開いたの。これで終わりにすればいい。あなたも大変な思いしなくて済むんだよ。なのに、閉じちゃった」
「あ、あなただったの?!」
「そうだよ。正確には私たち。あーあ、せっかくあなたも私たちも助かってウィンウィンだと思ったのに」
「そ、それじゃ、鷹宮先輩はどうなってもよかったってこと? 封印の力は、当代の鷹に戻ってくるって……知ってた?」
鷹宮の当主は早暁だが、鷹宮の力は暁が持っている。
つまり、当代の鷹とは暁のこと。もし、鷹の大群が押し寄せたときに、宵が力を発動していなかったらどうなっていたか、宵は恐ろしくて身震いする。暁だけじゃなく、あやめまで巻き添えになるところだった。
宵の疑問に、それまで微動だにしなかった小夜の瞳が一瞬揺れ、そしてすぐさま逸らされた。
「し、知らないで勝手に扉開けちゃったの?! それじゃ、振り回されたのはわたしたちの方だよ!」
「だ、だって、封印を解けば、もう二度と封印しなくていいと思って」
「だからって、相談もなしに勝手に開けるなんてよくない! 何がウィンウィンなの。その前に私たちがけがでもしてたらどう責任取るつもり!」
「い、意外と言うじゃない……」
たじろいだ小夜に、宵はいよいよ怒りが込み上げてきた。拳が震える。
「……謝って」
「え?」
「謝ってよ! 私がママとの約束を破らなきゃいけなくなったの、あなたのせいなんだから!」
「ええ~だってそれは、静夜が」
「それに! パパとママのこと、悪く言ったでしょ! 側面だけ見て、わたしたちのことなんて何も知らないくせに勝手なことばかり! あなたこそ、自分の頭で少しは考えたらどうなの!!」
「……ご、ごめんなさい」
小夜は素直に、困惑した顔で謝罪を口にした。責めるのは慣れていても、責められるのには慣れていないらしい。
ふくらんだ風船の空気が一気に抜けるように、宵の怒りも急激に萎んでいく。
こんなに大声を出したのはいつぶりだろう。少し、スッキリした気がする。
小夜が黙ると、途端に沈黙が二人を包む。辺りの静けさが一層濃くなった気がした。
「……ごめんなさい。わたしも、言い過ぎました」
少しののち、宵がそう言う。上目遣いで宵の様子をうかがっていた小夜はパッと笑顔になる。
「ううん、ぜんぜん。新鮮だった。宵ちゃんもそんなふうに大きな声が出せるんだね」
「いやだから、わたしの何を知ってるの……」
「見てたよ。合宿所でずっと、宵ちゃんのこと。同じ歳の、同じ鳥の女の子だもん。友達になりたかったの」
鴉の能力は、見ることだから。小夜が小声で耳打ちした。
「鴉森にある記録なら、私たちも見られるの。だから、あなたをお腹に宿して新年会に現れた朝日さまの記録も見られた。まあ、あくまで記録だから、見られるのはその時代を生きた鴉森の人間が存命の間だけ。その点では、白鷺の記憶には敵わないけどね」
また、記憶の話。よくわからないまま、宵は曖昧に頷く。
「あなたのことを知りたくて、うちの中の記録を片っ端から探したんだけど、結局生まれる前の記録しか見つけられなかった。それってどういうことか、わかる? 朝日さまが巧妙に、あなたの存在を隠してたってこと。鴉がいれば大体の記録を取れる私たちに、あなたの存在を一切悟らせなかった。それって、すごいことなの。あなたのことを、そうやって守ってたのかもね」
「……ママが」
「そう。でもね、宵ちゃん。私は、私のことは自分で決めたいの。誰かのために、何も知らないで利用されるのはいやなの」
小夜が宵の手を取って、ぎゅっと力を込めた。
「ね、宵ちゃん。友達になって」
その潤みがちな瞳が思った以上に真剣で、宵は目を離せない。ジェットコースターみたいな女の子。口は悪いけど、でも、どうしてか憎めなかった。
「しょうがないなぁ」
宵が頷く。辺りはすっかり日が落ちて、暗くなっていた。




