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お昼頃、千歳の手配した帰りの車が宿泊所に到着した。万理が宵を車の後部座席に寝かせている間、千歳が荷物をトランクに載せる。
暁のぺしゃんこのボストンバッグとは対照的な、パンパンの荷物。
「じゃあ、あとは頼む」
暁がそう言うと、あやめが心配そうな顔をした。
「宵ちゃんのこと、お願い」
「ああ。……それより、遊んでばかりいないでやることやれよ。万理も」
暁が釘を刺すと、あやめと万理が「はぁい」と素直に返事をした。
車が走り出してすぐ、暁は電話をかける。相手はすぐに応答した。暁の父、天明だ。
「父さん。俺です」
「どうした」
アイスブレイクなどこの親子間では存在しない。暁はすぐに状況説明に入る。
「扉が開かれました」
「……確証はあるのか」
「はい。見てきました」
「……鴉森か」
「おそらくそうかと。白鷺の力も見ました。彼女は、時を止めることができます」
「時を止める……なるほど……。それで、娘は」
「寝ています。力の反動かと。必要でしたら医者を呼びますか?」
「いや、いい。医者では解決すまい。まずは白鷺の判断を仰げ」
「はい」
長い沈黙の後、天明は深く深くため息を吐いた。
「よりにもよって、なぜ白鷺が来たタイミングで……あいつに殺されるぞ」
頭を抱えている父の姿がありありと目に浮かぶようで、暁はほんの少し同情する。
「あいつ、とは」
「白鷺の当主代理だよ。清貴」
暁は父の言葉に先ごろ学園で会った清貴の姿を思い浮かべる。柔和で朗らかな、やさしい感じの人だった。
物騒な父の物言いとどうにも結びつかず、首を傾げる。電話越しの沈黙に天明が察したように付け加える。
「あいつは厄介だぞ。鳥の力こそないが、白鷺のばあさんを黙らせて婿になったやつだ。普通じゃない」
「……。父さん、その言い方は」
「まあとにかく。はあ、厄介だな。娘も相当ヤバそうだ」
そういうことは先に言ってほしい。と暁は思ったが、後の祭り。
「これから、白鷺の本邸に向かいます……」
「覚悟しておけよ。一応、先に俺から連絡は入れておく」
「……お願いします」
「それから、扉のことについてはこちらで考える」
「封印は、弱まりましたね」
「たぶんな。次の封印はできるだけ先延ばしにしたいが……おそらく、三家会議にかけなければならん」
三家会議。初めて聞く言葉だったが、三家の長の話し合いの場だろう、と想像する。
「気を付けて帰ってこいよ」
取って付けたような父の気遣いに「はい」と返事をして通話を終える。
封印。その言葉が暁の胸に重くのしかかる。深くシートに体を沈めてから、後部座席で眠る宵にそっと視線を送った。白鷺の一人娘。よほど大事にされているのだろう……。
何事もなく、無事に引き渡せますように。暁は無言で祈った。
理事長室に着くと、天明は躊躇なくドアを叩いた。
「理事長、急ぎお耳に入れたいことが」
どこかと電話をしていた早暁がちらと天明を見た。
ここでまごついても仕方ない。今のところ、鷹宮のトップは天明の父である早暁なのだから。清貴から恨みを買うのも自分ではなく、父でいいだろう。当主になどなりたくないものだ。
電話を切り上げて早暁が天明を部屋に招き入れる。
「なんだ? 重要なことか」
天明は渋い顔をして頷き、こそりと耳打ちする。部屋には誰もいないが、念には念を入れて。
「鴉森が動いたようです」
「……また面倒な」
「扉が破られました。封印は弱まるでしょう」
封印はおよそ四半世紀に一度、その時に最も力を持つ鷹宮の人間があるものと引き換えに行う。前回は十七年前。封印を行ったのは天明だった。
鷹宮の力は子に引き継がれると、子に吸われるように徐々に弱っていく。つまり、まだ子を成していない中で最も年嵩の者が、最も力を持つということ。
鷹宮ではその特性から男児が一人しか産まれないため、子が誕生した時点でその子以外に対象者はいない。
十七年前。つまり、あと八年は封印が保たれるはずだった。それが早まることになる。
「……暁はこのことは」
「知っています」
「まだ十六だというのに。あやめも……あやめは、封印についてはどこまで知っておる?」
早暁はあやめのことも実の孫同然に可愛がっていた。天明は首を横に振る。
鷹宮の事情を暁がどこまで彼女に話しているかは天明の知るところではない。ただ、暁の性格上、全部は話していないだろうなと思う。
「……できるだけ、時を稼がねば。鴉森の蛮行は当主の意思か?」
「そこまでは。直々に聞くしかないでしょうね」
「緊急招集だ。各家の代表に連絡を取ってくれ」
眉間を揉みこんだ早暁に頷いて、天明は理事長室をあとにした。
暁と宵を乗せた車が白鷺邸の門前に到着した。宵はまだ眠り続けている。
暁は車を降り、インターホンを鳴らした。
広々とした平屋の、素朴な邸。庭には低木から桜まで種々植わっており、綺麗に手入れされている。玄関から続く飛び石を転がるように飛び出してきたのは清貴だった。
「当主代理」
「ああ、暁くん。宵は」
「まだ眠っています」
後部座席のドアを開けて清貴に宵の姿を見せる。
「運びますか?」
「いや、僕が」
清貴は車に上半身を入れ、なんなく宵を持ち上げ、抱える。一瞬、清貴の動きが止まった。
「どうかしましたか?」
「……ううん、なんでもない。少し軽いなと思っただけ」
「昨夜はよく食べていましたが、そう言えば、朝食は食べてないですね。……医者を呼びますか?」
「いや……大丈夫。少し話せるかな」
促されて、暁は清貴に続いて邸に入った。長い回り廊下を進み、ある部屋の前で止まる。
「ごめん、開けてくれる?」
暁は障子を開けた。ふわりと花の香り。言われずともここが宵の部屋であることはすぐにわかった。
清貴が部屋に敷かれている布団に宵を寝かせる間、暁は廊下で待機し、四季折々の花が咲く中庭を眺めた。この部屋から眺める景色がこの家でもっとも美しいだろうことは想像に難くない。
立派な池のすぐそばに小手鞠が咲き、その後ろには牡丹色の躑躅が外界との境を作っている。
宵を寝かせて、清貴は暁に向き直った。暁が姿勢を正す。
「この度は申し訳ありません」
「天明さんに脅された? 僕に怒られるかも、って」
「……いえ、その……。……はい」
もっと直接的な言葉で。とは言わずに暁は躊躇いがちに頷いた。
「きみも大変だね。一番背負わされて。でもこれは大人の責任だから」
ふと、宵の顔にかかる髪を指先でそっと払って、清貴は続ける。
「天明さんから聞いた話はほとんど端折られていて。何があったか、詳しく教えてくれるかい?」
そう問われて、暁は少し驚く。
天明からは、報告は簡潔に、結果だけを話せと言われてきた。話すべきは、それに伴う損害状況と、このあと何をすべきか、だけ。父子のコミュニケーションはそれで事足りたから。事象の詳細、どう思ったかの主観は元から必要なかった。
清貴はそうではない。事の仔細を知りたいのだと言った。
暁は言葉を選びながら、慎重に、かつ正確に何が起きたかを話した。清貴は黙って聞いてくれた。
「あの、私からもひとつ、聞いても?」
「うん、どうぞ」
「白鷺の力は……時を止めること、なんですか?」




