20
食堂では万理があらかじめ調達してきた食糧やお菓子をテーブルに置いて店を開いていた。
主な客――暁はまだ帰ってこない。
自身はコーヒー牛乳を飲みながら、スナック菓子を広げた。
「全然戻ってこないな、暁のヤツ」
「あやめさんが迎えに行ったんでしょ。じゃあしばらくかかるかもね」
千歳が炭酸水を飲みながら言った。
その隣で宵がロイヤルミルクティーのパックにストローを刺している。
「……えっ? なに、えっ? あーちゃん、そういう目的で迎えに行ったの?!」
「……変な想像するのやめなさい。あやめさんなら、暁さまのメンタルケアが目的でしょ。気付いてないはずないもの」
「えー、やだ、メンタルケア? へぇえ?」
「万理」
千歳が万理を睨んで、隣の宵に視線を移す。
宵がパチパチと瞬きをした。
「あ、すみません。わたしは何も聞いてないです。お構いなく。おにぎりいただいてもいいですか?」
「……鷹じゃなくても、鳥ってやっぱ大食いなんだね」
好きなだけどうぞ、と言う万理に宵は礼を言ってコンビニのおにぎりを食べ始める。
食堂の夕食は高校生の団体用にかなり多めに作られていて、暁はもちろんのこと、宵も小柄な見た目に似合わずまあまあな量を平らげていた。
万理はうんざりとした表情で言う。
「見てるだけでおなか一杯になる」
「それには私も同意」
万理と千歳の視線をものともせず、宵はふたつ目のおにぎりを広げる。
ミルクティーとおにぎり。
甘いものが得意でない千歳はその組み合わせに若干引きつつ柿の種を摘まむ。
「そういえば、体育祭の方は大丈夫なの? 遊んでて怒られてたわね」
「まだ初日だよ? 大丈夫大丈夫。いざとなれば暁が手伝ってくれるし」
「まったく。最初から暁さまに頼ることを考えて。あやめさん動かせばなんとでもなるんだから、ちゃんとやりなさいよ」
「そういう采配は千歳の役目でしょ。俺はそういうの得意じゃないんだって」
廊下で遊んでいて怒られた体育祭実行委員たちは、その後、この宿泊所の裏手にある森で鬼ごっこをして遊んでいたらしい。
暁が頭を抱えていたのを宵も見ていた。
文化祭実行員会は千歳の着実な差配で、初日にして決めるべき事柄はほとんどが決まり、堅調な滑り出しを見せていた。
この構図からすでに生徒会の構造は暁・千歳ラインが実務をこなし、あやめ・万理ラインがにぎやかし・盛り上げ役なのだと宵は分析した。
ふむ。
であれば、宵は暁・千歳ラインの下で黙々と仕事をこなすのがいいだろう。
前に出るのは苦手だ。
「えーでもさぁ、帰ってこなかったらどうしよう。どうする?」
「馬鹿ね。すぐそこに散歩に行っただけなんだからもうすぐ帰ってくるわよ。というか、暁さまが耐えきれないわよ」
「なぁ、ひどいよな、あーちゃん。絶対暁のこと試しまくってるもん。どこまで耐えられるかな? って」
宵はおにぎりを飲み込んで、ひとつ口を挟んだ。
「鷹宮先輩とあやめ先輩って、恋人同士じゃないんですか?」
千歳と万理の視線が宵に注がれて、止まる。
宵は交互に二人を見返した。
「……えと、騎士制度が必ずしも恋人の約束じゃない、というのは聞いてますけど。でも、鷹宮先輩とあやめ先輩は、どう見てもお付き合いされてますよね……?」
「……そう、ですね。そう見えますよね」
「でもねぇ宵ちゃん。そこがあの二人のいいところであって悪いところなんだよ」
万理の勿体ぶった口調に宵は思わず身を乗り出した。
「個人の前に、騎士と主人、会長と副会長、鷹宮の息子っていう公の立場ってものがあるわけ。で、いつもそればっかり優先してるから、お互いの気持ちを伝え合うのを忘れてんの。すると、ああなる」
「ああ、ですか」
「そう。二人とも意識しなくてもお互いを大事にしてるし距離も近いけど、結論は、まだ付き合ってない、と」
「…………そうなんですか?!」
宵は顔を覆った。あれで、付き合ってない。?? そんな距離感バグ、ある???
「え、なんか……すごいですね、ふたりとも」
「……そう思うよね」
千歳と万理はそれぞれ明後日の方を向いた。
当たり前の日常だったけれど、やっぱりはたから見たらそうだよな、と改めて理解するように。
宵が3つ目のおにぎりに手を伸ばそうとしたとき、背後で食堂のドアが開いた。
暁とあやめだった。
が、暁の様子がどこかおかしい。
「ばんくん、暁、部屋に連れてって」
「へ? どうした?」
「体調悪いみたい」
暁はかろうじて一人で立っていたものの、万理が近づくとその肩に寄りかかった。
「え、大丈夫? おぶろうか?」
「いい、歩ける」
千歳が暁の額に手を伸ばす。
「熱はないみたいですね」
「千歳、俺は明日、先に学園へ戻る。車の手配を頼む」
「わかりました」
そうして、暁は万理に連れられて部屋に戻っていった。
「あやめさんは、問題ありませんか?」
千歳に訊ねられ、あやめは頷いた。
髪が冷え切っているようで、顔がどこか青白い。
宵はそっとあやめに寄り添う。
「私は大丈夫。でもなんか……なんか変だったよね? 暁」
動揺を顔に滲ませて、あやめが千歳に問う。
千歳は静かに頷いた。
「何があったんです?」
「何も。急に暁が座り込んで、息ができてなくて……でもすぐに、大丈夫って立ち上がって」
「暁さまが大丈夫と言うなら、大丈夫なんでしょう。心配しすぎないで」
「でも……」
「一晩様子を見ましょう。明日、必要ならお医者さまにかかればいいだけのこと。家に伝えておきますから」
千歳が、宵にあやめを部屋に連れていくよう指示をする。
宵はあやめの手を引いて部屋に戻った。
宵たちの部屋は4人部屋で、生徒会の女子3人で使っている。
部屋にひとつだけ置いてある文机にあやめを座らせると、宵はドライヤーを手に持った。
「……心配ですね」
宵が温風をあやめの髪に当てる。
長い髪の表面は半分乾いていて、でも内側はしっかり濡れている。
冷え切って、きっと寒いはず。
「うん。心配で、困っちゃうね」
あやめの肩にかけてあったタオルを取る。しっとりと水分を含んで、重い。
肩も冷たくなっていて、ドライヤーを肩にも当てて温める。
あやめが、あったかい、とつぶやく。
「大丈夫ですよ。あやめ先輩。きっとなんでもありませんよ」
「……うん。そうだね」
内側をしっかり乾かし、ブラシで丁寧に表面を整えるのに十分ほどかかった。
あやめの背中の半分ほどまである髪は、癖もうねりもなく、まっすぐだった。
乾かし終えると、あやめが宵を振り返る。
「ありがとう」
そう言われるだけで、宵は心の奥がぎゅっと締め付けられるような、そんな気持ちがする。
「ね、宵ちゃん。ひとつだけ、聞いてもいい?」
「え? もちろん」
ひとつと言わず、なんでも聞いてくれていいのに。
そう宵が思っていると、あやめは真剣な顔をした。
「……宵ちゃんは、夢を見るの?」
――夢。
あやめの言うそれが何を指しているのか、宵はすぐに察した。
あやめが、その意味を知っていることも。
鷹宮の――鷹の力。
それは、白鷺にも鴉森にも開示されている。
だから宵は知っている。
そして、それは宵の夢とはまた違うことも。
宵の見る夢には、鷹宮のものと違って力はない。
宵はドライヤーを置いてベッドに座った。
あやめがその隣に座りなおす。
どこからどこまで説明したものか、と宵は少しの間思案してから口を開く。
「わたしのは、鷹宮先輩のとは性質が違います。わたしが見られるのは、過去の夢だけ。起きてしまったことだけが見えるんです」
「過去」
「はい。鷹宮の夢は、これから起きること、と聞いています。だから、鷹宮先輩は夢を見ることに力を使うのだと」
あやめは黙ったまま宵を見つめる。
全部見透かされてしまいそうな、灰色がかった瞳。
「……見えてしまった未来は、変えることはできないの?」
「そう聞いています。わたしもこれ以上詳しいことはわかりません」
過ぎ去ってしまった現実を夢に見ても、何も手の施しようがない。
だから宵の夢は役立たず。
けれど、未来の夢ならば、何かが変えられるかもしれない。
変えられなくても、後悔しないように心の整理をすることくらいはできるんじゃないか。
そんなに簡単なことじゃない、と理屈ではわかっていても、宵はほんの少し、未来を見られる暁がうらやましい。
「……そっか。話してくれて、ありがとう」
「明日は元気になっているといいですね、鷹宮先輩」
「うん。そうだね」
温まったからか、あやめの頬にばらの色が戻ってきていた。
そこに、もろもろの後片づけなどを一人でやってくれていた千歳が戻ってきた。
三人はそれぞれベッドに潜り、合宿の初日が終了した。




