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「あなたが、白鷺さん?」
振り向くと、サラサラのパッツン前髪がよく似合う女の子が後ろの席に座っていた。
「えっと、そうです。白鷺宵です」
「なんで敬語? 今日からクラスメイトなんだから、仲良くしようよ。私、須崎瑞葉」
瑞葉はニコリと笑うと右手を差し出した。リボンは緩めに首にぶら下がり、シャツのボタンはすでに上から二つ目まで空いている。
きっちりと上まで閉められた自分の首元を気にしながら、宵はその手を握った。
「珍しい名前だね、宵ちゃんって。かわいい」
「そ、そうかな? 瑞葉ちゃんの名前も、素敵だよ」
「ありがと。これからよろしくね」
同時に座席に座ると、宵は胸を撫で下ろした。誰も話しかけてくれなかったらどうしようかと不安でいっぱいだった。
自分から話しかけに行くのはとてもではないが、できそうにない。横向きに座り、後ろの席の瑞葉と改めて顔を見合わせる。
「宵ちゃんは……外部受験、だよね? はじめて見る顔だもん」
瑞葉の問いに宵は勢いよく頷いた。
「そうなの。中学までは都内の一貫校に通ってて」
「そうなんだ。都内の学校にいたってことは、引っ越しで来たとかじゃないんだね。なんでうちに来たの?」
「え?」
「この学園、小受・中受がほとんどで、高校から来るのって珍しいから。編入試験、めちゃくちゃ難しいんでしょ?」
瑞葉は中学受験でこの学園に入学したのだと言う。受験の際に調べてわかったことだが、高校受験からの外部生の入学枠はごくわずかなのだ。
「……えっと。ママとパパが勧めてくれたの」
「え、自分で決めたんじゃないの? 自分の学校なのに?」
瑞葉の疑問に、宵は考え込んだ。
ちょっとしたこと――例えば習いごとの先生を誰にするかとか、夕飯のおかずを何にするかとかはよく決めさせてくれたけれど、通う学校や、何を習うかはいつも母が決めていて、そのことを宵は疑問に思ったことはなかった。
以前通っていた学校も、母が決めた学校だ。高校の編入に反対はしたが、それは前の学校に残りたかったからである。
他のみんなは、自分で通う学校を決めているのだろうか。
……返答に詰まって曖昧に笑う宵に、瑞葉は空気を読んだのか、ふうん、と頷いて話題を変えた。
「まあいいや。それより、宵ちゃんは彼氏いる?」
「えっ? い、いないよ。できたことないもん、小・中は女子校だったし。瑞葉ちゃんは?」
「私も! この学園、品行方正な子が多くて、中学はあんまり恋愛ってさかんじゃなかったんだよね。みんな勉強と習い事で忙しいし」
「そうなんだ」
「高校生になったんだし、ここお金持ちの子も多いから、いい人と付き合えたらいいんだけどな~」
邪な願望を明け透けに言う瑞葉に宵は苦笑した。とはいえ、瑞葉は見た目に華やかな女の子なので、引く手数多に見える。
宵は周りをそっと見回した。教室内に、普通に男の子がいる。
宵は生まれてこの方、父親以外の異性と会話した記憶がほとんどない。彼氏はおろか、男友達だってできたことがないのだから、付き合うなんて夢のまた夢である。
ふと、先ほど門前で見かけたひと組の男女の姿が思い浮かんだ。
「そういえば。さっき、門のところで、会長と副会長って呼ばれてるひとたちがいたんだけど」
「ああ、生徒会長たちと出くわしたの? ラッキーだったね」
「ラッキー……?」
宵が首を傾げると、後ろから横から唐突にクラスの女生徒たちが会話に参加してきた。
「え、会長たちと会えたの?」
「いいなぁ! 私もお二人見たかったぁ」
「私も見たよ!」
「万理先輩はいた?」
「会長と副会長だけ」
矢継ぎ早に彼女たちが会話を展開していく。宵はキョロキョロしながら質問した。
「そ、そんなに人気があるの? 生徒会のひとたちが?」
瑞葉以外の女子たちが、勢い勇んで頷く。
「当然!」
「もちろん!」
「生徒会万歳!」
「この世代に生まれることができて、神さま、感謝してます!」
宵の経験上、生徒会は真面目で目立たない、どちらかといえば面倒ごとを進んで引き受けてくれる『物好き』なひとたちの集まり、という印象だった。
クラスメイトたちの怒涛の肯定にたじろぐ宵に、瑞葉が説明してくれる。
「宵ちゃんが見たのは、生徒会長の藤堂あやめさまと、副会長の鷹宮暁さま。お二人ともそれぞれが人気あるんだけど、二人揃ってすっごく人気があるの。それは、この学園で唯一、《騎士制度》の主従を誓っているから」
「《騎士制度》……?」
瑞葉が続ける。
「騎士制度って言うのは、生涯でたった一人だけを騎士・主人と認めてお互いに誓いを立てる制度だよ」
黎明学園には剣術の授業がある。
今では体育の一環だが、明治の時代、希望者に騎士としての心構えを教える目的で導入された。当時、黎明学園には皇族や華族の子女たちが多く通っており、高貴なる身分の生徒を守り、付き従う必要のある者も多かったためだ。
資格試験に合格し、主人とする相手と誓いを立てれば騎士になれる制度が現代でも残っていると瑞葉は簡潔に説明した。
「憧れるよね~騎士制度」
「鷹宮さまみたいな素敵な人に騎士の誓い立てられたぁい」
「あやめさまの騎士になりたい男子もいっぱいいるよねぇ」
ほう、と集団でため息を漏らす女子たち。たしかに麗しい二人ではあったけれど、宵にはまだどこか現実味のわかない話だ。
けれど、ひとつ違和感を覚えて口にする。
「鷹宮……って、理事長と同じ名字だよね?」
宵の素朴な疑問に、女子たちは顔を見合わせた。
「そうだよ、鷹宮さまは理事長のお孫さん。鷹宮はこの黎明学園をはじめとしたいくつもの私立学校を経営してるの」
「うちの在校生の中でもトップクラスの家柄のお方だよ。つまり、別格ってこと」
「ご本人もかなり厳格で、口数も少ない方だから。そう簡単にはお近付きになれないのよねぇ」
「へえ、そうなんだ。それなら、会長も?」
そう訊けば、瑞葉が首を横に振る。
「会長はどっちかと言うと一般のご家庭? 高校からの入学組だし」
「そうそう、昨年の入学パーティーで誓いを立てられたんですって!」
きゃあっ、と女子たちが盛り上がったため、宵はびくりと肩を揺らした。
「鷹宮さまの一目惚れだとか!」
「部活の先輩に騎士の誓いのシーンを見てた人がいて、もう完璧なお伽話だったって」
「見たかった~!」
「鷹宮さまを好きだった女子たちが阿鼻叫喚だったって」
「中等部にも一瞬で噂が広まったもの」
いつの間にか、クラスの女子のほとんどが宵と瑞葉の周りに集まってきており、「あやめさま」と「暁さま」のエピソードは学園中の憧れの的だということがうかがえた。
「だからこそ、あのお二人は尊いのよねぇ……」
と、そこへ教師が室内に入ってきたため、盛り上がっていたクラスメイトたちも慌てて自席へ戻っていくのだった。
――鷹宮。
その名に、宵はどこかで聞き覚えがあるような、ないような、ほんの少しの違和感を抱いた。けれど、新しい学校で、こんなに早くたくさんの友達ができそうな高揚感の前に、その違和感はすぐに消え失せてしまった。




