1
春になった。
白鷺 宵は濃紺のブレザーと、ダークグリーンのブラックウォッチが入ったプリーツスカートを身に纏い、私立黎明学園の正門をくぐった。
門から続く柵沿いには、すでに散りかけの桜の花びらが風に舞っている。
宵はその荘厳な灰色の校舎を眺めた。まるで欧州の伝統ある学園のような重厚な趣きに、知らずごくりと喉が鳴った。
今日からこの学園の生徒になる。黎明学園は初等部から大学までの一貫校だが、宵は高校からの受験組である。
肩までの長さのこの銀髪が物珍しいのか、そもそも外部生が珍しいのか。
先ほどから登校してくる生徒たちの視線が痛い。
特に、中学までは女子校だったこともあり、男子生徒が当たり前にそこここにいることに、内心びくびくしていた。
広いアプローチを抜けた先、下駄箱前に貼り出されたクラス表の前は同じ制服姿の新入生たちがひしめいていた。
人垣の中に飛び込むのは勇気の要ることだったが、あとからも続々と生徒がやってくるのを見て、宵は諦めて最後尾に加わった。
クラス表を見終わった生徒が次々に抜け、その隙間に横から後ろから入り込もうとする人波に圧される。
なんとか端から順に、自分の名前を探せるポジションを取った。
「えっと、しらさぎ、しらさぎ……」
B組に名前を見つけて、ほっと胸を撫で下ろす。
もみくちゃにされないよう、なんとか人だかりを抜けて振り返ったそこに、知り合いは誰もいない。
宵はもともと、小学校から別の一貫校へ通っていた。ところが半年ほど前、母が急にこの黎明学園高校への受験を決めたのだ。
当然、大喧嘩になった。
宵は大学まで元の学校に通うつもりでいたから。
通い慣れた学校、ずっと一緒だった友達。
人見知りする宵が高校で編入なんて、考えられないことだった。
でも。
宵の気持ちなど簡単に無視して、母は受験手続きを勝手に進めた。
そして母は、雪の降る日にひとりで逝ってしまった。
そんなにこの学園に入れたかったの。
それなら最初からこの学園に入学させてくれたら良かったのに。
そう思っても、もう文句も言わせてもらえないのだ。心細さで胸が張り裂けそう。
誰も知らないこの学園で、どうやって高校生活を送ればいいと言うのだ。
ここの生徒たちは中等部からの持ち上がりがほとんど。
すでにグループが出来上がっているに決まっている。宵の入る隙などあるのだろうか。
ネガティブに考えて、俯きかけたそのとき。女子生徒の甲高い悲鳴のような声が耳を貫いた。
「会長と副会長のご到着よ!」
「あやめさまぁ!」
「鷹宮先輩!」
正門の方から生徒たちの騒然とした声が聞こえたのと同時に、下駄箱前に集まっていた生徒たちが宵の横をすり抜けてそちらへ走っていく。
「な、なにごと……?」
あっという間に門前に生徒たちが整列し、花道が出来上がった。
その中心に黒塗りのセダンが止まる。
後部座席から、すらりと背の高い、制服を着た男子生徒が降りてきた。
「副会長!」
生徒たちが口々に彼を呼ぶが、当の本人はそのまま後ろを向くと、自らが降りたドアの上部を手で押さえた。
そこにスカートから伸びる足が先に現れ、立ち上がったのは、こちらもまた背が高く艶やかな長い髪が美しい女子生徒だった。
「おはようございます、会長!」
「あやめさま!」
肩にかかる髪を後ろに払う仕草さえ、堂に入っている。
そのひとが軽く手を振ると、生徒たちの熱狂はさらに加速した。
まるでアイドルの出待ちでも見ているよう。
会長――と呼ばれた女子生徒が、副会長と呼ばれた男子生徒を後ろに従えて花道の中央をランウェイのように歩いていく。
宵は人垣の後ろから、背伸びをしながら隙間を縫ってその様子を見ていた。
なんというか、すごい。
こんなに注目されている中で、少しも委縮しないどころか、その人気ぶりを受けてさらにきらめいている。
自信と気品に溢れる女王さまと、無口な騎士さまみたい。
会長は花道の終わりまで歩くと、振り返った。
「みんな、入学おめでとう。後ほど、入学パーティーで会いましょう」
二人が校舎に入るまで、生徒たちは全員でその背中を見送ったのだった。
「……な、なんだったの、あれ……」
二人の姿が消えた途端、花道は何事もなかったかのように解散した。
呆気に取られていた宵はぽつんと取り残される形となった。
あまりに統率の取れた動きに、この学園の生徒たちは何か特殊な訓練でもされているのだろうかと訝しみながら、慌てて校舎に入る。
そのままB組に到着し、今度は黒板に貼られた座席表で自分の席を確認した。
窓際から二列目の、後ろから三番目。鞄を置くと、不意に肩を叩かれた。
「あなたが、白鷺さん?」
お読みいただきありがとうございます。
宵たちの物語をこれからも見守っていただける方は、ぜひお気に入り登録やポイントで応援していただけると励みになります。




