18
バスに乗り込んだ暁は腕組みをしてむっつりと窓の外を眺めていた。
前の席にはあやめと宵が座っている。
あやめが暁を優先しないのは、暁にとっていいこと。
のはずなのに。
実際に優先されないと少し腑に落ちない。
隣に座ろうとした万理は千歳の横に押し込んだ。
「やですよ、なんで私が万理の隣なんか!」
「俺だって暁と座りたかったのに!」
二人が文句を言っているのを封殺して、なんとなくあやめに念を送るが、あやめは気付かない。
宵とあやめは何やら宵が持ってきたお菓子に夢中になっている様子である。
「ここのうさぎ屋のお饅頭がすっごく美味しいんです。えっと、上用饅頭と、桜餅と、草餅がありますけど、あやめ先輩どれにします?」
「えっとぉ、じゃあ、桜餅にしようかな?」
「どうぞ!」
お茶もありますよ、と用意周到な宵は紙コップを周りにも配り出した。
「鷹宮先輩はお饅頭いかがですか? って、先輩は甘いもの、お好きじゃない……?」
「いや。なんでも食べる」
「暁はフードファイター並みだよ」
さっそく桜餅を頬張りながらあやめが茶々を入れる。
宵が差し出した箱の中から、暁は白の上用饅頭を取った。
「フードファイター?! ……って何ですか?」
「要するに、大食いってこと。相撲部と同じくらい食べるんじゃない? 4~5人前のちゃんこ鍋は一人で食べるよね」
「それくらいは普通じゃないか? 相撲部はもっと食べてるだろ」
入れてもらったお茶は温かいほうじ茶だった。
和菓子と言えば緑茶と思っていたが、ほうじ茶もこれはこれで美味い。
宵の美食家ぶりに暁は少し関心していた。
暁は食べられればなんでもいいので。
「ねえばんくん。ばんくんはちゃんこ4~5人前、一人で食べる?」
「た、食べるわけないだろ! せいぜい、2人前とか?」
「ほらぁ!」
「万理は運動部じゃないから、ひ弱なんだ」
「暁より背は高いのに」
「暁は燃費の悪い体してんだよ。あと全部筋肉になる」
うらやましい、と万理は袖をまくってほとんど骨と皮のような腕を披露する。
縦に伸びて筋肉はつかない体質らしい。
腕だけで言えば、たしかに暁の腕は太い。
ずっと竹刀を持っていたから。
「万理も俺と一緒に剣道続けてればよかったのに。リーチが長いから有利だ」
「やだよ。いつも負けるもん」
万理の横で、千歳がふふ、と笑う。
「そういえば、毎日毎日負け続けても、あの頃はけなげにやってましたねぇ」
「千歳にも勝てなかったからな」
「そうそう。ある日、我慢できなくなって大泣きしちゃって。それっきり」
「う、うるさいな!」
「ばんくん、かわいい~」
宵がさりげなくファミリーパックのお菓子を出し始めた。
暁は黙ってそれを受け取るのだった。
*
「行っちゃったね」
学園の中庭で、二人の人影が木の上からバスが遠ざかっていくのを見ていた。
黒髪の、男子と女子が一人ずつ。
制服ではない。
今日は祝日で、部活動がある生徒以外は校内にほとんどいない。
彼らは学園の生徒ではなかった。
「さて。生徒会室は、と」
男は木を飛び降りると手を差し伸べた。
その手を取って女も飛び降りる。
「久しぶりに見たなぁ、鷹の坊ちゃん」
特別棟の校舎に入ると二人は迷うことなく生徒会室に向かう。
「あの銀髪が白鷺のとこのでしょ。あっちは初めて見た」
「朝日さんがずっと隠してたからね。まあ無理もない。一番割を喰うのはあの家だから」
「最初の鳥だもの。仕方ないわ」
男が生徒会室の扉に手をかけた。
鍵がかかっている。男が小さく「ひらけ」とつぶやいた。それだけで鍵が開く。
二人はまっすぐに倉庫に向かった。
まるで宝の地図を持っているように。
倉庫を開けると、乱雑に床に置かれた段ボールと、重量のある銀のラック。
二人は視線を合わせて、しばし沈黙した。
「……物理的な対策が一番面倒」
「わざとだろうけどね」
男がため息をついて、段ボールと書類を動かす。
女は倉庫を離れて生徒会室をぐるりと歩き回った。
写真か日誌か、何か面白いものでもないだろうかと探すが、めぼしいものは見つからず、ちぇ、と毒づく。
「ちょっと、手伝って」
「ええ?」
男に呼ばれて女は倉庫に戻った。
あらかた書類をどかして空っぽになったラックを二人で同時に動かすと、背後に現れたのは。
「みーつけた」
扉。
木製の、高さも幅も他に類を見ないほど大きな扉。
表面には魔法陣のような円形の彫りが施してある。
彼らはそれを「記憶の扉」と呼んでいた。
「本当に、開ける?」
女がそう問うた。
それは躊躇でも気後れでもなく、ただの確認だった。
「開ける。じゃなきゃ、鳥はいつまでも自由になれない。……そうだろう?」
「そうね」
「変えるのは俺たちの役目だから」
男が金の取っ手に手を掛ける。
女がその手に自らの手を重ねた。
「終わりにしよう」
――扉は音もなくするりと開いた。
これだけ大きいのに、重さは感じられなかった。
扉の向こうは真っ暗闇。上も下も分からない。
ただただ、闇が広がっている。
静かで、何の変化も起きない。
「……これでいいの?」
自分たちの仕事があまりにも呆気なく終わり、女は肩透かしな気分で首を傾げた。
「うん、たぶん」
男も確信が持てない様子だったが、これ以上何をしたらいいのか分からず、とりあえず倉庫を出る。
「影響は徐々に出てくるんじゃないかな。今日はここまで。帰ろう」
そうして二人は、生徒会室の鍵をかけて、その場をあとにした。




