↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵の白鷺と千年の恋  作者: 若草 玻璃
剣技大会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/58

16

 三人の背中が見えなくなるまで見送って、暁が小さく「行くか」とささやき、保健室の方へ歩き出す。

 けれど、あやめは立ち止まったまま、動かない。


「あやめ?」

「ごめん。さっき足着いたとき、挫いたみたい」


 正直にそう告白したあやめが、てへへ、と笑う。

 暁は大きく息を吐き出す。まるで想定外というふうに。


「我慢強いのはよくない」

「だって、ダサいじゃん。せっかくカッコよく助けたのに、手だけじゃなく足も痛いなんて」


 暁が屈んであやめの体を横抱きに持ち上げる。

 あやめが暁の首に腕を回した。


「おまえが見栄っ張りなのはよくわかった」

「……いいでしょ、別に。私のことは暁だけが知っていればいいんだから」

「その通りだ」


 暁の歩く振動があやめの全身に伝わる。

 校舎に入ると、前からやってきた生徒が二人を見つけて、小さな悲鳴みたいな声を上げて道を開けた。

 校内にはまだ部活中の生徒たちが残っている。


 そのうちこれもまた、校内で噂になってしまうんだろうな、とひっそり思う。

 でも、暁は何も言わないし、あやめも黙っている。


 それでいい。

 暁はあやめのものだ。

 暁はあやめだけに優しいから、いい。

 あやめも、暁だけが特別。


 恋とか、好きとか、そういうんじゃない。

 ただそこに在って、お互いにお互いだけを見る。


 騎士とかそういうのも、あやめにとってはそんなに意味はない。

 暁がこだわるから、それに乗っているだけ。

 ただ、暁がそばにいればそれでいい。


 あやめは小さく笑って、暁の男の子にしては綺麗な頬をそっと撫でた。

 暁がほんの少し、ぴくりと揺れた。


「……なに」

「なんでも」


 保健室の前で下ろされると、暁がドアを開けて中に入る。

 あやめは片足を引きずったまま、暁のあとに続いた。


「あら、会長と副会長」

「失礼します。氷をもらえますか」

「どうぞ。そこから取ってね」


 暁は養護教諭の先生が指さした冷凍庫から氷を取り出し、すぐそばにかけてある透明の袋の中に入れた。

 あやめが救急用具の入った棚の前に置いてある丸椅子に座る。


「どうしたの?」

「野球部のボールが飛んできたのを受け止めたら、腫れちゃって」


 あやめが先生に赤く腫れた手を見せる。


「まあ、このくらいなら冷やせば大丈夫でしょう。これからちょっと職員室に行ってくるから、適当にしてね」


 先生はそれだけ言って、保健室を出ていった。

 窓が開いていて、白いカーテンが揺れている。

 外では、運動部の掛け声がよく響いていた。


 暁が氷水の入った袋をあやめの右手に乗せる。

 熱を持った掌がひんやりと、急激に冷やされていく。


 暁はそのままあやめの足元に跪いた。


「どっちだ?」

「こっち」


 あやめが持ち上げた左足を膝に乗せて、靴下を取り去る。

 くるぶしの辺りを触って、特に腫れがないのを確かめた。


「まだ痛いか?」

「ちょっとだけ。でも、足は大丈夫そう」


 足首を動かすと、多少痛みはあるがこちらは冷やすほどではなさそうである。

 暁が靴下を履かせてくれる。暁の視線が足に注がれて、ちょっと気まずい。


「歩けそうだったら帰ろう。送るから」

「うん、もう大丈夫」


 暁が差し出した手に左手を乗せてあやめは立ち上がろうとした。

 ――が、左足に力が入らずに、暁の手を掴んだまま、床に崩れる。

 したたかにお尻を打って、その痛みをこらえながら顔を上げると。


 目の前に、暁の驚いた顔があった。


「……あやめ」

「はい、ごめんなさい」


 あやめの両側に手をついて、暁が顔を覗き込んでくる形で二人は見つめ合う。

 遠くで、野球のバットがボールを捕らえた、カキーンという金属音がした。


 ――暁の、綺麗な顔。

 アーモンド形の大きな二重の目。

 黒い、意志の強い瞳。細い鼻梁。

 スッと通った鼻先。その、鼻の先が触れてしまいそうな、距離。


「……だから、強がるなと言ってるのに」


 ふいと、暁が顔を逸らして離れていく。

 両腕を引かれて立たされ、転んだ拍子に落とした氷水の袋を渡された。


「ゆっくりでいいから」


 暁に腕を支えられて、あやめはひょこっと軽く跳ねながら進む。

 そして二人は、ゆっくりと保健室をあとにした。


 *


 千歳が鷹宮邸に入ると、ちょうど車が玄関についたところだった。

 暁が車から降りてくると同時に声を掛ける。


「今お帰りですか。遅かったですね」

「千歳」

「母から煮物のお裾分けです」


 手にした紙袋の中にはタッパーに詰められた煮物が入っている。

 暁の好きな味付けのもの。

 千歳が暁に近付いてその顔を見上げた。


「……どうしました?」


 なんだか複雑そうな顔をした暁が千歳を見下ろす。

 昔から、実は暁は、ポーカーフェイスが苦手だ。

 それを知ってるのは千歳だけ。


 本来は素直なたちなのだ。

 万理はそもそも、表情を取り繕うことを知らない。

 そのぶん、姉代わりとして育ってきた千歳は表情管理が上手いと自負している。


「……なんで、あやめは」


 暁は言い淀み、眉間に皺を寄せた。


「俺と触れても平気なんだろう……」

「はい?」


 片手で暁が顔を覆う。

 千歳は暁に対して少し悪いなと思いつつ、笑った。

 何かあったけど、何もなかったんだな、と予想して。


「平気じゃないですよ、あやめさんも。あの方、顔色を隠すのお上手ですから」


 暁が疑わしい目で千歳を見る。


「本当ですって。暁さまが直視できてないから気付いていないだけ」


 暁は真面目で純真だ。

 ずっと千歳と万理で守ってきた。

 ただの男ではない。


 対してあやめは、一見すると華やかで異性慣れしていそうなわりに、ひとの本心を見抜く目が鋭い。

 そしてとても誠実だ。


 暁の夢に出てくるのがこの方でよかったと、思ったほどに。


 二人の仲が進展しそうでしないのは、二人がともに、高潔だから。

 千歳はそれがとても好ましい。

 と同時に、少し、可哀想でもあった。


「……はぁぁあ」


 深くため息をつく暁の背中を押して、千歳が邸内へ促す。


「さ、お召し替えください。もうすぐ夕飯ですよ」





◇◇◇


お読みいただきありがとうございます。

励みになりますので、よろしければ評価やブクマで応援をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。