14
「あ、ねぇほら見て」
ここは放課後の生徒会室。
窓の外を見るとはなしに眺めていたあやめが手招きで暁を呼ぶ。
「ん」
すぐにあやめの後ろに立った暁が、あやめの視線の先を追う。
「珍しいの、鴉が二羽」
「ああ、ほんとだな」
濡れたように艶のある漆黒の羽根を羽ばたかせ、鴉が二羽、校庭の木に止まった。
なんてことない光景に、暁は顎に指先を当てて何か考え込んでいる。
「鴉、か」
「ちょっと気になるよね」
「ああ……」
窓の桟に手をついた暁の腕の中で、窓に張り付いているあやめがふと振り返った。
あやめの頭のすぐ上に暁の顎がある。
「あーくん、背が伸びたね」
あやめが見上げると、暁が見下ろす。
「……ああ」
「初めて会ったときは同じくらいだったのに」
「そんなことない。俺の方が最初から高かった」
「ふふ」
二人の様子を部屋の隅から横目でちらちら見ていた宵が、隣の千歳に小声で訊ねる。
「あのお二人は、いつもあのような尊い会話をされているのですか……?」
「そうですね。比較的いつもあんな感じかと」
「比較的……いつも……」
灰になりそうなくらい眩しい。
ああ、この世界観を間近で見られるなら、そりゃあみんな生徒会に入りたいわけだ。
入学早々の近衛騒動(と、宵は瑞葉と二人でひそかにそう呼んでいる)も納得の出来事である。
「そういえば、宵さん。次の連休のご予定はありますか?」
「え、連休ですか?」
お茶の準備をテーブルに置いて、あやめと暁に声をかけてから、千歳がそう言った。
月末から月初にかけて、連休が控えている。
「いえ、特に何も。母のお参りくらいで」
「そうですか、ちょうどよかった。会長、そろそろ説明しないといけないのではないですか?」
窓際から離れてソファに座ったあやめが千歳に促されて、そういえばそうだったと呟く。
暁が会長デスクから何やら一枚の紙を持ってきた。
「はぁーーとうとうやってきちゃうね」
あやめがお茶を飲みながら憂鬱そうにそう言った。
お茶は宵が進呈した高級玉露だ。
紅茶もいいけど、お茶もどうですか? と持ってきたらみんな存外喜んでくれた。
「さて、宵ちゃん。もうすぐ夏休みがあって、二学期が始まります」
まだ一学期も中盤ですが? と純粋な疑問はさておいて、宵は頷いた。
「二学期が始まると、学園最大の行事が立て続きますね」
「そう……ですね? えっと、文化祭ですか?」
「あたり~! と、もう一個は?」
「え? えっと、体育祭?」
「ピンポンピンポン! 大正解!」
そこであやめはテーブルにわっと顔を伏せた。
「わが学園は、文化祭と体育祭を合わせて一週間、お祭りのように開催するのです……。さあ宵ちゃん、その主催は」
「……せ、生徒会、ですかね……」
「大当たり……」
空気がにわかに重くなり、暁もこのときばかりは表情を暗くしていて、これはわりと深刻な問題なんだなと宵は察した。
「……で! もう準備を始めなくちゃいけないので! このタイミングで準備合宿を行います! それが次の連休!」
あやめが起き上がって拳を握る。
なるほど、それで連休の予定を聞かれたのか。
「もちろんこんな大掛かりな行事を私たちだけで準備するのは無理なので、各学年で実行委員が今週中に選出されます。合宿はその実行委員会と一緒に行います」
千歳が、暁の用意した紙ペラ一枚を指しつつあやめの説明に補足を入れる。
合宿の日程が書かれていた。
「ここが生徒会にとっても一番長くて大きな仕事だからね。はぁ~気合い入れなきゃ」
あやめがぐっと伸びをして、暁もやっとお茶に手を伸ばした。
宵もあやめの隣に座ってお茶を飲む。
「生徒会は指揮系統を担当しなきゃならないから、宵ちゃんにも委員会の仕切り役やってもらうからね」
ええ、と困り顔をする宵の頬をあやめが人差し指でつつく。
生徒会内での役割分担も合宿前に作っておかなければならない。
千歳が会長デスクからソファを挟んだ正面にある倉庫のドアを開いて、メタルラックにびっしりと収納された書類を手で指し示す。
「こちらが過去の資料になります」
「うわぁ……」
宵が立ち上がってその小さな部屋に近付いた。
メタルラックの下段には段ボールが置かれ、その中にも書類。上段にはファイリングされた書類が年度別に置かれている。
床には備品らしきものがこれまた段ボールに入れられて無造作に重ねられていた。
宵は、ふと気が付いてしまった。
メタルラックに隠されるように、後ろに、取っ手がある。
金色の、精巧な細工の施された謎の取っ手。
暗い中でもよく見える宵の目には、木目の重厚な、そしてこの狭い部屋に似つかわしくない、とてつもなく大きなものが映っている。
これは、扉。
宵の頭に、不意に自宅のお社が浮かんだ。
この扉に施された意匠が、お社の飾りと似ている。
宵は無意識に、そっと指先を伸ばした。
「触れるな」
すぐ真後ろで、暁の静かな声がした。
ぎくり、と鼓動が脈打つ。
「それに触れてはいけない」
ゆっくりと振り向くと、暁は小さく顔を横に振って、離れていった。
◇◇◇
お読みいただきありがとうございます。
励みになりますので、よろしければ評価やブクマで応援をお願いします。




