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宵の白鷺と千年の恋  作者: 若草 玻璃
剣技大会

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 生徒会室の前で宵は立ち尽くしていた。

 決心はしたものの、いざとなると足が進まない。

 ノックをしようと軽く握った右手を掲げて、その手のひらを見つめる。


 ――あの学園は、朝日さんの母校だよ。

 昨夜、父が食卓でそう白状した。


「隠していたわけじゃないんだ。でも、僕から言えることはほとんどなかった。朝日さんの決断だから」


 清貴のその言い方は、宵に説明しなかったことの言い訳に朝日を使っているようで、宵は違和感を覚えた。

 これはママの決断。


「……ママの母校なら、どうして今までわたしを黎明に入れなかったの?」

「母校だからこそ、あの学園が宵にとって最善だとは思えなかったんじゃないのかな。だから小学校と中学校は、宵と一緒に決めたかったんだと思うよ。……朝日さんはそれが許されなかったから」

「……おばあちゃんに?」


 宵の問いかけに清貴は苦笑した。

 祖母は宵がまだ幼い頃に亡くなっているが、祖母と朝日の折り合いが悪かったことは何度か聞かされていた。


「宵には自由に生きてほしいって、それが朝日さんの願いだったから」


 自由。それではまるで、朝日に自由がなかったよう。

 ママは自由じゃなかったから、宵に自由になってほしかった……?


「学園が三家の保護を担っていることは聞いていたけど、生徒会のことははじめて聞いたよ。だから暁くんも生徒会にいるんだね」

 食事に箸をつけながら宵は当惑した視線を清貴に送る。

 清貴はうーん、と少し考え込んでから、穏やかに言った。


「僕は、宵が決めたならそれがいいと思う。宵の決断をできるだけ尊重する。……きみは、どうしたい?」


 母がいたならきっと、母がこうしたらいいんじゃない? と言ったことに宵は従っていただろう。

 父と二人きりの今、決断は自分でしなければならない。


 生徒会に入るか、入らないか。

 それは宵の高校生活を大きく左右するに違いない課題だった。


 それでも生徒会室に足が向いてしまったのは、もう心の中で結論が出ているからなんだろうな、と宵は考える。

 昨日、あやめとほんの少し会話しただけで、思ってしまったのだ。

 この人のそばにいたい、と。


 魅力的な人。

 言葉は多くないのに、その瞳が心の全部見透かしているようで、少しだけ怖い。

 それなのに、その瞳を向けてほしいと思ってしまう。


 相手は女の人なのに、胸がどきどきして恥ずかしい。

 そんな気持ちを抱えているだなんて大っぴらには言えなくて、宵は堂々と「生徒会に入ります!」なんて言えやしないのだった。


 ノックをしよう。

 でもなんて言おう。

 入ってしまえばなんとかなる。でも……でも。


 中からは人の気配がする。

 邪魔にならないタイミングをうかがっているだけ、と煮え切らない自分の態度を正当化して、宵は右手を下ろす。 

 そしてもう一度、息を吸って右手を持ち上げたそのとき。

 木製の扉がスッと横にスライドして、開いた。


「……!!」

「そんなところで何をしてるんですか?」


 あやめに「ちーちゃん」と呼ばれていた女生徒が無表情で宵に問い掛けた。

 突然のことに一歩後ずさり、止まりそうになった心臓を思わず両手で押さえる。


「…………いえ、あの……」

「どうぞ、白鷺のお嬢さま」


 中に入るよう促される。

 ここに入ってしまっては、もう後には引き返せない。

 けれど、宵はおずおずと室内に足を踏み入れた。


「失礼します……」


 部屋の奥、中央のデスクにあやめがゆったりと座り、その前に並ぶ四人掛けのソファには暁と、暁の正面にもう一人、見たことのない男子生徒がラフに足を組んで座っている。

 その全員の視線が宵に向かった。宵がごくりと唾を飲み込む。


「宵ちゃんから来てくれたということは、生徒会の一員になってくれるってことかな?」


 あやめが椅子から立ち上がって近づいてくる。

 暁と男子生徒が立ち上がり、「ちーちゃん」もその後ろに並んだ。宵は覚悟を決めた。

 高校生になったんだから、ちゃんと自分で決めないとだめだ。


 宵は勢いよく、深々とお辞儀をした。

 顔を見ると緊張で言葉が出ないなら、いっそ、頭を下げてしまえばいい。


「しっ、白鷺宵です……! お、お役に立てるようがんばりますので、ぜひご指導ご鞭撻のほど、よろし……!」

「ふっ」


 よろしくお願いします、と言う前に、部屋の中に笑いが漏れた。

 宵が頭を上げると、暁の前の男子生徒が拳で口元を隠していた。


「万理」

「すみません。どうぞ続けて……」


 暁の非難めいた呼び掛けにその男子生徒が顔を背ける。

 何かおかしかっただろうか。宵の顔に一気に血が上る。


「あ、あの……えっと……」

「ほらぁ、ばんくんが笑うから、宵ちゃん固まっちゃったじゃん!」


 大丈夫だよ、と言いながらあやめが宵の肩をさする。

 そのまま、ソファに誘導されると、男子生徒が押し出される形であやめと宵が座った。


「ごめんね、失礼な奴で。来てくれてありがとう」

「い、いえ……」

「あっは。だって緊張すごいんだもん。こっちまで汗かいてくる」


 ダークブラウンの髪と瞳をした、「万理」と呼ばれた男子生徒が両手をこすり合わせる。

 あやめを見上げると、その柳眉が申し訳なさそうに下がった。


「改めて、生徒会へようこそ。紹介するね。このいやな奴が、会計で2年の万理要(ばんり かなめ)。で、その子が書記で同じく2年の守屋千歳(もりや ちとせ)。二人とも、暁のおさななじみだよ」

「ちょっと会長、いやな奴って」

「だってそうでしょ~? で、暁が副会長で、私が会長。とは言っても、実務はほとんど暁がやってくれてるけどね」


 暁が黙って頷く。

 その横から「ちーちゃん」こと千歳が水の入ったグラスをテーブルに置いた。

 礼を言って、一気に飲み干す。


「昨日は災難でしたね」


 千歳がそう言うと、また全員の視線が宵に向いた。

 それだけで、昨日の騒動のとき、全員がここにいたことに気付いた。


「あ……お騒がせしました。わたしは全然平気です。おかげで、ここに来る決心もつきました」

「白鷺の力は隠しきれない。どうせすぐに知れ渡るだろう。そうすればやっかみもなくなる」


 暁が窓の方を向いたままそう言った。

 宵は少し考える。

 それは、慰め? もしくは、ちゃんと仕事をしろって意味……?


「それで、わたしのここでの役割は何になるんでしょう? 書記も会計も、役職はもう埋まってますよね」

「うーん。そうだねぇ。まずは、ばんくんとちーちゃんの補佐をしてもらって」

「要するに、雑用係ってことで」


 背後に回った万理が宵の肩をポンと叩く。


「宵ちゃん。歓迎しますよ。まずは今度の剣技大会で、いっぱい働いてもらうからね」






◇◇◇


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