フラッシュ
通夜の日は、朝から雨だった。
凛はカーテンの隙間から外を見る。
マンション前には、すでに報道陣が集まっていた。
傘。
テレビカメラ。
レインコート姿のスタッフ。
エントランス前を見張るように、人が立っている。
スマートフォンが震えた。
『着いた。裏口から出ろ』
久保田からだった。
凛は黒いワンピースの裾を整え、帽子を深く被る。
部屋を出る時、一瞬だけ足が止まった。
通夜。
その言葉がまだ現実に思えない。
――
地下駐車場へ降りる。
黒いワゴン車が停まっていた。
久保田が運転席にいる。
凛が乗り込むと、久保田は何も言わず車を発進させた。
車内には煙草の匂いが残っていた。
久保田の目の下には、濃い隈ができている。
信号待ち。
ワイパーの音だけが続く。
「……まだ実感ねえな」
久保田が前を向いたまま呟いた。
凛は返事ができなかった。
窓の外を流れていく雨を眺める。
――
やがて車は斎場へ到着した。
芸能人や関係者に混じって、報道陣がフラッシュを構えていた。
通夜というより、イベントみたいだった。
「そのまま顔伏せてろ」
久保田が小さく言う。
凛は頷いた。
会場へ入った瞬間、線香の匂いが広がる。
正面には、大きな遺影。
黒崎が笑っていた。
凛は思わず視線を逸らす。
喉が苦しかった。
「西条さん……」
誰かが小声で話している。
「かなり可愛がられてたもんな」
「ショックだろ」
聞こえてしまう。
凛は何も聞こえないふりをした。
焼香の列へ並ぶ。
一歩ずつ前へ進む。
黒崎の顔を見ないようにしても、視界へ入ってくる。
笑っている。
まるで、生きているみたいに。
凛は静かに焼香を終えた。
列から外れた時だった。
「凛……」
声を掛けてきたのは、女優仲間の高瀬美優だった。
数年前にドラマで共演して以来、何度か食事へ行く程度の仲だった。
美優は黒いワンピース姿のまま、凛の顔を見る。
「ニュース見て、本当にびっくりした」
凛は小さく頷く。
「……大丈夫?」
その言葉に、凛はすぐ返事ができなかった。
美優は困ったように笑う。
「ごめん。こういう時、何言えばいいか分かんないね」
凛は少しだけ口元を緩めた。
「……ううん」
「少し休みなよ。ちゃんと寝て」
美優はそれ以上踏み込まなかった。
「また連絡する」
小さく手を振り、そのまま人混みの中へ消えていく。
みんな、同じ顔をしていた。
可哀想な人を見る顔。
誰も知らない。
凛は静かに視線を落とした。
黒崎は、ただの社長じゃなかった。
あの人がいなければ、
今の自分はいない。
――
会場の奥では、久保田が関係者へ頭を下げ続けていた。
電話。
挨拶。
記者対応。
立ち止まる暇もない。
その横顔を見ながら、凛は思う。
この人も、もう限界なんだと思った。
――
通夜が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
斎場の外へ出た瞬間、フラッシュが光る。
「西条さん!」
「黒崎さんとは最後にどんな言葉を交わしましたか!?」
息が詰まった。
凛の足が止まりかける。
頭の奥に、あの光景が蘇った。
白いシーツ。
冷たい空気。
黒崎の顔。
「行くぞ」
久保田が凛の腕を引く。
次々フラッシュが焚かれる。
「今のお気持ちは!?」
凛は俯いたまま車へ乗り込んだ。
ドアが閉まる。
ようやく静かになる。
久保田は煙草を咥えたまま、火をつけなかった。
雨が窓を流れていく。
凛はぼんやり外を眺める。
黒崎は、本当に死んだんだ。
その実感だけが、遅れて胸へ落ちてきた。




