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クランクアップ

 その数日後も、

 撮影だった。


 深夜。


 撮影が終わる頃には、

 スタッフ達も疲れ切っていた。


「お疲れ様でした」


 藤崎が凛へ頭を下げる。


「私はこのあと、

 事務所へ戻りますので」


「……分かりました」


 凛も小さく頭を下げた。


 外へ出ると、

 送迎車が停まっていた。


 運転席には、

 岡部がいる。


 凛は一瞬だけ足を止めた。


 だが、

 何も言わず後部座席へ乗り込む。


――


 車が走り出す。


 車内は静かだった。


 凛は窓の外を見る。


 しばらくして、

 マンション前へ車が止まった。


「お疲れ様です」


 岡部が言う。


 凛は頷くだけで、

 車を降りた。


――


 部屋へ入る。


 バッグを置く。


 その瞬間だった。


 インターホンが鳴る。


 モニターを見る。


 岡部だった。


「……忘れ物です」


 深夜の疲労と安心感で、

 確認するのが億劫だった。


「……はい」


 そのまま、

 オートロックを解除した。


――


 数秒後。


 玄関のドアが開く。


「忘れ物です――」


 その瞬間。


 岡部が強引に部屋へ入ってきた。


 凛が息を呑む。


 岡部は素早く部屋を見る。


 誰もいない。


 静かにドアを閉める。


 その手には、

 ナイフが握られていた。


「……岡部さん?」


 声が震える。


 岡部はすぐには答えなかった。


 ナイフを握ったまま、

 凛を見ている。


 その目だけが、

 静かだった。


 やがて。


「未央は、

 俺の妹です」


 空気が止まった。


 凛の顔から、

 血の気が引いていく。


「黒崎さんと久保田さん、

 俺が殺しました」


 凛が息を呑む。


 岡部は、

 凛から目を逸らさなかった。


「今から、

 配信してください」


「……え?」


「あなたのチャンネルで」


 ナイフを向ける。


「六年前のこと、

 全部話してください」


 凛は動けなかった。


「六年前の動画を見ても、

 何も思わなかったですか」


 その瞬間、

 USBメモリを送ったのも岡部だったのだと気づく。


「嫌なら、

 あなたもあの二人と同じにします」


――


 配信が始まる。


 通知が一気に流れた。


『顔色やばい』


 凛は画面を見つめたまま、

 何も言えなかった。


 画面の外。


 岡部が立っている。


 姿は映らない。


 だが。


 ナイフだけが、

 部屋の明かりを反射していた。


「話してください」


 低い声だった。


 凛の喉が震える。


「……六年前、

 映画の撮影がありました」


 凛の声は震えていた。


「撮影が終わったあと、

 スタッフと出演者で飲みに行って……」


「そのあと、

 橘未央さんと海辺を散歩していました」


 コメントが流れていく。


『事故の話?』


『何の配信?』


 凛は唇を震わせた。


「その時、

 橘未央さんが海へ落ちて……」


 そこで言葉が止まる。


 画面の外で、

 岡部の息が荒くなる。


「全部話せ」


 さっきまでの敬語は、

 消えていた。


 凛の肩が大きく震える。


「お前が押したことも」


『今の誰?』


『誰かいる?』


 涙が溢れる。


「……口論になったんです」


 凛は呼吸を乱す。


「私も、

 感情的になって……」


「その時、

 触ってしまいました」


「押すつもりは、

 ありませんでした」


「でも、

 橘未央さんは海へ落ちました」


 コメント欄が止まり始める。


『え?』


『どういうこと?』


「久保田さんは、

 助けようとしていました」


 凛の呼吸が乱れる。


「でも、

 久保田さんも黒崎さんも、

 何もできませんでした」


 涙が落ちる。


「私は、

 怖くて動けませんでした」


「助けてって、

 聞こえてたのに」


 凛は怯えたように続ける。


「橘未央さんは、

 そのまま沈んで……」


「次の日、

 事故として発表されました」


 画面が、

 コメントで埋まっていく。


『やばい』


『嘘だろ』


『誰か警察呼べ』


 凛は泣きながら言う。


「映画は公開されました」


「橘未央さんの死も、

 話題になって……」


「私は、

 それで売れました」


 最後の言葉は、

 ほとんど声になっていなかった。


「未央はもっと苦しかった!」


 突然、

 叫び声が響く。


 凛が肩を震わせる。


『今の誰?』


『男の声した』


『誰かいる?』


 画面の外で、

 岡部は立ち尽くしたまま、

 涙を流していた。


 やがて。


 岡部の手から、

 ナイフが静かに落ちた。


 凛はもう、

 何も話せなくなっていた。


 その時。


 配信画面が、

 静かに途切れた。


 その夜。


 すべてが、

 クランクアップした。

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