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セットアップ

 数日後。


 再び、

 黒崎の送迎を担当した。


 夜だった。


 後部座席には、

 黒崎と新人女優。


 助手席には、

 そのマネージャーが座っている。


「この前はどうも」


 バックミラー越しに言う。


 黒崎はスマートフォンを見たまま、

「ああ」

 とだけ返した。


 興味もなさそうだった。


 車を走らせる。


 バックミラー越しに、

 黒崎の顔を見る。


 何も知らないみたいに、

 笑っていた。


「明日の撮影も、

 例の病院だっけ?」


 黒崎が言う。


「はい、

 東央病院です」


 マネージャーが答えた。


「入り、

 二十一時だからね」


「分かりました」


 新人女優が頷く。


 黒崎が笑った。


「期待してるよ。

 ポスト西条凛」


 新人女優が困ったように笑う。


「やめてくださいよ」


 東央病院。


 二十一時入り。


 頭の中で、

 その言葉だけが残った。


――


 事務所へ到着する。


 新人女優とマネージャーが降りた。


 ドアが閉まる。


 車内が静かになる。


 しばらくして、

 黒崎が後部座席で言った。


「悪いけど、

 今日も自宅までお願い」


「道は覚えてます。着くまで休んでいてください」


 車を走らせる。


 深夜の道路は空いていた。


 後部座席から、

 かすかな寝息が聞こえた。


 信号待ち。


 黒崎はそのまま眠ってしまった。


 自宅とは関係ない方向へしばらく走らせる。


 やがて、

 人気のない場所へ車を止めた。


 エンジン音だけが残る。


 少しだけ、

 呼吸を整える。


 後部座席を見る。


 黒崎は眠ったままだった。


 ダッシュボードへ視線を向ける。


 中にしまっていた紐を、

 ゆっくり取り出した。


 静かにドアを開ける。


 後部座席へ身体を滑り込ませた。


 その瞬間、

 黒崎が薄く目を開ける。


「……なんだ?」


 言い終わる前だった。


 首へ紐を回す。


 黒崎の身体が跳ねた。


「っ……!」


 暴れる。


 狭い車内で、

 鈍い音が響く。


 それでも力を緩めなかった。


「待っ……!」


 掠れた声。


 黒崎の手が、

 腕へ食い込む。


 その顔を見ながら、

 さらに力を込めた。


「未央、

 苦しかっただろうな」


 黒崎の動きが少しずつ弱くなる。


 やがて。


 黒崎は完全に動かなくなった。


 車内が静まり返る。


 荒い呼吸だけが残った。


 手が震えていた。


 喉の奥が熱い。


 吐きそうだった。


 それでも、

 目を逸らせなかった。


――


 翌日。


 東央病院ロケ。


 撮影が始まる頃には、

 外はすっかり暗くなっていた。


 廃病院の前には、

 撮影スタッフの車が並んでいる。


 スタッフ用の黒いジャンパーを羽織る。


 帽子を深く被り、

 マスクもした。


 業界にいた頃、

 こういう現場へ何度も出入りしていた。


 機材搬入の人間に紛れれば、

 誰も顔までは見ない。


 トランクを開ける。


 黒崎は、

 そこにいた。


――


 現場は慌ただしかった。


 照明。


 機材。


 怒鳴り声。


 スタッフ達が走り回っている。


 解剖シーン用の部屋へ入る。


 解剖台。


 白布。


 暗い照明。


 廊下から物音がするたびに、

 手が止まった。


 周囲に誰もいないことを確認する。


 黒崎の死体を、

 解剖台へ寝かせた。


 白布を被せる。


 遠くで。


「本番いきまーす!」


 助監督の声が響いた。


 そのまま部屋を出る。


 廊下の奥で、

 静かに立っていた。


 誰も気づかない。


――


 撮影が始まった。


 モニター前には、

 スタッフ達が集まっている。


 凛が解剖台へ近づく。


 カメラが回る。


 白布へ手を掛ける。


 そして。


 めくった。


 次の瞬間。


 現場に悲鳴が響いた。

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