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セカンドテイク

 ――現代


 黒崎が殺されてから、

 三週間後だった。


 映画

『監察医事件ファイル』

 の撮影が再開した。


 久しぶりに入った現場は、

 以前とは空気が変わっていた。


 スタッフ達は普通に動いている。


 照明も回っている。


 でも、

 どこか静かだった。


 あの日。


 解剖シーンの撮影中。


 死体役のダミーだったはずの場所に、

 黒崎が寝かされていた。


 布をめくった瞬間、

 現場は悲鳴に包まれた。


 撮影は即中断。


 ニュースにもなった。


 犯人はまだ捕まっていない。


 当然だった。


 普通の空気で撮影できるはずがない。


「おはようございます」


 凛がスタジオへ入る。


 スタッフ達が頭を下げた。


 以前より、

 少しだけ気を遣われているのが分かる。


 凛は何も言わなかった。


 メイク室へ入る。


 彩が先に座っていた。


「あ、おはよ」


「おはよう」


 凛が椅子へ座る。


 鏡越しに、

 彩が苦笑した。


「なんかまだ変な感じだね」


「……うん」


「また宣伝に使うのかって、

 結構叩かれてるし」


 凛は小さく息を吐いた。


 ワイドショーでも、

 毎日のように言われている。


『死人を利用している』


『呪われた映画』


『公開中止にするべき』


 そんな声も多かった。


 でも一方で。


『ここで止める方が失礼』


『黒崎の遺作になる』


 という意見もあった。


「まあでも、

 結局みんな見るんだよね」


 彩が言う。


「怖いもの見たさも含めて」


 凛は何も答えなかった。


――


 撮影が始まる。


 スタジオには、

 以前より少ない人数しかいなかった。


 辞めたスタッフもいるらしい。


 解剖室セットへ入った瞬間、

 少しだけ空気が止まった。


 誰も口には出さない。


 でも、

 全員思い出していた。


 あの日を。


「本番いきます!」


 助監督の声。


 凛は立ち位置へ入る。


 カメラ。


 照明。


 監察医役の俳優。


 いつもの現場だった。


 撮影が始まれば、

 身体は自然に動く。


 現場は、

 少しずつ動き出した。


――


 気づけば、

 クランクアップの日になっていた。


「以上で、

『監察医事件ファイル』

 全撮影終了です!」


 拍手が起きる。


 花束。


 笑い声。


 スタッフ達の安堵した顔。


 凛も頭を下げた。


 六年前と、

 少し似ていた。


 クランクアップ。


 話題になった映画。


 死んだ人間。


 一瞬だけ、

 夜の海の音を思い出す。


 だが、

 すぐ拍手の音に消えた。


――


 その日の夜。


 スタジオを出ると、

 送迎車が停まっていた。


 岡部が降りてくる。


「お疲れさまでした」


「……お疲れさまです」


 凛は車へ乗り込んだ。


 走り出した車の中で、

 ラジオが流れている。


『監察医事件ファイル』

 の主題歌だった。


 最近、

 毎日のように耳にする。


 しばらく間を置いてから、

 岡部がバックミラー越しに言った。


「話題ですね、この映画」


「……そうですね」


「公開、

 楽しみにしてる人多いみたいです」


 凛はそこで、

 少しだけ岡部を見る。


 岡部は、

 いつも通り運転していた。


 だが、

 バックミラー越しに視線が合った気がした。


 凛は窓の外へ目を逸らす。


 街の灯りが、

 流れるように過ぎていった。


――


 マンションへ戻ると、

 スマートフォンが震えた。


 駿汰からだった。


『今日そっち行こうか?』


 凛は少しだけ画面を見る。


 それから返信した。


『来る?』


 駿汰が来たのは、

 一時間後のことだった。


 インターホンが鳴る。


 玄関を開ける。


「……久しぶり」


 駿汰が言った。


 凛は小さく笑う。


「ほんとにね」


 次の瞬間、

 駿汰が凛を抱き寄せた。


 強くではなく、

 ただ確かめるみたいに。


 凛は抵抗しなかった。


「撮影、お疲れ」


「ありがと」


 部屋へ入る。


 コンビニで買った食事を並べて、

 二人で他愛ない話をした。


 ドラマのこと。


 眠れているか。


 次の仕事。


 事件の話は、

 ほとんどしなかった。


 深夜。


 部屋の灯りを消したあと、

 凛は久しぶりに、

 何も考えず眠れそうだと思った。


 隣に誰かがいるだけで、

 部屋の静けさが変わった。

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