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オフレコ

 未央が海へ流されたあとも、

 誰も動けなかった。


 波の音だけが響いている。


 久保田は岩場の端に立ったまま、

 暗い海を見つめていた。


「……未央」


 声がかすれる。


 返事はない。


 黒崎が海を見つめる。


「見えるか……?」


 久保田が顔を上げた。


「ライト持ってきます!」


 そう言って、

 別荘の方へ走り出した。


 黒崎はその場に残った。


 暗い海を見つめたまま、

 ゆっくり息を吐く。


 凛だけが、

 動けなかった。


 頭の中で、

 さっきの瞬間だけが繰り返される。


 押した。


 自分が。


 未央を。


――


 数分後。


 ライトを持った久保田が戻ってきた。


 海面を照らす。


 遠く。


 波に飲まれながら、

 未央の身体がわずかに見えた。


「未央!」


 久保田が叫ぶ。


 返事はない。


 波が来るたび、

 姿が消える。


 久保田は岩場を降りようとした。


 黒崎が腕を掴む。


「やめろ!」


「まだ間に合うかもしれない!」


「もう無理だ。

 助からない」


 久保田が黒崎を振り払おうとする。


「離してください!」


 その時。


 大きな波が岩へぶつかった。


 未央の姿が、

 完全に暗闇へ消える。


 久保田が動きを止めた。


 波の音だけが響く。


 凛は震えていた。


 寒いのか、

 恐怖なのか、

 もう分からなかった。


 やがて、

 黒崎が凛を見る。


「……何があった?」


 凛は答えられなかった。


 呼吸だけが浅くなる。


「おい」


 黒崎の声が低くなる。


「何があった」


 その瞬間。


 凛の中で、

 何かが崩れた。


「……私」


 うまく喋れない。


「私が……

 押した……」


 波の音だけが響く。


 久保田の顔色が変わる。


「……は?」


「違うの……

 そんなつもりじゃ……」


 凛の呼吸が乱れる。


「私、

 ただ……」


 言葉にならなかった。


 黒崎はしばらく黙っていた。


 その目だけが、

 異様に冷静だった。


 やがて、

 低い声で言う。


「……警察には、

 未央が一人で海を見に行ったと話す」


 久保田が顔を上げる。


「それ、

 嘘つくってことですよね」


「余計なことまで話すな」


 黒崎は海を見たまま続ける。


「酒も入ってた。

 深夜だった。

 転落事故で終わる」


「でも……!」


「お前、分かるよな。

 これは事故なんだよ」


 久保田が言葉を失う。


 波の音だけが響く。


 凛はその場に立ったまま、

 何も言えなかった。


――


 通報したのは、

 数分後だった。


 その間、

 誰もほとんど喋らなかった。


 黒崎は何本も煙草を吸っていた。


 久保田は海を見続けていた。


 凛は別荘のソファに座ったまま、

 一度も顔を上げられなかった。


 テレビだけがついていた。


 音は誰も聞いていない。


 やがて、

 黒崎がスマートフォンを置く。


「……警察呼んだ」


 久保田は黙ったままだった。


 凛は両手を強く握り締める。


 外では、

 まだ波の音が続いていた。


――


 朝方。


 スマートフォンが震えた。


 ニュースアプリの通知だった。


 凛はぼんやりした頭で、

 画面を見る。


『若手女優・橘未央さん死亡』


 その文字だけが、

 妙に鮮明だった。


 凛はしばらく意味を理解できなかった。


 指先だけが震える。


 ゆっくり画面を開く。


『映画出演中の女優、

 海へ転落か』


 その文字を見た瞬間。


 凛はその場で吐いた。

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