表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

アウトテイク

 海沿いの高台。


 黒崎の別荘は、

 想像していたよりずっと広かった。


「すご……」


 未央が声を漏らす。


 黒崎が笑った。


「大したことないって」


 久保田が車を停める。


 四人は荷物を持って別荘へ入った。


 テーブルには、

 酒と軽食が並べられていた。


「乾杯するぞ」


 黒崎が缶ビールを掲げる。


「『声が消える前に名前を呼んだ』、

 無事クランクアップ!」


 缶がぶつかる音。


 未央が勢いよく飲む。


「終わったー!」


 凛は少し笑った。


 撮影中はずっと気を張っていた。


 ようやく終わった。


 その実感だけで、

 身体の力が抜けそうだった。


 黒崎はかなり機嫌が良かった。


 酒を飲みながら、

 何度も作品の話をしている。


「絶対ヒットする」


「したらいいですね」


「するんだよ」


 黒崎は笑った。


 それから、

 凛を見る。


「西条、

 これで売れるぞ」


 凛は少し照れたように笑った。


 未央はその横顔を見て、

 一瞬だけ顔をしかめた。


 スマートフォンを向ける。


「撮ってまーす。

 クランクアップ記念」


「また撮ってるの?」


 凛が苦笑する。


「だって今日で終わりだよ?」


 未央は酔った顔で笑った。


 それから、

 カメラを凛へ向ける。


「絶対売れるから。見てて」


「公開したらプレミアつくよ」


「つかない」


 黒崎は笑いながら、

 未央へ酒を渡した。


 凛は少しだけ視線を逸らす。


 黒崎は昔から、

 気に入った役者との距離が近い。


 現場でも、

 そういう噂はあった。


 でも、

 誰も正面からは言わない。


 未央はもう三本目の缶を開けていた。


 しばらくして、

 未央が立ち上がる。


「ちょっと海見に行こ」


 酔ったまま笑う。


「空気吸いたい」


 未央は凛を見る。


「凛も行こ」


 凛は少し迷ったあと、

 立ち上がった。


「社長たちも来ます?」


 未央が振り返る。


 黒崎は缶ビールを揺らした。


「俺はいい」


 久保田も苦笑する。


「あとで行くよ」


 凛はスマートフォンを手に取り、

 未央と一緒に別荘を出た。


――


 夜の海は静かだった。


 波の音だけが、

 暗い海辺へ響いている。


 潮風は冷たく、

 未央は深く息を吸った。


「気持ちいい……」


 別荘の灯りが、

 少し遠くに見える。


 二人は並んで歩いた。


「終わったね」


 未央が笑う。


「長かった」


「ほんと」


 凛も小さく笑った。


「絶対筋肉痛なる」


「未央だけでしょ」


「海辺のシーン、

 走らせすぎなんだって」


 未央が笑う。


 凛も少しだけ笑った。


 そのまま、

 二人は岩場の方へ歩いていく。


 波が足元の岩へぶつかっていた。


 海水で濡れた岩が、

 月明かりを鈍く反射している。


「でもさ」


 未央が不意に言った。


「凛って昔から余裕あるよね」


 凛は少し眉を寄せる。


「そう?」


「なんかさ。

 最初から主演って感じだった」


「そんなことないよ」


「あるよ」


 未央は笑ったまま続ける。


「社長も、

 ずっと凛のこと気に入ってたし」


 凛は答えなかった。


 未央は酔ったまま、

 波打ち際へ近づいていく。


「やっぱ納得いかないんだよね」


「……何が」


 凛が低く聞き返す。


「主演」


 未央は笑ったまま言う。


「演技だって、

 私の方が上だったじゃん」


 凛の表情が変わる。


「酔いすぎ」


「だって本当でしょ」


 未央は止まらなかった。


「結局さ、

 気に入られたもん勝ちじゃん。

 この業界」


 波の音が強くなる。


 未央はふらつきながら、

 少しずつ凛へ近づいた。


「社長、

 凛にはずっと特別だったし」


「未央」


「愛人って噂、

 現場でも有名だったよ」


 凛の顔色が変わる。


「いい加減にして」


「図星だから怒ってる?」


「違う」


 凛が強く否定する。


 未央は笑ったまま、

 さらに近づく。


「ねえ、

 社長と寝た?」


「……っ!」


 気づけば、

 凛の手が未央の肩へ触れていた。


 軽く押し返す。


 その瞬間。


 未央の身体が大きくよろめいた。


 足元の岩は、

 海水で濡れていた。


「あ――」


 未央の足が滑る。


 激しい水音が、

 夜の海へ響いた。


 凛の呼吸が止まる。


「未央!」


 岩場へ駆け寄る。


 数メートル下。


 未央は岩へ必死に掴まっていた。


「凛……っ!」


 波が何度も身体を打つ。


 未央が必死に手を伸ばす。


「助け……!」


 凛は震える手で、

 スマートフォンを取り出した。


 指がうまく動かない。


 何度も画面を押し間違える。


 ようやく通話が繋がる。


『……はい』


 久保田だった。


「久保田さん!

 未央が落ちた!」


 自分でも、

 何を言っているのか分からなかった。


『は?』


「海……っ、岩場……!」


 凛の声は震えていた。


『すぐ行く!』


 通話が切れる。


 未央はまだ岩へ掴まっていた。


「凛……!」


 波が強くなる。


 凛は岩場へ近づこうとして、

 足を止めた。


 怖かった。


 身体が動かなかった。


 その時。


 背後から足音が聞こえた。


 久保田と黒崎だった。


「何してる!?」


 久保田が叫ぶ。


 海を見る。


 未央はまだ岩へ掴まっていた。


 久保田が飛び込もうとする。


 黒崎が反射的に腕を掴んだ。


「待て!」


「離してください!」


「お前まで落ちる!」


 その一瞬だった。


 大きな波が岩へぶつかる。


 未央の手が離れた。


「――っ!!」


 身体が、

 暗い海へ流されていく。


 久保田が動けないまま立ち尽くす。


 凛は声を出そうとした。


 でも、

 何も出なかった。


 波の音だけが、

 夜の海へ響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
かわいそうでした。これからなのに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ