オールアップ
――六年前
海沿いのロケ地には、
朝から強い日差しが照りつけていた。
機材を運ぶスタッフ達の声。
海風。
照明の熱。
水平線が、まぶしく光っていた。
映画
『声が消える前に名前を呼んだ』
は、
クランクアップを迎えようとしていた。
「はい、本番いきまーす!」
助監督の声が飛ぶ。
凛は立ち位置へ入った。
まだ二十二歳だった。
主演に選ばれたとはいえ、
現場では毎日必死だった。
少しでも失敗すれば、
すぐ代わりがいる。
そんな空気を、
ずっと感じていた。
「――カット!」
黒崎がモニターの前で頷く。
「いいな。OK」
現場の空気が少し緩む。
スタッフ達が動き始めた。
「あと一本で終わりでーす!」
誰かが声を上げる。
少し離れた場所で、
未央がスマートフォンを向けていた。
「撮ってる?」
「記念」
未央は声を上げて笑った。
まだ二十歳だった。
準主役として抜擢され、
現場でも目立っていた。
人懐っこくて、
距離が近い。
凛とは違うタイプだった。
「凛、顔疲れてる」
「未央が元気すぎるだけ」
「主演だから気合い入ってんの?」
「入れないと死ぬ」
未央が笑う。
「怖」
そこへ黒崎が来た。
「西条、次ラストな」
「はい」
黒崎は凛の肩へ軽く触れながら、
モニターを指す。
「最後ちゃんと締めろよ。主演なんだから」
「分かってます」
そのやり取りを見て、
未央が少し笑った。
「黒崎さん、凛には甘いですよね」
黒崎が笑う。
「主演なんだから当たり前だろ」
未央も笑う。
「はいはい」
冗談みたいな口調だった。
凛は気づいていた。
その目だけが、少し笑っていなかった。
――
夕方。
最後のシーンが終わった。
「オールアップでーす!」
助監督の声と同時に、
拍手が起きる。
花束。
写真撮影。
スタッフ達の笑い声。
凛はようやく、
長い撮影が終わった実感を持った。
「やばい、終わった……」
未央が泣き笑いみたいな顔をする。
「泣きすぎ」
凛が笑う。
「だって初めての映画だもん」
そこへ、
未央が一人の男を連れてきた。
未央によく似た顔立ちだった。
「兄です」
未央が笑う。
「今日、エキストラで出てたんです」
「はじめまして」
兄が軽く頭を下げる。
凛も会釈を返した。
「こちらこそ」
黒崎が兄の顔を見て笑う。
「顔いいじゃん。今度もっといい役やるよ」
周囲が少し笑った。
兄も困ったように笑う。
「いや、今回で役者は諦めるつもりなんです」
黒崎が笑う。
「これから売れるかもしれないぞ」
兄は少しだけ黙ってから笑った。
「もう遅いですよ」
未央が兄の腕を軽く叩く。
「何それ」
兄は少しだけ笑った。
「じゃ、俺帰るわ」
「え、もう?」
「俺はもう終わったから。
お前頑張れよ」
未央は少し困ったように笑う。
「なにそれ」
兄は軽く手を上げると、
そのままスタッフ達の間を抜けていった。
――
日が落ち始める頃だった。
黒崎が凛と未央へ向かって言う。
「今から別荘行くか?」
「打ち上げするぞ」
未央が顔を上げる。
「行きたいです!」
黒崎が笑う。
「元気だな、お前」
――
別荘までは、
車で一時間ほどかかった。
運転しているのは久保田だった。
助手席には黒崎。
後部座席に、
凛と未央が並んで座っている。
未央はまだ興奮が冷めない様子で、
スマートフォンを向けてくる。
「主演女優、お疲れさまでしたー」
「やめて」
「コメントください」
「眠い」
未央が笑う。
黒崎も前で笑っていた。
車の中には、
まだ撮影終わりの熱が残っていた。
窓の外には、
黒い海だけが広がっていた。
別荘へ着いた頃には、
もう完全に夜になっていた。




