カットイン
封筒が届いてから、
二日が過ぎていた。
凛は久しぶりに、
CM撮影の現場へ入っていた。
白い照明。
モニター。
慌ただしく動くスタッフ達。
「西条さん、お願いします!」
呼ばれて、
凛は立ち上がる。
カメラの前へ立つと、
不思議と余計なことを考えなくて済んだ。
笑う。
振り向く。
台詞を言う。
求められた通りに動く。
「はい、オッケーです!」
監督の声が飛ぶ。
周囲から小さな拍手が起きた。
「めちゃくちゃ良かったです」
スタッフが笑顔で言う。
凛も小さく頭を下げた。
少しだけ。
本当に少しだけ、
普通へ戻れた気がした。
――
外へ出ると、
夜風が冷たかった。
「今日は押さずに終わって良かったです」
助手席へ乗り込みながら、
藤崎が言う。
地下駐車場には、
黒いワゴン車が停まっている。
岡部が軽く会釈した。
「お疲れさまでした」
凛と彩は後部座席へ乗り込む。
車が静かに発進した。
――
「今日は記者いなかったですね」
助手席の藤崎が前を向いたまま言う。
「少し落ち着いたのかもしれませんね」
岡部が穏やかに返した。
彩が小さく肩を落としながら言う。
「毎日あれじゃ、
普通にしんどいよね」
岡部は少しだけ笑った。
「自分には無理ですね。
見られる仕事って」
凛は窓の外を見たまま、
何も言わなかった。
それから、
誰も話さなかった。
車内には、
低い音楽だけが流れていた。
彩が凛の耳元へ顔を寄せ、
小さく言った。
「……昨日、また動画見た?」
凛は少し黙る。
「見てない」
「でも気になってるでしょ」
凛は窓の外を見る。
流れていく街の灯りが、
ぼんやり滲んでいた。
「……なんで今さら送ってきたのか、分かんない」
小さく呟く。
彩は少し声を落とした。
「やっぱ遺族なのかな」
前の席で、
藤崎が少しだけ振り返る。
「……何かあったんですか?」
凛はすぐに答えなかった。
「なんでもないです」
短く言う。
藤崎も、
それ以上は聞かなかった。
その時だった。
――タイヤが鋭く鳴いた。
車が大きく揺れる。
急ブレーキ。
凛の身体が前へ投げ出されそうになる。
「……っ」
彩が咄嗟に凛の肩を掴む。
藤崎も驚いたように振り返った。
「大丈夫ですか?」
岡部は前を見たまま、
珍しく動揺した声を出した。
「……すみません」
数秒、
車内が静まり返る。
「猫がいて」
岡部が低く呟いた。
凛もフロントガラスの先を見る。
道路には、何もいなかった。
岡部はしばらく前を見たまま動かなかった。
やがて、
何事もなかったように車を発進させる。
それ以降、
誰も話さなかった。
窓の外の夜景だけが、
ゆっくり流れていた。




