リテイク
夕方になっても、
報道は収まる気配がなかった。
ニュースでは、
黒崎と久保田の話題が繰り返されている。
『クロスプロモーションを巡る連続騒動』
そんな見出しまで出始めていた。
凛はテレビを消したまま、
ソファへ座っていた。
通知音は切っていた。
それでも、
スマートフォンの画面だけが何度も光る。
外の世界だけが、
止まらない。
オートロックのインターホンが鳴った。
モニターには、東城の顔が映っている。
凛が解錠すると、
しばらくして玄関のドアが開いた。
「入るぞ」
両手にコンビニ袋を提げたまま、
そのまま部屋へ入ってくる。
ネクタイは緩み、
顔にも疲労が滲んでいた。
「来るなら事前に連絡してください。」
「別にいいだろ」
東城はテーブルへ缶コーヒーを置く。
「なんも食ってないんだろ」
凛は答えなかった。
東城はスマートフォンを見ながら、
小さく舌打ちする。
「もう週刊誌まで完全に乗っかってる」
「……何て」
東城は記事画面を凛へ向けた。
記事には、
『声が消える前に名前を呼んだ』
のタイトルも出ていた。
『当時、撮影中に新人女優・橘未央さんが事故死』
短い記事だった。
当時の記事を引っ張ってきただけの、
簡素な内容。
それでも、
凛の呼吸は少し浅くなる。
「これ、
完全に面白がられてるな」
東城が低く言う。
「社長と久保田さんの件だけでも十分ヤバいのに、今度は六年前の記事まで掘られてる」
凛は黙ったまま、
視線を落とした。
「SNSなんか見てみろ。“呪われた映画”とか言われ始めてる」
東城はテーブルの上で光るスマートフォンを見ると、
小さく眉を寄せた。
「コメント欄とDMは閉じといた」
「……閉じたんですか?」
「事務所権限でな。今開けてたら地獄だぞ」
凛は何も言わなかった。
「テレビもネットも見るな」
東城が言う。
「今のお前、まともに食らうから」
凛は小さく息を吐いた。
「未央は」
言葉が止まる。
東城は黙って待っていた。
「……未央は、ただ売れたかっただけだった」
それだけ言って、
凛は口を閉じる。
東城はしばらく何も言わなかった。
やがて、
静かに立ち上がる。
「明日の収録だけは出てくれ」
凛が顔を上げる。
「……え、明日ですか?」
「申し訳ないが、頼む」
東城は疲れた顔のまま言った。
「バラエティ一本だけだ。番宣込み。局側もかなり気使ってる」
凛は黙った。
「嫌なのは分かる。でも今キャンセル続くと、余計変な記事出る」
「……分かりました」
「マネージャーも代わり付ける」
凛の視線が少し動く。
「久保田さんの後任?」
「一時的だけどな。藤崎って人」
東城は続ける。
「運転手も変わる。前の人、もう無理だってさ」
息だけを、静かに吐いた。
久保田の死後、
周囲まで少しずつ壊れていく。
「今日はもう休め」
東城は短く言った。
「顔、ほんとやばいぞ」
――
翌日。
局の入り口には、
いつもより多くスタッフが立っていた。
凛が車を降りると、
一瞬だけ空気が静まる。
「おはようございます」
女性スタッフが、
どこか緊張した声で頭を下げた。
凛も軽く会釈を返す。
「西条さん」
後ろから声がした。
三十代後半くらいの女性だった。
黒のジャケットに、
タブレットを抱えている。
「今日から担当します。藤崎です」
丁寧な声だった。
凛は少し遅れて頭を下げる。
「……よろしくお願いします」
「本日は収録のみですので、終わり次第そのままご自宅までお送りします」
久保田とは違う。
静かで、
きっちりした距離感があった。
――
収録前。
メイク室では、
誰も黒崎や久保田の話をしなかった。
その気遣いが、
逆に息苦しい。
「無理しないでね」
メイクをしながら、彩が小さく言う。
凛は鏡越しに、
曖昧に笑った。
――
収録が始まる。
MCは必要以上に事件へ触れなかった。
映画の話。
好きな食べ物。
最近ハマっていること。
笑い声。
拍手。
台本通りの会話。
全部、
いつも通りだった。
凛も笑った。
ちゃんと返した。
タイミングを外さなかった。
芸能人として、
成立させた。
ふと。
――モニターの中の自分と目が合う。
ちゃんと笑えていた。
それが、
自分でも少し嬉しかった。
――
収録が終わる頃には、
外はすっかり暗くなっていた。
「お疲れさまでした」
藤崎が頭を下げる。
地下駐車場には、
黒いワゴン車が停まっていた。
運転席の男が軽く会釈する。
「本日から担当します、岡部です」
四十代くらいの、
落ち着いた雰囲気の男だった。
凛も小さく頭を下げる。
車が静かに発進する。
窓の外では、
夜の街が流れていた。
凛はシートへ身体を預け、
ゆっくり目を閉じる。
久しぶりに、
少しだけ、
外の世界へ戻った気がした。




