インサート
翌日の昼過ぎ。
マンションの外は、まだ騒がしかった。
エントランスの前には報道陣が集まり、
時折、フラッシュが光っている。
凛はカーテンの隙間からその様子を見たあと、
静かに閉じた。
テレビは消している。
スマートフォンも伏せたままだった。
それでも、
外の世界だけが止まらない。
インターホンが鳴る。
凛はゆっくり立ち上がった。
オートロックのモニターには、
昨日、公園で会った刑事が映っている。
「……はい」
『警察です。少しお話よろしいでしょうか』
――
刑事は黒い手帳を開きながら、
リビングへ腰を下ろした。
「突然すみません」
「いえ……」
凛は向かい側へ座る。
テーブルの上には、
朝から手をつけていないコンビニのおにぎりが置かれたままだった。
「西条さんと久保田さんは、長い付き合いなんですよね」
「……六年以上です」
「最後に会った時、変わった様子はありましたか」
凛は少し黙る。
カフェでの久保田の顔が浮かぶ。
震える指。
落ち着かない視線。
乾いた笑い声。
『六年前のこと、公表しようかと思ってる』
凛は無意識に指先を握った。
「少し……疲れてる感じはしました」
「精神的に不安定だった?」
「……分かりません」
刑事は小さく頷く。
「最近、眠れていない様子は?」
「それは……あったかもしれません」
本当は、
もっと色々気づいていた。
でも、
どこまで話すべきなのか分からなかった。
「最後に連絡が来たのは昨夜?」
「はい」
「内容は」
「少し話したい、と」
「それで、公園へ?」
「……はい」
刑事は淡々とメモを取っている。
責めるような空気ではない。
それが逆に苦しかった。
「どんな話をしたかったか、思い当たることありませんか」
凛は黙った。
静かな車内。
返事のない久保田。
青白い顔。
冷たかった肩。
「西条さん」
「はい」
「些細なことでも構いません。何か心当たりないですか」
喉の奥が強張る。
時計の音が、やけに大きく聞こえた。
六年前。
未央。
公表。
頭の奥で、
昨日の言葉が何度も反響する。
『もう無理なんだ』
凛は唇を結ぶ。
「……分かりません」
それしか言えなかった。
刑事はしばらく凛を見ていたが、
やがて手帳を閉じた。
「詳しい死因は、まだ確認中です」
凛は黙ったまま頷いた。
「またお話を伺うかもしれません」
――
刑事が帰ったあと、
部屋には再び静かな空気が戻った。
凛はソファへ座り込み、
深く息を吐く。
頭の奥に、鈍い熱が残っていた。
久保田が死んだことも、
黒崎が死んだことも、
まだどこか現実に思えなかった。
なのに、
手だけが冷たかった。
その時。
――スマートフォンが震えた。
ニュースアプリの通知だった。
『警察によりますと、首を絞められたことによる窒息死と確認。他殺とみて捜査を進めています』
凛の指が止まる。
黒崎と、
同じだった。
続けて表示された文字を読む。
『警察は黒崎さん殺害との関連性も含め調べています』
凛は画面を見つめたまま動かなかった。
部屋は静かだった。
息を吸うたび、
少しずつ部屋が狭くなる気がした。




