表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/15

番外編・第三話:【家電×物理洗浄】「深夜のコインランドリー、乾燥機から変な声がする」


 平和。それは砂上の楼閣。

 家賃一万円のボロアパートに住む私、奈美にとって、それは維持費のかかる高級ブランド品のようなものだ。

 一週間の過酷な大学生活と、断れない友人・京子から持ち込まれる怪異の処理を終え、私は今、猛烈な「洗濯物」の山と向き合っていた。


「……なんで私の服、全部生霊の匂いと焦げた護符の匂いがするわけ?」


 アパートの共同洗濯機は、誰かが入れた「一円玉(昭和三十年製)」が詰まって故障中。

 私は仕方なく、深夜二時の街へと繰り出した。目指すは、徒歩五分の場所にある二十四時間営業のコインランドリー『ふわふわパラダイス』だ。

 深夜のコインランドリー。そこは、孤独な魂と行き場のない靴下たちが集まる、都会の僻地。

 自動ドアが開き、蛍光灯の青白い光が私を迎える。……と、同時に。 私の「貧乏センサー」が、かつてないほど激しく、もはや警報音を通り越して悲鳴を上げた。


「……うわ。これ、入っちゃダメなやつじゃん」


 空気の密度がおかしい。湿り気を帯びた熱風が、まるで誰かの溜息のようにまとわりついてくる。

 ランドリーの奥に並ぶ、巨大なガス乾燥機の群れ。その中の一台――端にある『七番機』だけが、誰もいないのに、ゴウン……ゴウン……と、苦しげな回転を続けていた。


 そして、聞こえてきたのだ。

『……回して……もっと……熱くして……。私、まだ……乾ききってないの……』


 湿った、粘りつくような女の声。

 乾燥機のドラムの中では、衣類ではなく、どす黒い霧のような「何か」が、洗濯物のふりをしてぐるぐると回っていた。


「奈美ーー! やっぱりここだったんだ!」


 背後から、心臓を止めるような勢いで京子が飛び込んできた。


「あんた、なんで私がここにいるって分かったのよ」

「奈美の洗濯カゴが玄関に出てたから! それより見て、ここ! ネットの掲示板で今、超話題なんだよ。『深夜二時の七番乾燥機には、失恋して入水した女の地縛霊が住み着いている』って!」

「……だから、その『ネットの知識』はもう信じないって言ったでしょ」


 私は眉間を押さえた。

 でも、無視もできない。このままでは私の大事なパジャマが、この「湿っぽい未練」の巻き添えを食らって、永遠に乾かない呪いにかかってしまう。


「ネットの知識(※元マサト投稿・アーカイブ第88条)によれば、『水の呪いは、火(熱)では消えない。むしろ蒸発して、空間全体に感染する』。……あいつ、こんなところにまで嫌な知識を残して……」


 確かに、乾燥機は熱風を出し続けているが、七番機のガラス面には、びっしりと「内側から」水滴がついていた。それは汗のように、あるいは涙のように滴り落ち、機械の下に不気味な水溜まりを作っている。


「どうするの、奈美! ファブリーズは? 粗塩は?」

「ここはランドリーよ。掃除のプロの戦場に、中途半端な除霊グッズは不要。……あっちが『湿気』と『未練』で攻めてくるなら、こっちは『界面活性剤』と『物理振動』で完封してやるわ!」


 私は、自分の洗濯カゴから、本日のメインウェポンを取り出した。

 一つ目は、特売で買った『ダウニー(最強の柔軟剤・アロマの香り)』。

 二つ目は、乾燥機用の『ドライヤーボール(突起がついたウール製の球体)』。

 そして三つ目は、私の最終奥義――『静電気防止シート(大量)』だ。


「いい、京子。あの霊は、自分が『乾いていない』と思い込むことで、この世への未練を繋ぎ止めてる。だったら、物理的な静電気をゼロにして、霊体の粒子が機械に定着できないようにしてやるのよ!」


 私は七番機の扉を、力一杯引き開けた。

 ムワッ、とした、古い風呂場のような臭いが立ち込める。


『……あ……あつ……あつい……でも……足りない……。もっと……愛して……』


「愛が欲しければマッチングアプリでもやりなさい! ここは洗濯物を乾かす場所よ!!」


 私は、まず『静電気防止シート』を、ドラムの内側に隙間なく貼り付けた。


「除霊! 防止! 非接触!! お前のドロドロしたエクトプラズムを、このシートが全部吸着して、床に叩き落としてやるわ!」


 さらに、私は柔軟剤のボトルを手に取り、乾燥機のフィルター部分に直接塗りたくった。


「フローラルの香りを舐めるな! お前の『入水した川の匂い』なんて、この濃縮された花の香りで、分子レベルで上書きしてやる!!」


 仕上げに、私はドラムの中に『ドライヤーボール』を十個ほど投げ込んだ。


「これぞ、物理的・攪拌かくはん浄霊術! お前の形を保とうとする未練を、このボールが毎分千回転で叩き潰して、粉々に粉砕してやるわ!!」

 私は扉を閉め、五十円玉を三枚、力強く投入した。


 ――スタートボタン、オン。


 ゴォォォォォォ!!


 猛烈な勢いで回転を始める七番機。

 中では、ドライヤーボールが「ガン! ガシャ! ドス!」と、ボクシングのミット打ちのような激しい音を立てて、黒い霧を乱打している。


「ギャ、ア、アアアァァ!! ……いい匂い……じゃない、苦しい……ッ! 叩かないで……! 静電気が……起きない……ッ!」


 ドラムの中で、女の形をしていた霧が、柔軟剤の香りに包まれてピンク色に変色し、ドライヤーボールの衝撃で形を崩されていく。

 さらに、静電気防止シートが霊体の電磁気的な結合をバラバラに分解し、出口のない熱風とともに、排気ダクトへと押し流していく。


「京子! 今よ! ランドリーの入り口にある『消臭スプレー(業務用)』を、排気口に向かって全噴射して!」

「了解! 除菌・消臭、フルパワー!!」


 京子が、店の隅に置いてあったスプレーを手に取り、ダクトの出口に向かって噴射する。

 外の夜空に向かって、ピンク色の、いい香りがする煙がシュルシュルと吸い込まれていった。


 ……ピー、ピー、ピー。


 十五分後。タイマーが終了し、七番機が静かに止まった。


 私が扉を開けると、そこには、一点の湿り気もない、カラッとした、そして驚くほどフローラルな空間が広がっていた。

 床の水溜まりも消え、あの粘りつくような視線も、跡形もなく消え去っている。


「……ふぅ。完璧。……おまけに、フィルターのホコリも全部取れちゃったわね」

「奈美、すごすぎるよ! 乾燥機の中で『打撃浄霊』を行うなんて、コインランドリー協会もびっくりだよ!」

「協会なんてないわよ。……あー、疲れた。私の洗濯物、入れる前に終わっちゃったじゃない」


 私は自分の洗濯カゴを持って、今度は一番平和そうな『二番機』に衣類を投げ込んだ。


  ……しかし。


 衣類を入れ終わった私の目に、あるものが止まった。


 七番機の、ガラスの裏側。

 そこには、指で書いたような、小さな、けれど確かな文字が残っていた。


『……ごめんなさい。……あ、あと。マサトさんに、よろしく。』


「……え?」


 マサト? あいつ、警察に行ったんじゃないの?


 私は慌てて、自分のスマホを取り出した。

 例の、削除されたはずのスレッド。……その跡地に、一つだけ、新しいコメントがついていた。


『ID: M_ASATO_88(復旧中): 

「生活の汚れ」は落ちても、「僕のデータ」は消えないよ。……次は、君の大学の卒業アルバムで、同窓会をしようか。』


「……嘘でしょ。あいつ、バックアップ取ってたの……?」


 京子が呑気に「奈美ー、自販機のコーヒー飲むー?」と聞いてくる。

 私は、乾燥機の熱風で火照った顔を、スマホの冷たい画面に押し当てた。


 平和。それは、やっぱり私には高すぎるブランド品らしい。


「……京子。コーヒー、ブラックでお願い。……あと、アルバム、全部シュレッダーにかけるから、手伝って」


 深夜のランドリー。 私のパジャマが回る音に混じって、どこかで、デジタルな笑い声が聞こえた気がした。


 ――番外編・第三話:完――



物語は再び、マサトの不気味な復活(?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ