表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/15

第八話:ネットの知識が使えない!? 真の除霊術を探せ


「……詰んだ。完全に詰んだわ」


 私は、窓をアルミホイルで塞いだままの薄暗い部屋で、力なく膝をついた。

 手元のスマホには、いつものオカルト掲示板。以前なら「最強の除霊メソッド」に見えていた書き込みの数々が、今は毒蛇の群れのように見える。


 投稿者ID:『M_ASATO_88』。


 私がボロアパートで幽霊を追い出し、沙織さんを救い、美月先輩のスマホを拭き上げ、教授のロッカーをパテで固めた、そのすべての「知恵」の出処。それは、私を追い詰め、執着し、ストーキングしていた黒幕――マサト自身だったのだ。


「奈美、おにぎり買ってきたよ。……って、まだその顔してるの?」


 京子がレジ袋を提げて入ってくる。彼女は私の絶望を余所に、買ってきたツナマヨおにぎりを頬張りながら画面を覗き込んだ。


「でもさ、結果的に浄霊できてるんだからいいじゃん。あいつ、実は親切なんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ! 考えてもみてよ。あいつの教えた方法で、あいつが送り込んだ呪いを解いてたのよ? これって、あいつが作った『ゲーム』のルールに従わされてただけじゃない。私はあいつの掌の上で、あいつ好みの『除霊師ヒロイン』に調教されてたのよ!」


 恐怖と屈辱で全身が震える。

 ネットの知識第百八条:『術の出処を疑え。毒から生まれた薬は、いつか毒に戻る』。

 ……これも、あいつの書き込みかもしれない。そう思うと、自分の思考さえもあいつに汚染されているようで吐き気がした。


 その時、スマホが嫌な音を立てて震えた。

 掲示板に、新しいスレッドが立ったのだ。


『【実況】今日、ついに「僕の最高傑作」を迎えに行く。最後の仕上げは、彼女自身に「自分」を浄霊させること。』


 スレ主は、もちろん『M_ASATO_88』。


 コメント欄には、私の部屋の外観写真がアップされていた。しかも、一分、一秒刻みで近づいてくる足元の写真と共に。


「来る……。今度こそ、あいつ自身が来る!」

「奈美! どうするの? 掲示板に書いてある方法、全部罠なんでしょ!?」


 パニックになる京子の横で、私は必死に頭を回転させた。

 ネットの知識は使えない。ファブリーズも、重曹も、アルミホイルも、あいつが「効く(ことにした)」アイテムに過ぎない。もし今、私がファブリーズを構えれば、あいつはそれを合図に、私を完全に「向こう側」へ引きずり込む儀式を完成させるだろう。


「……捨てなきゃ」

「え?」

「今まで培ってきた『オカルトの常識』を、全部捨てるのよ。あいつが知らない、あいつが予測できない『真の除霊術』を見つけないと……!」


 私は部屋中を見渡した。


 アルミホイルを剥ぎ取り、盛り塩をゴミ箱に捨て、クイックルワイパーをへし折った。

 あいつが用意した武器をすべて排除する。

 残ったのは、何の変哲もない、ただの汚い四畳半。


 ドォォォォン!!


 一階の玄関が、建物ごと壊れるような音を立てて開いた。

 階段を上がる、ゆっくりとした、けれど確実な足音。

 一段、一段。それは私の心臓を直接踏みつけるようなリズム。


「奈美! 何か、何か武器はないの!?」

「武器なんてないわよ! ネットに書いてあることは全部嘘なんだから!」


 足音が、私の部屋のドアの前で止まった。

 隙間から、あのドロリとした黒い霧が染み込んでくる。

 ドアノブが、カチャリと回った。


「……見つけたよ、奈美さん。最後の仕上げの時間だ」


 ドアを開けて入ってきたのは、黒いコートの男――マサト。

 その顔は、半分がノイズのように歪み、もう半分は、かつてビデオで見たあの「異常な恋人」の笑顔だった。

 彼の手には、一通の、今までで最も大きく、真っ赤な封筒が握られていた。


「さあ、いつものようにやってごらん? ファブリーズを撒くかい? お経を唱えるかい? それとも、また何かを『掃除』して、僕を喜ばせてくれるのかな?」


 マサトが右手を差し出す。その指先からは、無数の「黒い糸」が伸び、私の手足に絡みつこうとする。


 私は、震える足で立ち上がった。

 手には、何も持っていない。

 ただ、一つだけ。


 私は、実家から送られてきたばかりの『田舎の、泥がついたままのジャガイモ』を、買い物袋から掴み取った。


「……は?」


 マサトの動きが、一瞬止まる。


「何だい、それは。……新しい術式かな? 大地のエネルギーとか、そういう……」


「違うわよ、ボケ!!」


 私は全力で、そのジャガイモをマサトの顔面に叩きつけた。


「これは、お母さんが土を耕して、肥料やって、草むしりして育てた、ただの! 生き抜くための! 食糧よ!!」


 ベチャッ、という生々しい音。

 マサトの顔面に土が飛び散る。

 それは情報の海でも、デジタルノイズでも、呪術的なシンボルでもない。

 ただの、圧倒的な『現実リアル』の塊だった。


「グ……アッ!? なんだ、これは……!? 私のノイズが、読み込めない……!」


「ネットに書いてないこと、教えてあげるわよ! あんたが画面の中でカタカタやってる間に、私はこの一万円の部屋で、必死に生きてんの! 家賃払うためにバイトして、泥臭い飯食って、現実の汚れと戦ってんのよ!!」


 私は、京子が持ってきたレジ袋の中身をぶちまけた。


「食らえ! 半額シールのついたお惣菜の残り香! 溜まりに溜まった電気代の督促状! そして、私が昨日出した『ガチの生活ゴミ』!!」


 私はゴミ袋を振り回し、マサトを殴りつけた。

 あいつが構築した「綺麗な呪いのシステム」に、私の「汚い生活の現実」を叩き込む。

 デジタルな怪異にとって、意味を持たない、分類できない、ただの『ノイズとしての生活臭』は、最強のバグとなって襲いかかった。


「ギ……ギャアアアア!! 汚い……! 意味が分からない! 私のシナリオが、崩れる……!!」


「整理整頓? 浄霊? そんなの、余裕がある奴がやることよ! 私は今日を生きるのに必死なの! あんたの作った『物語』なんかに、私の人生を上書きさせてたまるか!!」


 私はマサトの胸ぐらを掴み、その耳元で叫んだ。

 お経でも、呪文でもない。

 この一ヶ月、あいつのせいで溜まりに溜まった、本物の怒り。


「――二度と、私の前に現れるな。この、ニートストーカー野郎!!」


 その瞬間、マサトの体が、古いテレビの電源を切った時のように一転に収束し、激しい光を放って弾け飛んだ。


 ……爆風。


 アルミホイルがすべて吹き飛び、部屋中にジャガイモとゴミが散乱する。


  静寂。


 目を開けると、そこには、ただのボロボロの四畳半に座り込む、私と京子。

 そして、床に落ちた、色が抜けて真っ白になった「封筒」の残骸だけが残っていた。


「……終わった……?」


 京子が、ジャガイモを頭に乗せたまま呆然と呟く。


「……うん。終わった。……ネットの知識じゃなくて、私の『怒り』で、勝ったんだわ」


 私は、自分のスマホを拾い上げた。

 画面を見ると、例のスレッドは削除されていた。

 そして、あのアカウント『M_ASATO_88』は、跡形もなく消えていた。


「……奈美、すごいよ。真の除霊術って、まさか『生活感』だったなんて……」

「……もう、どうでもいい。……ねぇ京子。とりあえず、掃除しよ。……今度は、浄霊のためじゃなくて、私の生活のために」


 私は、泥だらけになった床を見て、今日一番の、深い溜息をついた。


 ――第八話・完――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ