閑話・憧れとは違う幸せな道
少し待ち応接室に現れた死王様を見た瞬間感じたのは……ああ、なるほど、噂は優しいという方が真実だったかという思いだった。
一目見れば分かる。この方はとてもやさしい方だ……ともすれば、その優しさが己自身を傷つけることがあるかもしれないと、そう感じるほどに……。
「……はじめまして……私は……アイシス……アイシス・レムナント……よろしくね」
「ルーシー・ドクトルティアと申します。本日は突然の来訪にも拘らずお目通りを許していただき、心より感謝いたします」
「……気にしないで……貴女の事は前にリリウッドから聞いたことがある……会ってみたいと思ってたから……こうして会えて……嬉しい」
「そう言っていただけると光栄です」
立ち上がって簡単な自己紹介を行い、死王様が席に座ったのを確認してから座り直し、本題を告げる。
「改めまして、突然の来訪失礼いたします。今回死王様にお目通りを願ったのは、魔力感染型気管支炎の治療薬の改良を行うために必要な情報を探すため、死王様の蔵書を閲覧させいただきたく参りました」
「……うん……シャウラから聞いたよ……書庫の本は自由に見てもらって大丈夫」
「寛大なお心に感謝を、つきましては閲覧料などに関して……」
「……お金はいらない……調べるのに時間がかかるなら……ルーシーが問題ないなら……部屋を用意するから……調べ終わるまでここに滞在してもいいよ」
「そ、そこまでしていただくのは申し訳なく……」
確かに死の大地にある死王様の居城は、最寄りの街と言っても相当遠く通うのは大変である。とはいえ、転移魔法を使えば移動にさほど手間はかからないので、死の大地に近い街に宿をとって通うつもりで居たのだが……死王様は書庫の閲覧許可だけでなく、居城への滞在も許してくださるとのことだった。
「……気にしなくていいけど……もし気になるなら……時々息抜きを兼ねて……話を聞かせてくれると嬉しい……私は病気にはかからないから……薬には詳しくない……だから薬師の話には……興味がある」
「……畏まりました。死王様がそれでよろしいのであれば、お言葉に甘えさせていただきます」
本当に優しい御方だと思った。打算などがあるわけではなく、本心で言ってくれているのも理解できたし、纏う雰囲気も穏やかで温かい気がした。
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死王様……アイシス様の居城に滞在するようになって数日。私は書庫で必要な情報を探す傍ら、アイシス様や死王配下とも交流を行っていた。
アイシス様は非常に優しく、名前で呼ぶことも許していただき、息抜きとして行うアイシス様との会話は私にとって密かな楽しみとなりつつあった。
シャウラを始めとした死王配下の方々も、気さくで話しやすく……なんといえばいいのか、この居城全体が酷く居心地がいいように感じた。
「アイシス様の書庫の蔵書は本当に素晴らしく、つい目的の情報以外に目移りをしてしまうのが困りものですね」
「……そういえば……ちゃんと聞いてなかったけど……魔力風邪の薬の改良に必要な情報って……なにを探しているの?」
「ヒリン草の加工に関してです。この薬の作成難易度を高めている主たる要因がヒリン草の加工で、手順も多く複雑で極めて高度な技術を持つ薬師にしか作れないので、ここさえ簡略化できれば普通の薬師にも作成可能になるので、患者の数に対して供給が追い付いていない現状の改善になるかと……」
「……ヒリン草の加工……それなら……あの本がいいかも」
アイシス様との会話の中で探している情報を話すと、どうやらアイシス様には心当たりがあるようで、書庫から一冊の本を持ってきてくださった。
「……かなり古いですが、料理本でしょうか?」
「……うん……いまはもう廃れた文化だけど……ヒリン草は昔……魔界南部で薬草じゃなく食料として食べられてて……その時にいくつかの調理法が生まれてる……この本は……そういう昔の調理法とかを纏めた本」
「……これはっ! なるほど、こんな加工……調理方法が……これを応用すれば、もしかして!」
アイシス様が持ってきてくださったのは製薬には関係の無い料理本ではあったが、私の知らないヒリン草の加工方法が記されていた。特に一定期間特定の温度で保管することで、調理をしやすくするという手法は……まさに私の求めていた解答に近いものだった。
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アイシス様のおかげで参考になる情報が見つかり、幾度かの試行錯誤の後に……私は治療薬の改良に成功した。多少の設備……温度を保つ魔法具などは必要になるが、この製薬方法であれば手順をかなり省略でき、難易度も大きく下がる。
「ありがとうございます、アイシス様。おかげで、無事に治療薬の改良に成功しました。あとはこれを学会に発表すれば、多くの薬師がこれを作れるようになるはずです」
「……それはよかった……薬が広く行き渡るようになって……たくさんの人が救われるなら……私も嬉しい……ルーシーが頑張ったおかげだね」
「いえ、アイシス様の情報があったからこその完成です」
「……じゃあ……一緒に頑張ったからってことで……ふふ……たくさんの人の助けになるのも嬉しいし……ルーシーが夢に近付けたのも嬉しい……嬉しいことがいっぱい」
それは、なんと表現するべきだっただろうか……その時のアイシス様の言葉と笑顔が、ストンと胸の奥に落ちてきたような気がした。
薬師としての腕を称賛されることはあった、素晴らしい夢だと評価してもらったこともあった。だが、なんだろうこの感じは……ああ、そうか……私は、これが……欲しかったのかもしれない。
そして同時に思い出した。イルネス様の「私を目標にしてはいけない」という言葉を……。
私の始まりは多くの人を救いたいという、そんな思いだった。私は富にも名声にもさして興味はなく、私の夢は一種の自己満足だと認識していた。
だがそれはもしかすると、心のどこかでイルネス様に憧れていたからこそ、なんの見返りも求めないことが正しいと思い込んでいたのかもしれない。
でも、それはきっと間違いだった。私の夢は決してひとりで成し遂げられるものではない。個の強さの追い求めた先に私の夢は無い……だからこそ、私には必要だったのかもしれない。私が見ている夢と同じ方向を向いて、喜びを共有できる誰かが……。
いや、変に理屈ぶった考えは止めよう。この気持ちはもっと純粋なものだ。ただ、そう……嬉しかったんだ。アイシス様が、私が夢に一歩近づいたことを『一緒に喜んでくれた』ことが……私はたぶんずっと、誰かと一緒に喜びたかった……喜びを共有したかった。
「……あの、アイシス様」
「……うん?」
「これだけ、いろいろお世話になっているのに申し訳ないのですが……その、まだまだ改良したり作りたい薬があって……」
「……うん……好きなだけ居てくれていいよ……ルーシーが居てくれると……私は嬉しい」
「あっ……はい!」
嘘は言っていない。まだまだ作るべき薬や改良すべき薬は多く、アイシス様の持つ膨大な蔵書はこれ以上ない程有益なものであり、もっといろいろ調べたいという思いはある。
だがそれとは別に……なんとなくではあるが、確信に近い予感があった。いつか、そう……いまはまだ決心がつかないが……そう遠くないうちに、私はこの人を……唯一の王と思うようになるのだと……。
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日が沈みかけた道を、ウルペクラとシャウラと一緒に歩く。
「ルーシーの論文が完成したら、また皆でお祝いっすね」
「楽しみでありやすね。スイーツパーティにしやしょう!」
「いや、それ、シャウラが甘いもの食べたいだけっすよね」
当たり前のようにそんな話をするウルペクラとシャウラを見て、思わず口元に笑みが浮かぶのを自覚する。
「ククク、なんというか、いつも祝ってもらって悪いね」
「なに言ってんですかドクター。身内に喜ばしいことがあれば、皆で祝うのがウチの流儀でありやすよ」
「まぁ、それ口実にしてワイワイやりたいだけの連中もいるっすけどね。なんにせよ、ルーシーがまた夢に近付いたわけですし、祝うのは当然っすよ」
本当に死王陣営は居心地がいい……アイシス様もそうだが、彼女たちも当たり前のように私が夢に近付いたことを一緒に喜んでくれる。
シャウラが言うようなスイーツパーティも楽しいかもしれないし、単純に少し豪華な食事を皆で囲むというのもいいだろう。
なんにせよ思わず口元が緩んでしまうぐらいには楽しみだ。いつか、まだまだ遠い夢に辿り着いた時、皆と行う祝いは間違いなく最高のものになるのだろうと、そう確信できると夢を追う意欲も高まるものだ。
イルネス様に憧れ、目指すべき夢を見つけ、あちこちを旅して……いまは居るべき場所を見つけて、夢を追い続けている。
私が富や名声に興味が無いのもある意味では必然かもしれない……なにせ、日々がこんなにも幸せなのだから……。
~ちょっと解説~
【死王配下のお祝い】
死王配下は皆仲が良く、メンバーにいいことがあると皆でお祝いするのが恒例であり、夕食が豪華になったりちょっとしたパーティを開いたりと形式はさまざまである。




