閑話・死王を訪ねて
「……ここか」
一面の雪景色の中に建つ巨大な城、その入り口となる巨大な門の前で呟く。とある薬を完成させるために、どうしても必要な情報があるのだが、様々な文献を伝手を探しても必要な情報は見つからなかった。
もしかしたら禁書の類になら記されているかもしれないと考えた私は、世界において大量の禁書を所有するであろう唯一の存在と言える死王アイシス・レムナント様を訪ねて死の大地にある死王様の居城にやってきていた。
私は死王様と直接お会いしたことはないので、どういう方なのかはよく知らないのだが、噂はいくつか聞いている。
死の魔力などの能力的な噂は除外するとして、性格に関しては……六王の中でも最も恐ろしく、機嫌を損ねれば待つのは死だけという噂もあれば、優しく穏やかで冥王様や界王様に並ぶほど慈悲深いという噂もあって、いまいち測りかねる部分もある。
比率で言えば、以前は恐ろしい存在という噂をよく聞いていたが、ここ十数年は優しく穏やかという噂をよく聞く……まぁ、噂で人物像を判断するというはそもそも失礼な話だし、直接会って抱いた自身の感想で判断することにしよう。
そう考えつつ、門の横にあった呼び出し用の魔法具に触れる。これに触れることで城内部の方に来客が伝わる仕組みだ。
少しすると巨大な門が開かれ、中から艶のあるローブを着たサソリに似た尾を持つ女性が出てきた。
「はいはい、いらっしゃい。本日はどういったご用件でありやすか?」
「突然の来訪失礼しました。私はルーシー・ドクトルティアという者で、旅の薬師です。今回は死王アイシス・レムナント様に謁見したく城を訪れました。本来なら書面で伺いを立てるべきなのですが、死の大地に配達可能な郵便屋が見つからず……」
「あ~手紙関係はまだ調整中でありやして、お手間をおかけしてしまったでありやすね。近く作る予定の街ができれば、そこが郵便関係の窓口として機能する予定なのでありやすが……ちなみに、謁見とのことでありやすが、差し支えなければ内容をお伺いしても?」
「はい。魔力感染型気管支炎……通称魔力風邪と呼ばれる病気の治療薬を改良するために、極めて専門的な情報が必要でして、多数の文献を当たってみたのですが見つからず……世界一と言えるほどの蔵書を誇ると言われる死王様の書庫であれば、必要な情報の書かれた書物が見つかるのではと思い訪ねて来ました」
「なるほど、分かりやした。では、アイシス様に取り次ぎやすので、中へどうぞ……」
「え? すぐに取り次いでいただけるのでしょうか? 私としては、出直す気だったのですが……」
女性の言葉に思わず戸惑いながら聞き返してしまった。六王様への謁見はそう簡単に敵うものではない。事前に伺いを立て数日はかかる。
過去に界王様や冥王様に謁見した際も、数日はかかっていたのだが……大丈夫なのだろうか?
「ええ、アイシス様はお優しい方でありやすし、本日は特に予定もない筈なのですぐに会ってくださると思うでありやす。いちおう確認しますので、応接室でお待ちいただきやす」
「……ああいえ、死王様のご都合というよりは、私の信用調査のようなものは?」
もちろん私に死王様を害する意思など無いが、無礼な発言をする可能性もあるだろうし、その辺りの調査は必要ないのかと尋ねてみると、女性は苦笑を浮かべる。
「……呼び出し用魔法具に触れられたでありやしょう?」
「ええ」
「その魔法具は、アイシス様への害意がある者は触れないようになってるでありやす。ウチには結構深いところまで感情を読み取れる公爵級高位魔族がいやして、その方が術式を込めたものなので問題ありやせん」
「なるほど、そういうことでしたか」
「まぁ、それに……見たところあっしと同じぐらいの実力でありやしょうし、不意打ちしようがなにしようが、アイシス様を害することは不可能でありやしょうからね」
女性のその言葉に納得して頷く。既に害意がないことが調査済みでならば問題無いだろうし、実際に他の六王様を見た感想だと、女性の言う通りどんな手段を使ったとしても、私が単独で六王様を害するのは不可能だ。
そう考えて納得し、女性の案内で城内に入って応接室に移動する。
「ああ、申し遅れやしたが、あっしは死王配下のひとりでシャウラと申しやす。商人として商売もしておりやすので、薬の材料などをお求めの際は是非お声がけくだせぇ」
「ありがとうございます。珍しい素材を必要とすることもあるので、その際などには頼らせてもらうかもしれません」
案内してくれた女性はシャウラという名前らしい。特徴的な尻尾から、魔界東部にある砂漠地帯に集落を持つ虫人型魔族ピニシアだと思うが、混血という可能性もある。ただ、室内でもローブのフードを被ったままという事を思えば、ピニシアの可能性は高い。
「シャウラさん、私的な話になってしまうのだが、少し尋ねても構いませんか?」
「なんでありやすか? あっ、あっしには敬語とか使わなくて大丈夫でありやすよ。名前も呼び捨てにしてくだせぇ」
「では、シャウラと呼ばせてもらうよ。シャウラの種族はピニシアで間違いないだろうか?」
「ええ、あっしの種族をご存じとは博識でありやすね。旅の薬師というお話でありやしたし、魔界の少数種族にも詳しいのでありやすかね」
そのタイミングで応接室に辿り着き、シャウラに促されてソファーに座りつつ言葉を続ける。
「では、余計なお世話かもしれないが、死王様に取り次いでいただく礼としてこちらの薬を……」
「うん? 塗り薬でありやすか?」
「触覚用の日焼け止めとでもいうべき薬だよ。ピニシアは触覚が日光に弱く変色したり痒みが出るから、普段はフードで触覚を隠しているのだったよね? それを塗っておけば日光に当たっても問題はない筈だ。クルーエル族などの日光に極端に弱い種族用に日焼け止めを作ろうとした過程で作ったもので、実際にピニシアに使ってもらって効果も確認してある」
「それはそれは……そんな薬があるとは、初めて知ったでありやす」
「これは、現時点では私しか作れない薬だからね。薬の使い方と成分表を渡しておくから、アレルギーがあるようなら使用は控えてくれ」
シャウラに渡した薬は、私にとってはまだ未完成のものだ。制作過程に抽出の魔眼を用いなければならないので、現時点では他の薬師が作れるような製法は確立できていない。
最終的にはクルーエル族用の日焼け止めも含めて、安価で作成できるようにしたいところだが……まだまだ課題も多い。
「それはなんとも、あっしにとってはありがたい薬でありやすが……このようなものをいただいてもよろしいのでありやすか? ちゃんと購入しやすぜ?」
「効果と安全性は確実に保証するが、その薬は私の基準で言えばまだ未完成でね……薬師として、未完成品を売る気は無いよ。遠慮なく受け取って欲しい」
「これはまいりやしたね。お金を求めない相手に支払うわけにはいかないでありやすが、商人としてただでこんないい品をいただくのも……う~ん、ここは借りをひとつということで手を打ってくだせぇ」
「なるほど、借りをひとつか……ククク、いいね。では、その借りを使って……また会った際に、使用した感想の報告を要求させてもらおうじゃないか」
「……おっと、これは一本取られてしまったでありやすね。しかし、お客人。取引は等価で行うのが望ましいでありやす。無償でいただいた薬の感想に、なにかを消費するわけにはいきやせん。またお会いした際には借りを消費せずに報告させていただくでありやす。では、アイシス様を呼んでくるでありやすので、少々お待ちを……」
そう言って微笑むと軽く一礼してシャウラは部屋から出て行った。なるほど、中々に強かな商人のようだ。機会があれば、本当に素材の調達をお願いしてみるのもいいかもしれない。
~ちょっと解説~
【ルーシーの日焼け止め】
効果自体は完璧で、クルーエル族などの日光に弱い種族も塗れば直接日の光に当たっても問題ない状態になる。しかし、現状では製法に魔眼を含むためルーシー以外に作ることができず、ルーシーの基準では未完成品。
【ピニシア】
サソリの尾と、頭に小さな触覚を持つ虫人型魔族。触覚が日光に弱く、クルーエル族のように痛みを感じたりするわけではないのだが、痒くなったりするのでフードや帽子を被っていることが多い。
シャウラはこの時以降ルーシーの日焼け止めを愛用しており、フード無しでも問題ないのだが、慣れもあって普段はフードを被っていて、時折外している。




