番外編・三大荒行の先
人界にある世界の特異点が住む屋敷の裏手……位相をズラした特殊な空間に繋がる扉、そこから行ける空間のひとつに広い訓練場があった。
現在そこには四人の姿があった。端に寄って見学している様子のアンリとクリームヒルト……そして、訓練場の中央で対峙するナタリアともうひとり……ナタリアによく似た髪色のメイド服を着た女性。ナタリアの母であるルナマリアが居た。
どうやらナタリアを指導しているようで、果敢に攻めてくるナタリアの攻撃を軽々と捌きながら微笑みを浮かべていた。
「いい動きですね。以前よりメイド力も高い……成長していますね、ナタリア」
「でも、まだ……お母様には、一撃も当てれてない……」
「まぁ、さすがにまだ母として、追いつかれるわけにはいきませんからね。しかし、それにしてもいい成長ですね。これだけメイド力が伸びているということは……メイド三大荒行をこなしましたか」
「……はい。この前の休暇に修めてきました」
戦闘を中断し疲れた様子で肩で息をするナタリアに対して、ルナマリアはまだまだ余裕といった雰囲気で話していたが、その表情は娘の成長を喜ぶ母親のものだった。
ナタリアは短期間に大きく力を伸ばしており、特にメイドとしての力……メイド力が大きく上昇していると感じたルナマリアは、それをメイド三大荒行をこなしたからだと予想した。
メイド三大荒行とは、メイド界に知られる鍛錬方法のひとつで、破岩、滝割り、雲切りの三つであり、これをこなした者はメイド力が五千は違ってくると言われる鍛錬方法であり……一般人にとっては謎極まりないが、一種の超人であるトリニィアのメイドたちにとっては、メイドならば一度は通る道というレベルに有名な鍛錬だ。
そして、ナタリアは少し前に長めの休暇を貰って山籠もりを行い、メイド三大荒行を完遂していた。
「素晴らしいですね。その歳でメイド三大荒行を修めるのは、メイドとしてかなり将来有望……私も母親として鼻が高いです」
「……えへへ」
ルナマリアに褒められ、照れ臭そうに頬をかいていたナタリアだったが、直後にルナマリアが真剣な表情を浮かべるのを見て反射的に背筋を伸ばした。
「……ですが、そこで満足してしまっていませんか?」
「え?」
「メイド三大荒行を修めることと、極めることは違います。なぜ、メイド三大荒行を修めた後も繰り返し行うメイドが多いのか……それは、メイド三大荒行を極めた先にあるものを習得する為です」
「……メイド三大荒行の……先……」
「ナタリア、構えなさい。せっかくの機会です……少し、先を見せてあげましょう」
「は、はい!」
ルナマリアの言葉を聞いて、ナタリアはどこかワクワクとした表情で構えをとった。まだ幼いながらも洗練されていると言っていいナタリアの構えを見て満足そうに頷いてから、ルナマリアは静かに告げる。
「……メイド三大荒行とは、言ってしまえばメイドリックオーラの鍛錬です。破岩でメイドリックオーラを纏う、或いは衝撃として放つ術を学び、滝割りで瞬間的に大量にメイドリックオーラを放つ術を学び、雲切りによって繊細なコントロールを身に着ける……そして、それらを極めた先にあるのが、コレです」
「ッ!?」
ゆっくりと体の前で手を組むルナマリアの動きは、同じメイドであるナタリアから見ても美しいと感じるほどに完璧な所作であり、圧倒されたように思わず息を飲む。
「……真のメイドは、メイドリックオーラを用いて全域を制す!」
「っ……がはっ!?」
直後にナタリアは強烈な衝撃を受けて吐血しながら吹き飛ばされて地面を転がった。なにが起きたのかまるで分らなかった。
地面や周囲に異常はなく、ただナタリアだけがひとりでに吹き飛んだような状態であり、ナタリアは痛みの残る体を起こしながら驚愕に目を見開いていた。
「少し強く撃ち過ぎましたね。回復魔法をかけるので動かないでください」
「お、お母様……い、いまのは……まさか……」
「気付いたようですね。そう、いま貴女が受けた技こそ、『メイド七大奥義』のひとつ……衝撃を伴うメイドリックオーラを全方位に放ちつつも、狙った相手以外には一切ダメージを与えない。メイドリックオーラによる全方位制圧技……『メイド衝』です」
「や、やっぱり……いまのが、伝説の……メイド衝……流石お母様! メイド七大奥義を使えるなんて、やっぱりスーパーメイドって凄いんですね!」
ルナマリアが放ったメイド七大奥義のひとつを目の当たりにして、ナタリアは目をキラキラと輝かせながら非常に嬉しそうな表情を浮かべていた。
己の母親であり、メイド界が誇るスーパーメイドのひとりでもある存在の凄さを身をもって体感し、興奮が収まらない様子だった。
「ふふ、貴女もいずれ使えるようになりますよ。ですが、焦ってはいけません。メイドの道に近道はありませんからね」
「はい! 私もいつか、お母様みたいな凄いメイドになれるように頑張ります!」
「期待していますよ」
力強く宣言する愛娘の頭をルナマリアは優しく撫でる。傍から見ればそれは、微笑ましい親子のやり取りだろう……話している内容が常人には理解不能という点を除けば……。
そして、その光景を離れた場所で見ていたメイドではないふたりは、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「……メイドリックオーラとは? メイド衝とは? というか、メイド七大奥義なんてのもあるのですか……」
「ヒルト、メイド関連に関しちゃ理解しようとしちゃ駄目だよ。理解しようとすればするほど、訳が分からなくなるからね。理解しないままで『そういうものだ』って気持ちで受け入れて、受け流すのが一番だってパパが言ってた」
「……流石、お父さん。ためになる言葉です」
~ちょっと小ネタ~
「あ、ありのままにいま起こったことを話すぜ。私は今回、ルーシーの過去編の閑話を書こうとしていたはずだったのに、気が付いたら訳の分からないメイド界の百年後を書いていた……外伝でメイド界の新要素だとか、七大奥義だからまだ六つあるとか、そんなちゃちな話じゃ断じてねぇ……もっと恐ろしい、メイドとはなにかって言う哲学を感じた思いだった」
訳:次はルーシーの過去編を書こう




