薬師の夢
雑談をしていると閉店の時間となったため、ウルペクラ、シャウラ、ルーシーの三人は店の外に出る。ルーシーが店の札を「不在」に変えると、三人並んでクリスタルシティの道を歩き出した。
特に取り決めなどがあるわけではないが、アイシスがよくクリスタルシティの入り口に転移して目的の場所まで街の住人と挨拶を交わしながら移動することもあって、死王配下の多くも急ぎでない限り転移は街の入り口の門まで歩いて移動してから行うようにしている。
日は沈み街灯に照らされる道を歩きつつ、先ほどまでの話の続きと言わんばかりにルーシーが口を開く。
「ククク、カイト様が持っているのなら、頼めば見せてもらえそうだね。ウルペクラ、いい情報をありがとう」
「このぐらいはお安い御用っすよ」
「……ふむ、素材の毒を無毒化する技術が必要でありやしたよね? それって、ドクターの眼ではやれないんでありやすか?」
ルーシーの言葉にウルペクラが笑顔で答え、シャウラが先ほどの話を思い出しつつ尋ねた。ルーシーは薬を作るために素材の毒を無毒化したいという目的で禁書を探していたが、シャウラが把握しているルーシーの渦を巻くようなピンク色の右目……魔眼の力を使えば、可能に思えた。
「ああ、確かに私の魔眼を使えば、素材から毒だけを抽出したりと言ったこともできるがね。だが、それでは意味が無いんだよ。私の個人的な考えではあるがね……私が作れるというだけでは、薬は完成しないと思っている」
「あ~そういえばドクターがよく言ってますね。他者が同じものを作れるようになって初めて、完成でありやしたっけ?」
「ヒャハハハ、その通りだよ。しっかりとした知識と経験を持つ薬師が、正しい素材と道具を使って作れば同じものが作れる……そうなって初めて、薬は完成したといえるのさ。まぁ、もちろん緊急を要する場合などは、魔眼を用いて製薬することを躊躇ったりはしないが、出来るだけそういう形を目指してはいるね」
ルーシーの持つ魔眼は、命を持たぬ物質に対してのみ作用する能力があり、その成分を細かく分析し一部のみを抽出したり、本来は混ざらない成分を混ぜ合わせたりすることが可能である。
そも魔眼の力を使えば、通常の製薬技術では製造不可能な薬なども作ることができるが……ルーシー自身はあまりそれをよしとしておらず、一般的な製薬技術で作れる薬を作ることを目的としていた。
白衣のポケットに手を入れ、夜空を見上げるように顔を上げながら、ルーシーは静かに呟く。
「……私はいま世界一の薬師などと呼ばれているし、私にしか作れない薬というのも事実として多数存在している。だけどね……私の夢は……私がそう呼ばれない世界を作ることだよ。世界一の薬師ではなく、ごく普通の薬師とそんな風に呼ばれる世界になって欲しいと思うさ」
「それはつまり、ルーシーしか作れない薬を、誰もが作れるように改良した先ってことっすね」
「ああ、それはきっと素晴らしい世界さ……もちろん、薬があれば病の全てが治るわけではない。投薬のタイミング的に手遅れの場合や、本人の体力が持たないケースなどもある以上全てを救えるわけではない。だけど、必要とする人が必要な薬を当たり前に手に入れられる世界……いつか、そうなって欲しいと、心から思うよ」
実際にそれがルーシーの生き様だ。彼女は間違いなく世界一の薬師ではあるが、誰よりも己が世界一の薬師と呼ばれない世界を望み、実際にそれを目指して日々努力している。
「いい夢っすね。アタシも応援してるっすよ……隣の守銭奴は、独占したほうが儲かるのにとか考えてそうっすけど……」
「いやいやいや!? なにあっしを悪者に仕立て上げようとしているでありますか! 善良な商人であるあっしは、ドクターの夢を心から応援……」
「ちょっとの期間独占して、ある程度儲けてから製法を公開すればきっと……」
「いや~そうでありやすよね! 数ヶ月ズラすだけで実に大きな利益が――はっ!? い、いまのは誘導尋問みたいなものじゃねぇですかい!?」
シャウラはルーシーの夢を応援しつつも、儲けられるシチュエーションというのは商人として想像してしまうようで、ウルペクラの誘導にあっさりと引っかかっていた。
「まったく、ウルペクラさんはことあるごとにあっしを金の亡者に仕立て上げようとするでありやすから、困りますぜぃ」
「……硬貨の風呂に入ってる癖になに言ってるんすか……」
「いいじゃないでありやすか! 通貨のギッシリ詰まった浴槽でしか取れない疲れってもんがあるんでありやすよ」
からかうように告げるウルペクラの言葉にシャウラが反論し、仲睦まじく言い合う姿をルーシーはどこは微笑まし気な表情で見つめていた。
「……なんというか、相変わらず笑うのが下手っすよね。ルーシーは……」
「ほ、微笑んでいただけなのだが……変だったかな?」
「獲物を狙う変質者みたいな顔してたっす」
「ドクターは凄くいい人でありやすけど、初対面の子供にしょっちゅう泣かれるぐらいには笑い方が下手でありやすからね」
ルーシーは極めて善良ではあるのだが、笑い方が非常に下手でありかなりの高身長も相まって、笑う姿はかなり不気味である。
死王配下の面々からも再三ツッコミを入れられているのだが……残念ながらいまだ改善はできていなかった。
「ううむ、恩人の笑顔を参考にしているのだが……まだ未熟ということか……」
「いや、むしろ、参考してる恩人に問題があると思うっす……イルネスさんも、笑い方がかなり独特な方っすから……」
~ちょっと解説~
【ルーシーの恩人】
ルーシーは幼い頃に難病にかかって死にかけており、その際に救済者と呼ばれていた頃のイルネスに出会って病を治療してもらっている。
その時のイルネスとの出会いが、ルーシーが薬師になる大きなきっかけとなった。現在もたびたび会って話をしており、ルーシーにとっては変わらず尊敬する恩人である。
……ただ、笑い方に関しては、イルネスも下手な方である。




