強欲(自称)と金欲
クリスタルシティにある薬屋の一室でルーシーは学会に発表する用の論文を書いていた。するとそのタイミングで、店の入り口ではなく裏口の扉からノックの音が聞こえ、赴くとそこにはウルペクラとシャウラがいた。
「おや? ウルペクラにシャウラじゃないか、いらっしゃい。ククク、中に入るといい」
「お邪魔するっす」
「失礼するでありやす。表の札は準備中でありやしたね?」
「ああ、今日は論文用にいくつ書き物をして居城に戻るつもりだったからね。店は早めに閉めていたんだよ。ククク、とはいえ緊急で薬を求める者が居ないとも限らないからね。店内には居るという意味合いで、準備中の札を出しておいたのさ」
ふたりを室内に招き入れ、椅子を勧めた後でルーシーはマジックボックスからポットを取り出す。
「ククク、コーヒーで構わないかな?」
「いただくっす」
「あっしには、少々砂糖とミルクを多めにしていただけると助かりやす」
ルーシーは根っからのコーヒー党であり、基本的に飲むのはコーヒーである。ウルペクラはコーヒーも紅茶も問題ないが、シャウラは虫人型魔族に多い特徴として甘いものを好み、苦みや辛味を苦手としているので、コーヒーに関してはカフェラテぐらいにミルクや砂糖が入っていないと厳しい。
ふたりの返答を聞き、ルーシーは慣れた手つきでそれぞれのコーヒーを用意して差し出した後で、席に座って口を開く。
「……それで、わざわざ店の方まで来たというのは、なにか急ぎの用かな?」
「急ぎって程じゃありやせんけど、ドクターからお預かりしていた回復薬が売れやしたので、その売り上げを持って来た感じでさぁ」
「ああ、あの新型回復薬が売れたのか……ククク、その場で使用してくれる相手に売ってほしいという面倒な注文を付けてすまなかったねぇ。経過はどうだった? 副作用などは出ていなかったかな?」
「結構深めの怪我でありやしたけど問題なく治って、すぐに元気よく走れてたんで問題はない感じでありやしたよ」
「ヒャハハ、それならよかったよ。回復薬というのは効果を高めると、どうしても酩酊感などの副作用が出てしまうからね。あの新型回復薬は極力それを抑えるように作っていたのだが、服用してすぐ走れるなら問題は無さそうだね」
シャウラから新型回復薬の話を聞いて、口元に深い笑みを作って笑うルーシーはマッドサイエンティストと呼ぶにふさわしい様相だった。
最も、本人は純粋に新しい回復薬が問題なさそうで喜んでいるだけで、笑い方が下手なだけである。
「まぁ、そんな訳でありやして……こちらが事前の取り決め通りの売上の半額でありやすので、どうぞお収めくだせぇ」
「ククク、悪いね……悪……うん?」
シャウラの言葉にニヤリと笑みを浮かべて、硬貨の入った袋を受け取ったルーシーは……怪訝そうな表情で首を傾げ、袋の中を見て再び首を傾げた。
「おかしいな? 私が指定した金額の数十倍……場合によっては百倍を超えるかもと言うような額が入っているのだが……間違えていないかい?」
「いやいや、あっしは清く正しい商人でありやすから、正確に半分でありやすよ」
「……それが事実だとすると、とてつもない金額で売りつけていることになるのだが……」
「いや~それにはちょっとした事情がありやしてね」
多すぎる金額に戸惑うルーシーに対して、シャウラは事の経緯を説明する。傷を負った密猟者を見つけ、回復薬を売るも代金を払わずに逃走。罰として最初に提示したよりはるか高額を支払わせたと……。
「なるほど、そんなことが……」
その話を聞いたルーシーは考えるような表情を浮かべ、少しして硬貨の入った袋をシャウラの方に差し出す。
「では、すまないがもうひとつ頼まれてくれないだろうか……抜け目ない君の事だ。売りつけた相手の所在などは把握しているのだろう? では、いつか気が向いた時で構わないから、様子を見に行ってやって欲しい。そしてその時に、君の目から見て反省が見て取れるようであれば、私の取り分から君の手間賃を差し引いた金額を返してあげてくれないかな?」
「……ふむ」
「罪に罰は必要だ。だが、同時に私は、悔い改めてやり直そうとする者には報われて欲しいとも思うんだよ。もちろん世の中にはどうしようもない悪党も存在するだろう。私も全ての存在が根は善良だと唱える気は無い。だが、中には反省のできる者もいる……どちらに転ぶかはまだ分からないだろうし、判断も君の基準で構わない。いつか見た時に心からの反省を感じたのなら、少しの後押しとして私の取り分を渡してあげてくれ。反省が判じられなかったら、そのまま君の懐に入れて構わないよ」
「相変わらず、お優しいでありやすね」
「そうでもないよ。言った通りタイミングも判断も君に丸投げしている……単なる自己満足だよ」
そう言って苦笑しながらコーヒーを飲むルーシーを見て、シャウラもどこか微笑まし気な表情を浮かべて硬貨の入った袋を預かった。
そうしてふたりの話がひと段落したタイミングで、ウルペクラが口を開く。
「ところで、ルーシーはなにしてたんすか? 論文用の書き物っていってたっすけど……」
「ああ、実は声帯結晶症の治療薬が完成してね。いや、正しくは理論の上ではすでに完成していたのだが、今回実際に声帯結晶症の患者に使用して問題なく治療もできて、副作用も無かったからね。製法などを纏めて発表するつもりで論文を準備していたんだよ」
「お~確かハーピー族が罹ることがある不治の病だったっすかね? 命に係わる病気じゃないっすけど、進行すると失声するとかって……」
「ああ、ハーピー族は声帯に特殊な魔力器官を持っていて、そこが結晶化してしまう病気なのだが、長らく治療法が存在しない奇病だったわけだね。細かい理論なんかは長くなるので割愛するが、結晶化した魔力器官を元に戻す治療薬を開発できたという形だよ」
声帯結晶症は、長らく発生原因も不明で治療法が無いとされてきた不治の病ではあったが、ルーシーが研究によって発生原因を突き止め、それを元にして治療薬を完成させ、今回実際に治療に成功していた。
「製法も含めてすぐ発表するんでありやすか? もったいないでありやすね。しばらく独占すれば儲けられそうでありやすのに……」
「ククク、商人であることを誇りに思っている君には失礼な言葉かもしれないが、私は金銭にはさして興味はないよ。私が薬の製法や理論を発表することで、私以外の薬師もこの治療薬を作れるようになる。そうすれば、私の目の届かない場所で魔力結晶症に苦しむ者へも薬が届き……そして初めて、魔力結晶症は不治の病から、ただの病になるんだよ」
「なんともまぁ、欲のないことでありやすねぇ」
「……ククク、私はどうしようもなく欲張りさ。なにせ、自分の目の届かないところにいる相手まで救いたいと思ってしまっているのだからね。ヒャハハハ、まさに強欲の化身というやつだね」
「全然強欲じゃねぇと思うっすけどね。というか、ルーシーが強欲の化身だったら、シャウラなんて金欲のバケモンじゃねぇっすか……」
「唐突にこっちに流れ弾を飛ばしてくるのはやめて欲しいでありやす」
どこか楽し気に、新しい薬の製法が広まってその病で苦しむ人が居なくなればいいと優し気な声を語るルーシーを、シャウラもウルペクラも優し気な目で見ていた。
相も変わらずドが付く善人であると、そんな風に考えながら……。
~ちょっと解説~
【ルーシーの薬】
薬師としては世界一と言っていいレベルのルーシーだが、彼女の信念として「自分しか作れない薬は真の意味で完成ではない」という考えがあり、基本的に製法なども含め自分以外の薬師でも安定して作れる状態まで持っていって初めて完成と表現する。
本人は名声などに興味は無いのだが、これまでに五十以上の不治の病を治療可能なただの病にしてきており、薬学界隈では伝説的な存在でもある。




