狂笑の薬師
ストライクカードで遊んだ後、アルシャと別れてウルペクラとシャウラは廊下を歩いて移動していた。
「シャウラはこれからどうするんすか? 暇なら、シリウスとラサルを爆撃しに行かねぇっすか?」
「サラッと共犯者にしようとするのはやめて欲しいでありやす。あっしはドクターのところに、薬の代金を持っていこうかと思ってるでありやす」
「ああ、ルーシーのところに行くんすか……う~ん、アタシもちょっと用事があるっすから、一緒に行くっす」
「構いやせんよ。たぶんいまはクリスタルシティの店にいると思うでありやす」
シャウラが口にしたドクターというのは、死王配下の一員のルーシー・ドクトルティアという子爵級高位魔族であり、シャウラはドクターという愛称で呼んでいる。
ルーシーはクリスタルシティで薬屋を経営しており、いまも時間帯はそちらに居る可能性が高かった。
「新薬売ったとか言ってたっすね。いくらで売ったんすか?」
「……これぐらいでありやすね」
「ボッタクリもいいところじゃねぇっすか……」
「いやいや、商人から品物を買っておいて代金を払わないなんてことをしたんでありやすし、このぐらいで済ませているのはむしろ優しい対応だと思うわけでさぁ」
シャウラが見せてきたメモには、最初に提示した金額と実際に請求した金額が書かれており、実際に請求した額はそれこそそれなりに裕福な者の資産を根こそぎ奪ったと言うような金額だった。
「というか、最初の値段の時点で高くねぇっすか?」
「現地価格ってやつでありやすよ……それにほら、あっしは善良な商人でありやすよ。たった一言『安くしてくれ』と言ってくだされば、値下げ交渉には応じたわけでありやす。でも、言ってこなかったでありやすからね……それはこの金額にご納得いただけたということでありやしょう」
「納得してねぇから逃げたんじゃねぇっすか?」
「その辺は自己責任でありやすね」
「悪徳商人っすね」
「いやいや、あっしは善良な方には薄利多売で品を提供しておりやすよ。悪い奴からは搾り取っていいと思ってるでありやすがね」
どこか呆れたように苦笑するウルペクラに対して、シャウラは胡散臭そうな笑みを浮かべて答えていた。実際のところ、シャウラは相手が善良であれば儲けは確保しつつも良心的な価格で品を販売する。
今回のケースは元々密猟者であったため高い金額を提示し、さらには支払わずに逃げたのでギリギリまで搾り取ったという……それだけの話であった。
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クリスタルシティの一角にある薬屋……その入り口には「準備中」と書かれた札が置かれており、いまは営業していないことを示していた。
だが、その薬屋の奥の部屋からは……押し殺したかのような悲鳴が聞こえてくる。
「……ぁっ……ひっ……」
「クククク、怯える必要なんてないさ。君は、これから薬学の躍進をその身をもって体験することになるのだ! ヒャハハハ! さぁ、心の準備はいいかな?」
怯えたような表情で後ずさるのは、翼と腕が一体化したかのようなハーピー族の少女。そこに迫るのは、百九十センチを超えるであろう高身長の白衣の女性。
顔立ちは整っているが、色素の薄い……ハイライトが消えているとでも表現すべき目、黒色とピンク色のオッドアイだが、右目に当たるピンク色の瞳には、グルグルと渦を巻くような異質な模様があり不気味さを感じさせる。
ウェーブが強めにかかっているような癖のあるこげ茶色のセミロングヘアは光の加減なのか、やけに艶があるようにも見える。
三日月の如く弧を描いた口元からは、鋭い犬歯も見えており、まるでこれから獲物を捕食するかのような凶悪さがあった。
総じて、なんとも不気味な出で立ちであると表現すべき風貌だった。
「……うぁ――がっ!?」
「ククク、暴れてはいけないよぉ。うっかり力が入り過ぎてしまうと大変だ」
白衣の女性は長い手を伸ばし、ハーピー族の少女の首を掴んで顔を上げさせる。息苦しさを感じてか口を大きく開けたハーピー族の少女に対し、白衣の女性は高笑いを上げながら不気味な色の薬を取り出す。
「ヒャハハハ! さぁ、苦しいのはほんの一瞬だよ」
「ぁっ、がぼっ……ぐぅっ……うあぁぁぁぁ!?」
口に薬を流し込まれ、ハーピー族の少女は苦しそうな叫び声を上げ、凶悪な笑みを浮かべた白衣の女性はしばしその様子を観察した後で首から手を離した。
解放されたハーピー族の少女は、首元に手を当て……目に涙を浮かべる。
「……あっ……な、治ってる……」
「ククク、上手くいったようだねぇ……経過観察のために首を押さえてしまったが、苦しくはなかったかい?」
「あ、だ、大丈夫です。で、でも、ぜ、絶対に治らないって言われたのに……」
「確かに、声帯結晶症は長らく君たちハーピー族に発生する不治の病とされてきた。ククク、だが、それも過去の話しだよ! 私が作り出したこの新薬によって、不治の病は治療可能な種族病の一種へと変わった訳さ!!」
「あっ……あ、ありがとうございます! 本当にっ……ありがとうございます!」
ハーピー族の少女は、声帯が徐々に魔力結晶化していくというハーピー族特有の奇病に侵されており、多くの医者にかかったが不治の病であるその病気は、万病を癒す宝果である世界樹の果実でも無いと治療は不可能だと言われて絶望していた。
だがそんな少女の元に、ある時「新薬の実験台にならないか?」という誘いが届いた。上手くいけば声帯結晶症を治せるかもしれないと……そんな僅かな希望に縋りやってきたこの薬屋で、彼女を苦しめていた病は見事治療された。
「ククク……」
「……あ、あの、お金……凄い薬を使っていただいて……いまはあまり手持ちは無いですけど、一生かかってでもちゃんと……」
「ヒャハハハハハ!」
「ひっ!? あっ、えっと……」
世界樹の果実でしか治らないと言われていた不治の病を治してもらったのだ。高価な治療費であっても必ず払うとそう告げると、突如白衣の女性は高笑いを浮かべる。
それに驚くハーピー族の少女に近付き、渦を巻くような模様の入った目で少女を覗き込みながら深い笑みを浮かべる。
「奇妙なことを言うお嬢さんだ。君は、私に新薬の実験台にされたのだよ? ククク、君が支払うものなどなにもないさ……むしろ、治験に協力してくれた礼としていくらか渡そう。せっかくクリスタルシティまで来たのだ! それで家族にお土産でも買って帰るといいさ! ヒャハハハ!」
「……え? い、いいん……ですか?」
「もちろんだともぉ……あぁ、問題ないとは思うが、しばらくは大きな声などは控えるようにしてくれ」
「で、でも、なにかお礼を……」
「ククク、もういただいたよ。君の病が無事に癒え、感謝の言葉を投げかけてくれた。それでもう十分さ……」
食い下がろうとする少女に感謝の気持ちだけで十分だと告げ、白衣の女性は少女の頭を優しく撫でる。
「せ、先生……ありがとうございます!」
「私は医者ではなく薬師なのだが……いや、些細な問題か……お大事にねぇ。ヒャハハ、気を付けて帰るんだよぉ」
「はい!」
笑顔で去っていく少女を見送る白衣の女性……彼女の名は、ルーシー・ドクトルティア。怪しげな風貌、不気味な高笑いという怪しげな雰囲気で、一見するとマッドサイエンティストのように見える。
しかし、実際は「自分の作る薬で、病に苦しむ人をひとりでも多く救いたい」という思いを持った薬師であり、死王配下の中でもトップクラスに善良で心優しい女性であった。
~ちょっとキャラ紹介~
【ルーシー・ドクトルティア】
死王配下のひとりで子爵級高位魔族。高身長で不気味な風貌に、頻繁に浮かべる不気味な笑みや高笑いで、マッドサイエンティストのように見えるのだが、実際は死王配下でも一二を争うぐらい心優しく善良な存在。
普段はクリスタルシティで薬屋を営んでおり、質のいい薬を安価で販売してくれると評判。新薬の研究などにも余念がなく、これまで不治の病とされてきた病をいくつも治療可能にしており、その功績から医学界でも非常に名の知れた存在。
作り出した新薬は学会などを通じて、惜しみなく情報を提供しており、病に苦しむ人たちがひとりでも多く救われて欲しいと心の底から願っている。
本人は極めて善良なのだが、風貌や笑い方から誤解されることが多く、シャウラとは互いにシンパシーを感じている。不治の病を治す薬を開発するため絶版となった書物を求めている際にアイシスと出会い、希少な書物や素材を惜しみなく提供してくれ、多くの人を救いたいという思いを全力で応援してもらったことでアイシスを慕うようになり、配下となった。
なお普段頻繁に笑っているのも「患者が少しでも安心できるように」という理由なのだが、笑い方が致命的に下手なためやたら不気味な感じになってしまっている。
名前の由来はケンタウルス座の星のひとつ「ルーシー」から。




