死王配下の金庫事情
六王祭でアイシスの同行者を決める勝負の主導を始めて任されたアルシャは、なんとも悩まし気な表情で腕を組みながら廊下を歩いていた。
誰の目に見ても悩んで考え込んでいる様子のアルシャに、後方から声がかけられた。
「ああ、アルシャ。丁度いいところに居たっすね」
「うにゃ? ウル先ぱ……どういう状況にゃそれ?」
ウルペクラの声に反応して振り返ったアルシャだったが、直後に目に映った光景になんとも言えない表情を浮かべた。
視線の先には顔の片側に擦った様な跡が付いて、片側だけ髪が跳ねているウルペクラと……見るからにボコボコにされているのだが、満足げな表情を浮かべているシャウラの姿があった。
「マニアの熱量を見誤るとこういうことになるんすよ。テンション上がるとすぐに常人なら顔が削り取られるような勢いで頬ずりしてくるんすから」
「愛情表現の一種でありやすよ。いいものを譲ってくださったウルペクラさんへの感謝の気持ちが溢れたんでさぁ……ボコボコにされやしたけど」
「譲ったというか、喚き散らされて譲る羽目になったというか……まぁ、いいっす。とりあえず、アルシャへの用件の方を……」
異世界の通貨によってシャウラに予算を出させたのはいいものの、他にも隠し持っていることを悟られて、強請りに強請られて譲ることになった上に、テンションが上がり切ったシャウラから光速の頬ずりを受けることになったウルペクラは、若干疲れたような表情で告げた後で一枚の紙を取り出した。
「シャウラに予算を組んでもらったっす。同行者決めの勝負はこの予算内でやるっす」
「あ、なるほどにゃ。ありがとうにゃ、まだ全然決まってな――うにゃぁぁぁ!? な、なんにゃ、この予算!? お、多すぎないかにゃ?」
受け取った紙に書かれていた予算の額は、アルシャの想定を大きく上回る……というか、事前に複数の先輩に参考にしようと聞いていた額より遥かに多かった。
「前回のウルペクラさん主催の時と同じ額でありやす。通常の予算と比較すると、おおよそ三倍ですぜぇ」
「ふにゃ!?」
「ちなみに、三分の二はシャウラのポケットマネーから出てるっすから、遠慮せずに使い潰せばいいっす」
「にゃぁぁぁ!? シャ、シャウラ先輩のポケットマネーにゃ!?」
続けざまに放たれるとてつもない内容。アルシャもシャウラのことは知っており、お金を非常に大事にしているというのは知っている。
驚愕するアルシャに対して、シャウラはどこか胡散臭い笑みを浮かべてポンッをアルシャの肩を叩く。
「……アルシャさんなら、あっしの大事な大事なお金を有効に活用してくれると信じているでありやす。心から、応援しているでありやすよ……頑張って欲しいでありやす」
「……処す顔にゃ……変な使い方したら処すって決意が現れた顔にゃ……」
とてつもなく胡散臭い笑顔と、いっそ穏やかにすら聞こえる声で告げるシャウラの言葉を聞いて、アルシャは青ざめた顔で身震いする。
アルシャにしてみれば、いまの言葉は「大事な金を預けるんだから、下手な使い方するんじゃねぇぞ」という内容に聞こえたのだが、それを見ていたウルペクラは苦笑しながら口を開く。
「いや、気持ちは分かるっすけど……それ普通に応援してるだけっす。単に笑顔と喋り方が胡散臭いだけっす」
「……あっし、そんなに胡散臭いでありやすかね?」
「光景だけ見ると、悪徳商人が無理矢理借金を負わさせているように見えるぐらいには胡散臭いっす」
「酷いでありやす」
そう、別にシャウラはアルシャを脅したりしていたわけではなく、純粋に応援していただけである。一度出すと決めたお金にアレコレ文句を言う気もなく、遠慮せずに使って欲しいという意味合いで告げたのだが、表情と口調の胡散臭さが別の意味に感じさせていただけだった。
「そ、そうなのにゃ? それならよかったにゃ……い、いや、でも、このとんでもない予算はどういうことにゃ!?」
「それに関しては、アタシがお願いしてその額にしてもらったんすよ。アルシャは初めての主催っすよね? 当然いろいろ悩むでしょうし、予算に余裕があるに越したことは無いっす。あと、大抵この手の初めての挑戦ってのは気合を入れていろいろ凝っちゃって、当初の想定以上に予算がかかるってのがよくあるんすよ。もちろん失敗から経験を積むってのも有効ではあるっす。でも、せっかくの初めての挑戦なのでノビノビ楽しくやってもらいたいっすから、多めの予算を確保してきたんすよ」
「ウ、ウル先輩……そ、そんなに私の事を……」
優し気に微笑みながら告げるウルペクラの気遣いの言葉に、アルシャは感極まったように目に涙を浮かべる。なんだかんだ振り回しつつも可愛がってくれているのだと、先輩の優しさを感じて喜びにあふれた様子でお礼を言おうとして……。
「あと単純に、予想外の多額の予算を叩きつけられて、アタフタしてるところが見たかったっす」
「……ク、クソ狐にゃぁ……私の感動を返せにゃ……でもまぁ、いろいろしてくれたのは、ありがとうにゃ」
続けられた言葉に真顔になった。やはりクソ狐、純粋な応援の気持ちだけじゃなく自身の楽しみも目的であったかと……だがそれはそれとして、アルシャがいろいろ自由に企画を考えられるだけの予算を確保してきてくれたのは純粋にありがたかった。
「……というか、前回のウル先輩のゴルフ大会はこんなに予算がかかってたのかにゃ……どおりでいつもより凄いと思ったにゃ」
「今回みたいにあっしがポケットマネーから出したんじゃなくて、金庫から三倍の予算引っ張っていきやしたからね」
「むしろ、よくシャウラ先輩はそれを許可したにゃ……ウル先輩に騙されたにゃ?」
「騙されたと言いやすか……う~ん、ウルペクラさんは他の誰よりも金庫からお金を持ち出すでありやすが……金庫に入れてる額もぶっちぎりでありやして……というか、正直に言いやすと死王配下が予算などとして使う金庫のお金の半分以上は、ウルペクラさんの稼ぎでありやすし……あっしもあんまり強く出れねぇという、弱みもあるでありやす」
アルシャの疑問にシャウラが苦笑交じりで答える。ウルペクラは確かにしょっちゅうシャウラを言いくるめて金庫から予算を持ち出すのだが、そもそも死王配下の中で一番お金を稼いで金庫に入れているのもウルペクラであるためシャウラとしても、あまり文句を言いにくい相手なのである。
「うにゃ!? ウル先輩、そんなに稼いでいるのにゃ?」
「……この方、かなりの数の特許とかを持ってるんでありやすよ。しかもそのうちの大半の権利は、死王陣営としての共有権利にしてるでありやすし、ウルペクラさんのおかげで継続的に大金が入ってくるので、ウチの陣営は行事とかで潤沢にお金を使うことができるんでありやすよ」
「まぁ、必要以上に大金持ってても使い道ねぇっすしね。死王陣営としていろいろな行事とか、クリスタルシティの発展とかに使う方が有意義っすからね」
ウルペクラは誰もが認めるほどの天才であり、様々な有用な技術や品などをいくつも開発していて、特許もかなりの数を所有している。
当人はさほどお金に興味は無いので、特許の大半は死王陣営の共用として、稼いだ金の多くも金庫に放り込んでいる状態であり死王配下の稼ぎ頭であった。
驚きと関心の混じった視線を向けてくるアルシャに対して、ウルペクラは軽く苦笑を浮かべていた。
~ちょっと解説~
【稼ぎ頭のウルペクラ】
稀代の天才であり、快人を始めとした異世界の知り合いも多くインスピレーションを受ける機会が多いからなのか、いろいろな新技術などを思い付いて実用化したりしている。
それ以外にも本人の性格も相まって、様々な遊具を開発していたりしており、中には世界的な大ヒットとなっている品も多い。
本人は金稼ぎにはさほど興味もなく、新技術や遊具も面白そうという理由で開発したりすることが多く、販売の権利などはシャウラや付き合いのある商会に丸投げするし、特許も大半は売ったりシャウラに預けて死王配下共有にしたりといった感じである。




