地獄の沙汰も……
そこは魔界の人里離れた深い森の中、多くの危険な魔物が生息する森で、ひとりの男が気にもたれかかって座り込んでいた。
「……ぐっ……くそっ、深いな」
男の片足には大きな怪我があり、流れる血を押さえることで止めようと試みている最中だった。
怪我の理由は単純で、この森に生息する魔物にやられたことだった。男は普段は主に人界で活動する密猟者と言っていい存在だった。
狩猟制限のある生物や、流通が禁じられている危険な植物や素材を裏で売り捌いて儲ける存在であり、人界でそれなりに上手く活動できていたことで気が大きくなり、より危険で希少な魔物が生息する魔界の魔物生息域にやってきていた。
しかし、人界と比較して魔界に生息する魔物は強力な存在が多い。人界においてはトップクラスの危険度と認識されるワイバーンも、魔界ではよく見かける中の下程度の強さの魔物である。男も魔界の森にやってきたのはいいものの、想像以上の魔物の強さにロクな成果を得られぬままに大きな怪我を負っていた。
襲い掛かってきた魔物を辛くも退けたものの、機動の要たる足をやられてしまっており、この状態で次の魔物と遭遇するのは避けたい。
なんとか血を止めて応急処置をした上で森を脱出しなければと、男が焦りながら考えていると、不意に声が聞こえてきた。
「おやおや~これはこれは、お困りのようですねぇ。旦那~」
「なっ、なんだテメェは……」
「あっしですか? いやなに、あっしは通りすがりのしがない商人でさ」
現れたのは小柄な少女だった。一見すると雨がっぱにも見える黄色いローブを着てフードを被った幼さと胡散臭さが混ざった様な百四十センチほどの小柄な風貌。なにより目を引くのは、背に担いだ少女の数倍はあろうかというサイズで、中にはパンパンに物が入っているように見える巨大なリュック。
深く暗い藍色のセミショートヘアに灰色の瞳、整った顔立ちに胡散臭い笑みを張り付け少女は男に対して商人だと名乗る。
「いや~ここで会ったのもなにかの縁。異世界には地獄の沙汰も金次第なんて言葉もありやして……よろしければ、お買い物なんていかがでしょう? いろいろ取り揃えていやすよ。回復薬もありますし、使い捨ての転移魔法具なんかもございやす。価格はこちらの紙をご覧ください」
「高ぇな……相場の倍以上じゃねぇか……」
「場所が場所ですからね。出張費用込みということで、ご納得いただければ幸いです」
少女が胡散臭い笑顔で見せてきた紙には、いまの男が必要としているものが記されていた。足を怪我を一瞬で治癒できる高価な魔法薬、安全な場所に避難できる使い捨ての転移魔法具、食料や水なども記されていたが……どれも値段は相場の倍以上だった。
男は少し考えるような表情を浮かべた後で、小さく笑みを浮かべて口を開く。
「……回復薬をくれ」
「さすが、お目が高い。こちらの回復薬は、さる子爵級高位魔族の新作の魔法薬でして、そのぐらいの怪我なんてあっと言う間に治りますよ」
「それはありがたい。だが、悪いな見ての通り出血がひどくて押さえていないと……悪いんだが、代金は治ってから取り出してもいいか?」
「ええ、もちろん。あっしは、お客様を信頼しておりやす。ではでは、治療させていただきやすね。少々沁みますので、注意してくだせぇ」
少女はそう言って回復薬のふたを開けて、男の足に回復薬を振りかける。傷口に液体が沁みるような一瞬の痛みがあったが、さすがに高価な回復薬だけあって一瞬で傷は癒えて足から痛みが消えた。
「傷は治りやすが、血が補充されるわけではありやせんのでご注意くださいね。さっ、それでは代金を……」
「……ああ、いま取り出す……ほらよっ!」
男は懐から魔力を注ぐと数秒後に強烈な光を放つ使い捨ての道具……魔物からの逃走用に用意していた閃光玉を少女に向けて投げると、即座に背を向けて逃走した。
そう、男は初めから高額な回復薬の代金を支払う気など無かった。逃げ足にも自信があったし、あんな巨大なリュックを担いだ少女が障害物の多い森の中で追ってはこられないだろうと……『少女がどうやって森の奥に来たのか』を考えもせずに、森の出口を目指して全力疾走した。
予想通りというべきか、後方から己を追ってくるような足音は聞こえず、このまま逃げ切れるとそう確信した直後……急になにかに躓いて転倒した。
いや、躓いたというよりは……足を払われたような感触だった。
「おやおや、旦那~そいつはいけませんねぇ」
「ッ!?」
真横から声が聞こえて驚愕しながら振り返ると、そこには胡散臭い笑みを浮かべた少女の姿があった。
「商人から物を盗むなんて、そりゃもう、殺してくださいと言ってるようなもんじゃねぇですか……ねぇ、旦那?」
「ひっ!? あっ、ぁぁ……」
瞬間、少女から圧し潰されるような強大な魔力が放たれ、男は己の失態を察した。己とは比較にならないほどの強大な魔力から、少女がとてつもない強者だと理解した。
そして同時に己の死を本能で感じ取ったのか、青ざめて震えだす。しかし、そんな男に対して少女は胡散臭い笑みを浮かべたままで手に持った紙を見せてきた。
「これは~もろもろ込みで、代金はこれぐらい頂かないといけやせんね」
そこに記されていた金額は、先ほどの回復薬の代金の十倍以上……マジックボックスに入れている全ての財産を渡せばギリギリ支払えるというぐらいの金額だった。
そして、直後にまるで全身にナイフを突き立てられるかのような恐ろしい殺気が降り注ぎ、男は全身をガタガタを震わせながら、なおも変わらぬ笑みを浮かべる少女を見た。
……恐ろしかった。とてつもない魔力と殺気を放ちながら、それでも張り付けたような笑みで笑い続ける少女が……。
「……でもまぁ、安いもんでございやしょう? 『命の値段』としては……ねぇ、旦那?」
それは本当にシンプルな二択だった。全財産を差し出して生き延びるか、この場で死ぬか……男に選べるのはただそれだけ……。
一時の悪意で財産を失い、凄まじい魔力と最後まで胡散臭い笑みのままだった少女の表情に軽いトラウマを植え付けられた男は、その後人界に戻った後は心を入れ替え真っ当な仕事に就いた。
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巨大なリュックを担いだ少女が広い廊下を歩く。歩きながら、少し前に巻き上げた大量のお金を手に乗せて、楽しそうな笑みを浮かべる。
「うへへへ……」
「なに気持ち悪い笑い方してるんすか……シャウラ」
「おやおや、ウルペクラさん……いやね、さっきドクターの新薬がいい値段で売れやして、大量の利益に思わず顔が綻んでいたんでさぁ」
「……また、ぼったくったんすか……」
ウルペクラに声をかけられて振り返った少女……死王配下の一員であるシャウラは、楽し気な笑みを浮かべて先ほどあった大儲けを語り、ウルペクラは呆れたような表情を浮かべる。
「いやいや、双方納得済みのいい取引でしたよ。あっしがぼったくりなんて、そんなことするわけがないじゃありやせんか、あっしは清く正しい商人でありやすよ。ただちょっと……ほんの少しだけ、悪党からは毟り取ってもいいかなぁって思ってるだけでさぁ」
「そうっすか……まぁ、それはいいとして、ここで会えたのは丁度よかったっす」
「おやおや? あっしになにか御用でしたか?」
なんだかんだでいつも通りと言えばいつも通りなので、ウルペクラはあまり気にしないことにして別の用件に移る。
「ああ、ちょっと予算組んでほしいんすよ」
「はいはい、金勘定! あっしの大好きな言葉でさぁ」
彼女はシャウラ……死王配下に属する子爵級高位魔族にして商人であり、死王陣営の経理担当でもある存在である。
~ちょっとキャラ紹介~
【シャウラ】
死王配下のひとりで子爵級高位魔族。小柄な少女で、背中に巨大なリュックを背負っている。
死王陣営の経理担当でもあり、死王配下でも限られた者にしか付与されていない金庫への立ち入り許可を持っている存在で、立場的には契約関係を取り仕切るラサルの補佐。
それ以外にも商人として、死王配下の物作りが好きなものたちが作った品などを売り歩いたり……山奥や森の奥で困っている人を見つけては、吹っ掛けた金額で商品を売ったりしている。
ともかくお金が大好きで、暇な時は金庫に積み上がったお金を見て一日中ニヤニヤしていたりすることもある。
よく胡散臭い笑みを浮かべている存在ではあるが、基本的に代金を払わず逃げたりしない限りは温厚であり、山奥とかではなく街中であれば適正価格で商品を売ってくれるし、値引き交渉にも普通に応じてくれる。
お金を持っていなければ後払いにも応じてくれるし、善人が相手であれば値引いたりサービスもしてくれる。ただし、代金を踏み倒そうとしたりした場合は慈悲が消えるので注意が必要。
分類としてはシリウスと同じく虫人型魔族であり、パンパンに膨れた巨大なリュックを背負っているが、商品などが入っているわけではなく、サソリに似た巨大な尻尾を丸めて収納している。
収納している理由は、あまりにも巨大で威圧感があるので商人としての交渉に不向きだから……。
名前の由来はさそり座の星のひとつシャウラから……。




