混沌オーバーキル
釣り竿の片付けも終わったタイミングで、アルシャはウルペクラと自分の釣果を見て口を開く。
「ウル先輩、これ、どうやって持って帰るにゃ? ここで捌いちゃうにゃ?」
「いや、普通に収納して持って帰るっすけど?」
「うにゃ? でも、生物はマジックボックスに入らないにゃ……」
「そうっすね。でもそれはあくまでマジックボックスの術式上の問題っすから、普通に時空間魔法で収納すればいいっす」
そう呟きながらウルペクラは空中に裂け目を入れるように手を動かし、亜空間を作り出してそこにバケツごとエレガントフィッシュを入れる。
「まぁ、マジックボックスに入れる方法もあるっすけどね」
「え? そうなのにゃ?」
「マジックボックスに生物が入らないのは、マジックボックスの仕様が関係してるっす。勘違いされがちっすけど、マジックボックスは内部の時間を止めているんじゃなくて、物を収納する際に状態保存魔法をかけて取り出す際に解除するって形式っす。亜空間の時間を丸ごと止めるとかは、魔水晶の魔力じゃ無理っすからね」
「なるほどにゃ……うにゃ? それと、生物がマジックボックスに入らないことにどう関係があるにゃ?」
「状態保存魔法ってのは物体に対して作用する魔法っす。だから、簡単に言うと魂には作用しないんすよ。だから魂のある生物は、マジックボックスの術式対象外って感じっすね。逆に言えば、生体活動はしてても魂さえなければ収納可能っすね。死霊術の領分っすから、細かい理論が知りたければラサルに聞いてほしいっすけど……極論魂を引っこ抜いたり、破壊したりしたら肉体は収納できるっす」
「……なんか、怖いこと言ってるにゃ」
簡単にマジックボックスの仕様と、生物を収納できない仕組みを説明した後で、ウルペクラは抜け道のような方法も提示した。
他者の魂を引き抜いたり破壊したりというのは、極めて高度かつ複雑な魔法なのでそんな手段をとるよりはマジックボックスとは仕組みの違う亜空間を作って収納するほうが遥かに簡単だが、あくまでそう言うこともできるという話である。
「状態保存魔法も無理やり生物にかける方法もあるっすけど、生体用に調整した特殊なものを使わないと、解除した時に肉体機能が正常に戻らずに麻痺したりするっすから、注意っすね」
「またまた怖いこと言ってるにゃ……」
「まぁ、そんな極めて特殊な魔法を覚えるよりは、生物収納できる亜空間を作れるようになる方が遥かに楽っすから、そういうものもある程度に覚えとけばいいっす」
「了解にゃ!」
ビシっと敬礼をして返事をするアルシャを見てウルペクラは苦笑しつつ、カオスメサイアの方を振り向く。
「アタシたちはそろそろ帰ろうと思うっすけど、カオスメサイアさんはどうするっすか?」
「……ふむ。せっかくの機会だ、もしウルペクラとアルシャにまだ時間があるようなら、我に送らせてもらえないだろうか……合わせて意見も求めたい」
「うん? どういうことっすか?」
「我にはマスターの足として役に立つための移動用形態が複数あるのだが、最近新しく設定した形態にマスターを乗せる前に一度乗り心地などの意見を貰って最終調整をしたいと考えていたのだ」
「ああ、それで、アタシたちを送りつつ乗り心地とか改善点の意見をってことっすね……問題ないっすよ」
「感謝する。ではさっそく……」
ウルペクラとアルシャの快諾を受けて、カオスメサイアが一度頷くとその体が光に包まれ、直後に巨大な機体が現れた。
ウルペクラやアルシャにとっては馴染みはないが、それは異世界で言うところのステルス機として定番と言える三角形のデザインだった。
「お、おぉ、なんか凄いのになったにゃ!? これは、どう動くにゃ? 船にゃ?」
「いや、確かこれは空を飛ぶはずっす。前にカイト様と一緒に遊んだゲームで似たようなのを見た覚えがあるっす」
『その通り、これはマスターの世界の飛行用機体を模した姿だ。さぁ、乗り込むといい』
聞こえてきたカオスメサイアの声と共に機体の一部がスライドし、操縦席らしき部分が現れる。ステルス機を模しているとはいえ、サイズは数倍あるため操縦席もかなり広く窮屈な感じは無かった。
『基本的に内部が揺れたり衝撃がかかることも無い。Gに関しても遮断する仕組み故、気楽にしておいてほしい。目指す場所は、死の大地で問題は無いか?』
「大丈夫っす」
『では、出発する。速度はマスターに景色を楽しんでいただくよう調整してあるため、三十分ほどで到着の予定だ』
その言葉と共に機体の翼部の紫色の水晶のような部分から、光る粒子が放たれると機体は静かに上空に上がる。一定の高度まで上昇した後で翼部後方から粒子が噴出し、機体は一気に加速した。
とはいえ、元々は快人が乗ることを想定しているため速度は控えめであり、魔界の上空を輝く粒子の尾を引きながら飛行していく。
「凄いにゃ! こんな角度で景色を見るのは新鮮にゃ!」
「確かに、転移魔法は便利っすけどそればっかだと、こうして景色の眺めながら移動するって機会はないっすから、たまには転移魔法を使わずに移動するほうがいいかもしれねぇっすね」
「確かににゃ! あれ? でも……なんでこんなに景色が見えるにゃ? というか、椅子だけ浮いてるように見えるにゃ……」
『オールビューモニターだ。三百六十度全ての景色を投影するようにしてある』
操縦席内の席とモニターを残し、周囲には外部カメラで写した景色が投影されており、文字通り空からの景色を余すことなく楽しめるようになっている。
「凄いにゃ! 凄いけどにゃ……これ、割と低めを飛んでるけどにゃ……下から見たら騒ぎになったりしないかにゃ?」
『案ずる必要はない。地上からは見えないようにフィールドを展開してある。景色を問題なく楽しんでもらえているようなら、速度に関してはこの程度で……む?』
「どうかしたっすか?」
『距離はあるが進路上に飛行生物を感知』
「ふむ……あっ、ワイバーンっすね。一匹だけっぽいっすから、はぐれっすね」
ウルペクラとアルシャの正面にあるモニターに表示されたレーダーが、進行方向の先の飛行生物を感知し、それを聞いたウルペクラが探知魔法で調べて対象がワイバーンであると判明した。
『推定能力値19……仮に正面衝突したとしても、こちらに一切の衝撃すらなく粉砕できるが……いい機会かもしれない。もうひとつの要素を実験したい』
「なにをするにゃ?」
『マスターが以前、巨大ロボットを操縦するのは一種のロマンの様なものだと仰られていた。ならば臣下たる我はそれを叶えるべきであり、そちらに着いても調整をしていた。とはいえ、完全な操縦となると専門知識なども必要になり複雑となってしまうため、比較的簡単な操作でマスターにロボットを操縦している感覚を味わっていただけたらと思っているのだが……どの程度にすべきかと悩んでいた』
カオスメサイアの快人に対する忠誠心は非常に高い。快人の周囲が凄まじいというのもあるが、そもそもカオスメサイアにとって快人は始めて会った『己よりはるかに混沌という言葉が似合う存在』であり、主とするのに一切の不服は無かった。
そして、当のカオスメサイアも実際にそうなるまでは知らない事実ではあったが、仕えた相手に対してかなり尽くすタイプだったみたいで、快人が溢した要望を叶えようといろいろ試行錯誤しており、今回の提案もそれに関するものだった。
『前方の飛行生物……ワイバーンを、極めて知性の低く目視した場合こちらに牙を剥いてくる潜在的敵性生物と断定。よって実験を兼ねて排除を行う。今回は簡単にボタンを押すだけで攻撃が可能として見た。それによって操作感や達成度が感じられるかの意見を求める。モニター前の好きなボタンを押して欲しい』
「これにゃ? ポチッとにゃ」
『ちなみに左に行くほど強力な……む? もう押したのか……ではこれより、対象の排除を開始する』
「うにゃ!? 左に行くほど強力……一番左押したにゃ……」
「そんなにワイバーンが嫌いなんすか?」
アルシャが最後まで説明を聞かずに軽いノリで押したのは一番左のボタンであり、つまりは一番強力な攻撃がこれより一匹のワイバーンに向けて放たれることが決定した。
『攻撃形態に変形』
宣言と共にカオスメサイアは本来の姿……百メートル越えのロボットの姿へと変わる。黒く禍々しさを感じるデザインであり、機体のところどころにある紫の水晶が淡い光を放ち、漆黒の翼からは輝く粒子のエネルギーが放たれる。
『周辺保護のため位相フィールドを展開……完了』
「これは……空間隔離結界に近い感じっすかね? 一瞬でこれほどの規模を……やっぱ、カオスメサイアさんは滅茶苦茶強い感じっすね」
続いて一瞬でワイバーンの居る場所まで含めて位相をズラした空間を生成し、周辺への余波による被害を対策すると共に、周囲に浮遊していたディザスタービットから黒い光弾をワイバーンに向けて放つ。
『ディメンションキューブ展開、空間固定により相手を拘束……』
光弾はワイバーンの周囲に散らばり、それぞれを黒い光のレーザーで繋ぎワイバーンを大きく取り囲むような立方体……キューブを形成し、直後にワイバーンが空中で時間が止まったように硬直する。
キューブの内部の空間はカオスメサイアの力によって時間も含めて固まっており、ワイバーンは空中で不自然な形で停止したまま動くことは無い。
『コスモエネルギー充填、正転位エネルギー、反転位エネルギー共に極限量を圧縮……完了』
カオスメサイアは宣言と共に、鋭利な爪のような形状の指が特徴的な手を、掌を受けに向けて広げる。すると右手の上に漆黒の球体が、左手の上に純白の球体が、それぞれ桁違いのエネルギーをスパークさせながら出現する。
『カオスシリンダー臨界』
そして、二つの球体を胸の前で重ね合わせるようにすると、漆黒と純白の球体が混ざり合い、黒と白が同時に存在するモノクロとでも表現すべき球体が生成される。
『……さぁ、闇も、光も届かぬ……混沌へと果てるがいい……カオス・エンド!』
カオスメサイアが両手を広げるように動かしながら攻撃の名前を告げると、球体はカオスメサイアの前から消え、ワイバーンが拘束されているキューブの内部に出現、一瞬で広がり……キューブ内の全ての色が反転する。
『肉体も、精神も、魂も、全ては混沌の贄となる』
カオスメサイアがキューブに手を向けグッと握るような動作をすると、キューブが潰れ……直後に反転した色合いの視界全てを塗りつぶすかのような巨大な爆発が起こる。
そして、カオスメサイアが静かに背を向けると、爆風や閃光がカオスメサイアの背に届く直前で……まるで最初からなにもなかったかのように消え失せ、カオスメサイアの背後にはもはや……なにも残ってはいなかった。
『位相フィールド解除……再度飛行形態に変形……さて、どうだっただろうか?』
「わ、ワイバーンが、とんでもないことになったにゃ!?」
「アルシャ……ワイバーンにどれだけ恨みがあるんすか、いまのたぶんアタシでも余裕で消し飛ばされるであろう攻撃っすよ。いくら相手が知性に乏しい魔物だからって限度があるっす。慈悲の心とか存在してないんすか?」
「私は無実にゃ!? 知らなかったにゃ!!」
カオスメサイアは操作感などの感想を求めているのだが、とりあえずあまりにもワイバーンが悲惨すぎていたため、しばらくの間話題はそちらの方向に集中してしまった。
それはもう、本当に……ワイバーンに憐れみの気持ちを感じてしまうほどのオーバーキルであった。
~ちょっと解説~
【カオスエンド】
いくつもの星を、跡形もなく消し飛ばしたカオスメサイアの必殺攻撃のひとつ。極限までに高めた正転位のエネルギーと反転位のエネルギーという、対極にあるふたつのエネルギーをぶつけ合わせて、文字通りあらゆるものを消滅させるエネルギーを生成し、対象を消し飛ばす一撃。
……早い話がメ○ローアである。




