番外編・暗殺者に甘い毒を 前編
己の命より大切なものはと問われれば、私は迷わず血の繋がらない弟妹達と答えるだろう。弟妹達が幸せに未来を生きてくれるなら、私はどうなっても構わないし、どれだけこの手が汚れようと躊躇うことは無いだろう。
私は孤児だった。辺境で小さな孤児院を営む老夫婦の元でたくさんの愛情を注いでもらいながら育った。私が育った孤児院は規模としては本当に小さなもので、私を含め数人の孤児を老夫婦が面倒を見ているような形で回っていた。
その歯車が狂ったのは私が成人してすぐの事だった。いくつかの要因が重なった。近くの村でそれなりの規模の魔物被害が発生したこと。魔物は冒険者によって討伐されたもののその魔物が死後に毒を振りまく珍しい魔物であったこと。討伐した冒険者たちがその魔物を知らず、マジックボックス等を持っている者が居なかったこと。ギルドに回収を依頼するということで遺体を一時的に村に保管したこと……積み重なった要因により、かなりの数の死者が出て……それに伴い多くの孤児が生まれた。
人のいい老夫婦は可能な限りの孤児を引き取り……私には突然十人の弟妹ができることとなった。ハッキリ言ってしまえば、情に流された誤った判断と言えるだろう。十人という孤児は、老夫婦が営む小さな孤児院で抱えられる限界を超えていた。
老夫婦は十人の弟妹達を養うために、老いた体で一生懸命働き、蓄えを切り崩して……それでもギリギリと言っていい状態だった。仕事を見つけて孤児院を出る予定だった私も大恩ある老夫婦のために孤児院に残り、老夫婦を手伝いながら弟妹達の面倒を見ることにした。
年の離れた幼い弟妹達は私に懐いてくれ、ギリギリの貧しい生活に泣き言も言わず、むしろ家事など自分たちで出来ることは積極的に手伝ってくれる優しい子たちだった。
そんな弟妹達が、私にとってかけがえのない家族に……絶対に護り抜きたい大切な存在に変わるのに、それほど長い時間はかからなかった。
大切な弟妹達のために私も様々な仕事をしてお金を稼ぎ、貧しくもなんとかギリギリ孤児院は回っていた……そう、忙しい日々に老夫婦が体を壊して倒れるまでは……。
老夫婦と私、三人が必死に働いた上で蓄えを切り崩してギリギリだった……老夫婦が体を壊して働けなくなってしまえば、限界を迎えるのも必然だった。
弟妹達の生活、老夫婦の治療、孤児院の維持費……私ひとりで補えるような金額ではない。もう残された手段としては、弟妹達を国に保護してもらうしかなかった。
そうなれば、国が指定した各地の孤児院に十人の弟妹達はバラバラに振り分けられることになるだろう。生まれ育ったこの地を離れ、家族を失い、ようやくできた新しい家族とも離れ離れになる。
……弟妹たちはそれで構わないと、これ以上お姉ちゃんに迷惑はかけられないと、私たちはちゃんと頑張れるよと……涙を堪えながら私に訴えてきた。
その涙を見た瞬間……私は、覚悟を決めた。これまで不幸な目にあってきたこの子たちの未来は、私が守って見せると……たとえ、この手をどれだけ汚したとしても……。
まともな方法では十人の弟妹と老夫婦を養うだけの金を稼ぐことはできない。ならば、マトモではない方法で稼ぐしかない。
私は弟妹たちとの繋がりだけは知られないようにと考えうる限りの対策をしてから、裏の世界に飛び込み……殺し屋となった。
他者の命を奪って金を得る。裁かれて当然の犯罪者へと成り下がった……だけど、それで得られる金は真っ当に働いて得るものより遥かに多かった。
罪悪感が無いわけじゃない。己の両手が血に染まっていく感覚を思い出して、何度もひとりで嘔吐した。それでも止まることはできなかった。
私は愚かな犯罪者だ……いずれ裁かれる日が来るだろう。それでも、構わない……その時が来たのなら、どんな罰でも受け入れる。惨たらしく悲惨な死を迎えてても構わない。
だから、どうか……神よ……弟妹達がひとりで生きて行けるようになるまでは、どうかこの愚か者を見逃してください。
****
この手を血に染める覚悟をしてから数年。私は裏の世界では多少だが名の知れた殺し屋になっていた。もう、殺しに対して抵抗は無くなった。幸いこれまで私が殺した相手は、殺されるだけの理由のある悪人ばかりだった。
だから、殺していいとは言わないし、殺されて当然とも思わないが……少しだけ、罪悪感を和らげてくれた気がした。
仕事をする時は顔を隠し、名を偽り、弟妹達や孤児院との繋がりがバレないように細心の注意を払ってきた。私が恨まれるのはいい、いずれその時が来たなら復讐されても構わない。だが、弟妹達はなにも知らないままで幸せでいてほしかった。
真っ当な仕事をするよりははるかに実入りがいいとはいえ、それでもまだまだ貧しい生活をさせてしまっている。叶うのなら弟妹達を学校に通わせたりしてあげたいものだが、それほどの余裕はない。
弟妹達は私がどんな仕事をしているか知らない「遠くの街に出稼ぎに行っている」としか説明はしていない。老夫婦はなにかを察しているのか、悲しそうな目で私を見ることが増えたが、私の覚悟を読み取ってくれたのかなにかを言ってくることは無かった。
弟妹達はいま孤児院で内職のようなことをしてくれている。遊びたい盛りだろうに少しでも私の負担を減らそうとしてくれている……幸せにしてあげたい……そのためなら、私はなんだってする。
そんな日々を過ごしていたある時、仲介人を通して私にかつてない程大きな仕事が舞い込んできた。
国王暗殺……馬鹿げていると、そう思った。リスクが高いなどという次元ではない。だが、提示された報酬は……文字通り桁が違った。
前金だけでもこれまでの殺しの数十倍……成功報酬には、目がくらむような額が記されていた。
……これだけの金があれば、私が死んだとしても弟妹達は大人になるまで不自由なく生きていける。老夫婦もいい医者に診てもらうことができるし、弟妹達を学校に通わせることもできる。
金に目がくらんだと言えばその通りだ。元々この仕事をいつまで続けられるかという不安はあった。しくじれば、待つのは死だ。いま私が死んでしまえば、弟妹達を養う者はいない。だからこそ、私が死んでも大丈夫なだけの大金を稼ぎたいという思いがあった。
私はその依頼を受けることに決め、直接会うことは無かったが依頼者の手引きによってシンフォニア王国の王城に清掃担当の使用人として潜入することとなった。
幸い殺し屋になる前は少しでもお金を稼ぐためにいろいろな仕事を掛け持ちしていたので、清掃に関してもそつなく行うことができた。
そして依頼者の手によるものなのか、それともたまたま幸運だったのか、私が清掃を担当する場所は国王の私室に近いエリアだ。
なんでも、このエリアの清掃担当に欠員が出て手が足りていなかったようで、私が配属されることになった。
もちろん国王の私室は私のような新人使用人が清掃を行うことなどないが、近いエリアを清掃しつつ、私室の位置関係や国王の動きなどを探れる絶好の位置だった。
暗殺対象であるアンリ国王陛下は、たぶん立派な国王なのだと思う。穏やかで優し気な雰囲気、私のような一介の使用人にも廊下ですれ違ったりすれば優しく声をかけて労ってくれる。
多くの人に慕われているのも伝わってくるし、凄い国王なのだろう、立派な王様なのだろう……彼女が居れば、十年後のシンフォニア王国はもっとずっと発展しているのだと思う。
だけど、私には十年後の国より、弟妹達の明日の方が大切だ……だから、殺さなければならない。
しかし、さすがというかやはりというか……隙はほぼ無い。そもそもひとりになることも少なく、王城内の警備や結界なども厳重であり、暗殺を実行する難易度はあまりにも高い。
決定的な隙は見つからないままで、潜入から二ヶ月ほどが経過し……私は、諦めるしかないという結論に達した。
暗殺を……ではない。私の生存をだ。
殺す方法は正直強襲しかないと思う。アンリ国王は月の半分を王城の私室に泊まり、もう半分は実家に帰っている。その実家に関しての情報は少ないのだが、仲介人が「そちらには絶対に手を出すな」と何度も釘を刺してきていた。
アンリ国王の母親は王家すら凌ぐ力を持つ筆頭公爵という話なので、人が多く潜り込みやすい王城より筆頭公爵家の方が警備に隙が無いということかもしれない。
なんにせよ、暗殺を実行するならアンリ国王が王城に泊まる日……チャンスは時間にして十秒程度……私室の魔力錠を外部から解除した時点で警報が鳴り響き、即座に騎士が駆けつけてくるだろう。
アンリ国王が眠った深夜に魔力錠を開けて即座に部屋に入り、警報によって騎士が駆けつけて来るまでの短い時間の間に殺すしかない。
幸い魔力錠があるからか、私室の前に見張りなどはいない。魔力錠自体はかなり複雑で開錠は難しいが……術式調整が行われるのは十日に一度なので、調整後九日間の間に少しずつ解除を進めて下準備をすれば行ける。
だが、仮に暗殺を成功させたとしても……私が逃走するのは不可能だ。
だから私は、仲介人を通して依頼人に取引を持ち掛けた。私は命を捨てて国王暗殺を実行する。だから成功の可否に関わらず、本来の成功報酬を指定する孤児院に渡してほしいというものであり、強引な交渉であるのは百も承知だった。
だが、その確約が無いなら私は前金を返却してこの暗殺依頼からは手を引く。そんな風に伝言を頼むと、どうやら依頼人は取引に応じるようで……そこで初めて依頼人と顔を合わせた。
貴族の事なんて私はよく知らないが、子爵らしい。子爵が言うには、暗殺が失敗したとしても私室で国王が強襲されたという事実があれば、いろいろ有利に立ち回れるらしく、私の要求を呑むという話になった。
その代わりとして、仮に私が捉えられても子爵の事は漏らさないように魔法契約を結ぶことが決まった。魔法契約は互いの合意によって結ばれる制約魔法の一種であり、それぞれの提示した決めごとを破れば罰……簡単に言えば死ぬという魔法だ。
爵位級高位魔族とか、そういった凄まじい存在であれば一方的に破棄もできるが、私や子爵では無理なため、確実な契約として機能する。
私の提示する条件は、成否にかかわらず報酬の全額を孤児院に届けること、それ以後孤児院と関係者には一切手を出さぬこと、子爵側の条件は私が子爵に関して一切の情報を漏らさないこと、契約から三十日以内に暗殺を実行すること……その条件をもって魔法契約は結ばれた。
これでいい、成否に関わらず私は自害するか切り殺される。だが、それでいい。国王が寝込みを強襲されるなど不祥事であり、可能な限り内々に処理……私の遺体も晒されたりすることは無く処理されるだろうから、弟妹達が知ることは無いだろう。
いつの間にかいなくなった、逃げ出した馬鹿な姉と思ってくれればそれでいい。子爵からの報酬でなに不自由なくこれから先の未来を幸せに生きてくれたら……それで、私は報われる。
最後に一日だけ、孤児院に戻って弟妹達とゆっくり過ごした。内職が上手くなっただとか、あと数年経ったら自分も街に働きに出て孤児院にお金を入れれるようにするだとか、弟妹達はいろいろな話をしてくれた。
老夫婦にもいままでの感謝を伝えた。血は繋がっていなくても、貴方たちは紛れもなく私の親であると……老夫婦は私の言葉になにかを察したのか、涙を流していたが……それでも私の覚悟を汲んでくれたのか、追及してくることは無かった。
この手を血で汚すと決めてから、いつかは訪れると思っていた別れ……寂しくないと言えば嘘になる。成長した弟妹達を見たかった。老夫婦にももっと恩返しがしたかった。
だが、それは叶わない。どうか願わくば……早めに私のことを忘れて、幸せに生きてくれたら嬉しい。
さようなら、なによりも大切な私の家族たち……間違った生き方であっても、私は幸せだった。
****
とある日の深夜、私は音もなく国王の私室の前に降り立つ。二ヶ月の間にここに辿り着くためのルート、警備の巡回などはすべて把握している。アンリ国王が今日私室に泊まっているのも、部屋の明かりがすでに消えているのも確認済みだ。
この部屋の前を夜間警備の巡回が訪れるまで、およそ五分……下準備はしてある。一分あれば開錠可能だ。
魔力錠の開錠を進め、あと一手で開錠というところで一度手を止めて深呼吸をする。これを開けば、即座に警報が鳴る。最も近い巡回の騎士が駆け付けるまで、猶予は十秒……多くても二十秒が限界だ。それまでに国王を殺す。殺せなければ、情報を漏らさないために即座に自害する……よしっ、行こう。
魔力錠を解除し、素早く扉を開いて部屋の中に入る。警報は……鳴らない? いや、考えるな、暗殺を実行するだけ……。
ベッドのある場所に向けて駆け出す。直後に部屋に明かりが灯り、ベッドの横に立つアンリ国王の姿が見えた。だが、もはや関係ない。
間合いまで五歩……まだ警報はならない。
間合いまで四歩……アンリ国王は動かない。驚愕した様子もなく、ただ立っているだけ。
間合いまで三歩……ナイフを抜く、狙うのは首、横薙ぎの一閃。
間合いまで二歩……アンリ国王の口元が弧を描く。動きはない。
間合いまで一歩……私の生涯最後の一撃、全霊を込めてナイフを振る。
瞬間……視界が歪んだ。足から力が抜け、膝から頽れるように倒れて床を転がる。なにが……起きた? 視界が揺れる。意識がハッキリと定まらない。体にも力が入らなくて起き上がれない。
顎に痺れるような熱……顎を打たれた? いつ、どのタイミングで……倒れている筈なのに、顔が左右に揺れているような感覚。
いうことを聞かない体を必死に動かしながら顔動かすと……覗き込むようにこちらを見ている、ディープブルーの瞳が見えた。
「……ん~気絶しないぐらいに加減して殴ったつもりだけど、上手くできたかな? おっ、上手く言った感じっぽいね」
こちらを覗き込みながら軽い口調で告げるアンリ国王……言葉から察するに、私はアンリ国王に顎を殴られた結果、いま床に転がっているみたいだった。
「もしかして、油断しちゃったかな? ヒルトとかには敵わないけど、私もこう見えてそこそこ戦えるんだよ」
そこそこ? そんなレベルではなかった。見えなかった……死を覚悟して極限の集中状態だったはずなのに、アンリ国王がいつ私の顎を打ったのか、まったく分からなかった。
だがハッキリと分かることがある。暗殺は失敗だ……この方は、私を正面から簡単に制圧できる強さがある。ダメージが抜けて体が動くようになったとしても、アンリ国王を殺害するのは不可能だ。
「それにしても凄いね。結構難しい魔力錠だったのに綺麗に解除してたし、そのあと一直線にこっちに向かってくる動きも凄くよかったよ! あっ、そうそう、警報は解除してあるから気にしなくて大丈夫だよ」
緩い口調でそう告げながら、アンリ国王は扉の方に移動して私が開けた扉を閉めて再び魔力錠を施す。私を逃がさないようにというよりは、この先誰かが入ってこないようにするための処置のように見えたが……意図はよく分からない。
なんにせよ、私のやるべきことは決まっている。体を動かせるようになったら、即座に自害する。
「いやね、私君とゆっくり話がしたくってさ、こうして訪ねてきてくれるのを待ってたんだよ。もう少しで動けるようになるかな? そっちのソファーに座って、ゆっくり話そうよ」
「……」
意図は読めない、だが、応じる気は無い。少しずつ手に力が入るようになった。あとはナイフで自分の首を切れば終わりだ。
なんの情報も与える気は無い。これで、すべてが終わり……。
「君の話が聞きたいな……『十人の弟妹』とか『孤児院』の話とかさ」
「ッ!?!?」
背筋が凍りつくような感覚だった。驚愕して顔を上げると、楽しそうに笑いながらアンリ国王がこちらを見ている。
なぜ、知っている? 弟妹たちや孤児院との繋がりだけはバレないように、細心の注意を払っていたのに……。
「孤児院の院長夫妻は足が麻痺して歩けないんだっけ? なにかあったら大変だよね。子供たちも内職で作った品を一生懸命近くの街まで運んでるんだよね。道中なにもないといいんだけど……心配だね」
「ぁっ……あぁぁ……」
ガタガタと奥歯が震える。理解はできない、疑問は渦巻く……だがひとつだけ確実なのは、目の前のこの女性は、私が必死に隠していた急所を握っているということ……私の命より大切なものが、人質に取られているという事実。
底知れない恐ろしさに震えあがる私に対して、アンリ国王はまるで慈愛の天使のように優し気な笑顔で告げる。
「……さぁ、疲れたでしょ? そこのソファーに座って……お茶でも用意するから、ゆっくり話そう……ね?」
私にできるのは、青ざめた顔を縦に振り……目の前の支配者の言葉に従うことだけだった。
~ちょっと解説~
【アンリちゃん】
ウキウキワクワクと襲撃を待ってた。クリームヒルトには敵わないが、人族でも上から数えたほうが速い程度には強い。
暗殺者ちゃんが、覚悟極まってる人物で失敗したら即座に自害するのは分かってたので、孤児院や弟妹の話題を出しただけで、別に人質に取ったりする気は無い。
単に狙ってた暗殺者ちゃんを口説く時間が欲しいだけ。




