番外編・少女の顔、王の顔
アンリの姿勢を正させ、特に報連相に関して長い説教を行っていたクリームヒルトだったが、途中でナタリアの方を向いて口を開く。
「ナタリア、時間は?」
「……あと十五分」
「そうですか……それでは、説教は一度ここで区切りましょうかね」
これがプライベートであればもっと長々と説教を行った。なにせこのアンリ、本気で隠せばクリームヒルトやナタリアに気付かれずに手を回したり、上手くとぼけてかわしたりということも容易に行えるぐらいには頭がいい。
なので、こうしてバレて説教されるところまで織り込み済みでやっている節もあり、実際にクリームヒルトが追及した際の反応も分かりやすかった。
その辺も含めてガッツリ説教をしたいところではあるのだが、いまは三国合同会議の場であり使える時間も有限である。
「……えっと、ヒルト? 一度ここで区切るって、また後で続きがあるみたいな言い方なんだけど……」
「あるに決まっているでしょう。合同会議が終わった後でミッチリ説教ですからね」
「ひぇぇぇ……ご、ごめんって、ちゃんと反省してるから……ね?」
「い~え、長い付き合いだから分かります。貴女は絶対にまた似たようなことをやると……それを止めようとするだけ無駄なので、発覚した時はこれでもかというほど叱ります」
「あぅあぅ……」
「いっそ、一度お父さんにお願いして叱ってもらうべきですかね」
「あっ、待って、パパは止めて。パパはなんとなくとかっていう対策不可能な方法で隠し事見破ってくるから……勝てないから……」
天才、怪物と称されるほどの頭脳を持つアンリではあるが、実の父親の快人にはまったく敵わない。単純にアンリが重度のファザコンで、快人に逆らえないというのもあるがそうでなくとも快人は、直感やなんとなくと言った曖昧な感覚でアンリの隠し事を看破してくるので、勝ち目がなかった。
「……ほぅ? その発言はつまり、まだ他にも私やナタに隠して裏でコソコソやっていることがあると受け取って問題ありませんか?」
「……ナニモカクシテナイヨ、ホントダヨ」
「お父さんの予定を確認しておきます」
「ぐぅっ、パパに叱られるのは嫌だけど……どんな形であれパパと会える機会が増えるのは嬉しい……くぅぅ、ジレンマだよ」
決して叱られたいわけではない。叱られるのは嫌だし、実際に叱られるとシュンとするのは間違いないのだが……それはそれとして、叱るという名目であれなんであれ大好きな快人と会う機会は嬉しい。
あと、しっかり説教はされるが、それが終わった後は優しく甘やかしてくれる可能性が高いので、叱られるというマイナス要素を加味しても魅力的だった。
迷うような表情を浮かべるアンリに対し、ナタリアがどこか呆れたような半目で告げる。
「……お父様ともっと会いたいなら、普通に食事とか誘って一緒に外食でもすれば?」
「へ? あっ、い、いや、それは……その……ほ、ほら、パパとふたりきりで食事とか……そ、それはちょっとえっち過ぎるから、五年~十年ぐらいの中長期計画を立ててじっくりと……」
「……実の親子で食事するのにえっちもくそもねぇよ」
顔を赤くして照れた様子で人差し指を突き合わせるアンリを見て、ナタリアは心底呆れたような表情を浮かべた。
相も変わらず恋愛関連にはポンコツ過ぎるというか、数百年どころか数千年かけても進展するかどうかというレベルに奥手なアンリに呆れていたナタリアだったが……少し経つと姿勢を正し、メイドとしての表情に変わる。
「……十分前です。それで、どうしますか? 陛下」
「……」
口調を敬語に変えて告げたナタリアの言葉を聞いて、アンリの表情が一変する。先程までクリームヒルトに叱られてヒイヒイ言っていたり、誤魔化そうとアタフタしていたり、快人関連で照れていたりと明るく表情豊かな雰囲気からは想像もできないほどに冷たく鋭い目に変わり、冷徹さも兼ね備えた王としての顔に変わった。
「獄中で病死が一番手っ取り早いんだけどね。さすがにそういうわけにもいかないし、証拠も揃ってるから裁判かな……」
そう言いながら姿勢を正し、マジックボックスからメモ帳とペンを取り出してなにかを書き込み始める。
「私の暗殺未遂だけなら唆したのはこっちだし、ある程度の罰金ぐらいで内々に済ませてあげたんだけど……それ以外はアウトだからね」
緩い口調ながら纏う雰囲気には覇気とでもいうべき重さがある。アンリはなにかを書き終えたメモをクリームヒルトの方に差し出しながら告げる。
「ヒルト、そこに書いた四つの貴族家を見張るよう騎士団に指示出して。全部は動かない、動くとしてもひとつかふたつ……動いたからってなにかしなくていい。動いたってことと、なにをしたかってのだけ記録しておくように伝えといて」
「御意」
アンリからメモを受け取ったクリームヒルトは丁重な様子で騎士の礼を行う。
「ナタ、諜報動かしてちょっと金の流れを探って欲しい。え~と、たぶんベルナ地方かカローナ地方、あの子爵が資金の一部を隠しているのはそのどっちかだと思う。あの辺りの昨今の動きから考えて……特殊修繕費か対魔物用設備建設費って名目で計上されてると思う。それ以外にも大き目な金の動きがあったら教えて」
「……畏まりました。早急に動きます」
クリームヒルトもナタリアも、国王としてのアンリの能力は欠片も疑っていない。明確な指示が出たのなら速やかにその通りに動く。
指示を出し終えたアンリは軽く微笑みを浮かべた後で、残っていた紅茶を飲み干してソファーから立ち上がる。
「……さて、それじゃ私は怖い大先輩ふたりと、ワクワクドキドキ腹の探り合いをしてくるよ。じゃ、ふたりともよろしくね」
「「行ってらっしゃいませ、陛下」」
頭を下げて見送るふたりに軽く手を振ってから、アンリは部屋を出て合同会談の部屋に向かって堂々とした足取りで歩き始める。
(ん~ウル姉には五年って言ったけど、やっぱまだまだ時間はかかりそうかなぁ。シンフォニア王国内をある程度しっかり掃除してからじゃないと、おちおち引退もできないや……はぁぁぁ……パパとの夢のイチャラブ生活が遠いよ)
そんな風なことを考えつつも、同時にアンリの頭ではマルチタスクのように複数の思考が巡り、これから先のクリスとラグナとの会談をシミュレートしていた。
歩いて会議室に辿り着くころには思考は纏まっており、アンリは穏やかな微笑みを浮かべながら入室していった。
~ちょっと解説~
【アンリ】
ONOFFの切り替えはしっかりしてる方であり、親しい相手の前ではどこか緩めなほわほわした感じで表情豊かな女の子ではあるが、王として振る舞う時は別人のように変わる。
単純な才能という面ではリリアの方が上ではあるが、良くも悪くも貴族らしくない優しさや穏やかさのあるリリアに対して、アンリは必要に応じてサクッと切り替えるタイプなので貴族としての適性はアンリの方が上と言えるかもしれない。
リリアに対しても公式の場では、王と筆頭公爵という立場で時に意見の衝突などもしているが、家に帰れば「ママ~」と普通に甘えているし、ホイホイ神友から変なもの貰ってきたりと胃痛を仕掛けている。
最近は過保護で溺愛気味なマキナから、緊急時用に例の全能球体を貰っており「タルちゃん」と名付けて影の中に格納しているらしい。




