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むつら☆ぼし  作者: 灯台


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番外編・精霊騎士



 時は少し遡り、シンフォニア王国南部、ハイドラ王国との国境付近。交易などで用いられる道から大きく外れた平原を行く一団があった。

 その一段の先頭付近を馬に乗って進む豪華な服を着た男は、苦虫を噛みつぶしたような表情で呟く。


「……くそっ、あの忌々しい小娘め……なぜ、ワシがこんなコソ泥のような真似を」

「どうかご辛抱を、追跡をかわすために仕方なく」

「分かっておる!」


 男は歴史だけはそれなりに古い子爵家の当主であり、現在は私財を纏めて家族と私兵と共に国境を目指していた。

 少し前に発生し、内々で処理された国王暗殺未遂……子爵はその糸を裏で引いていた者であり、騎士団の追及や調査が厳しくなってきたため、隙を見てシンフォニア王国を脱出しようと試みていた。


 叶うのならば転移魔法で逃げおおせたかったところではあるが、私財に私兵、歴史ある貴族家の資産を全て持って逃げようとするとどうしても大規模になってしまい、その規模を転移するのは難しい。

 転移魔法具を使って少しずつ運ぶのではあまりに時間がかかり過ぎるが、大切な己の財産を置いて逃げるというのは強欲な男には我慢ならなかった。


 転移魔法が使える者に金を渡して依頼するという手もあったが、それだけの規模の転移魔法が使える者となると限られる上に、王家の手が回っている可能性もあり、結果として夜逃げのような形で一団を率いて逃走していた。

 網を張られている可能性がある道を避け移動する関係上、己も馬に乗って移動せねばならないということに不満そうな男ではあったが、幸いにして元々男の領地は国境に近い。


「国境を越えさえすれば、時間は稼げる。その間に、あちらの協力者と合流して身を潜め、いずれ返り咲いてくれるわ」


 王国騎士団の調査をあの手この手でかわしつつ準備を進め、電撃作戦の如く素早い逃走には確かな手ごたえがある。

 騎士団が気付いて追ってきたところで追いつかれる前に国境を越えてしまえると確信できるほどには上手くいっている。他国にさえ入ってしまえば、騎士団は簡単には国境を越えられない。手続きなどに手間取っている間に逃げ切ることができる。


 男はツイていた『運良く入手できた』己を調べている騎士団の配置、『鋭い洞察力で発見できた』包囲網の穴、『奇跡的に重なった』三国合同会談という己から注意が逸れる要素……すべてが男に味方しており、男はこのまま逃げ切ることができると確信していた。


 ……己が既に、大きく開いた大蛇の口の上に居ることも知らず。


「……前方に何者かが居ます!」

「なにっ!? 数は!」

「ひとり……いえ、アレは……精霊?」


 私兵の言葉を聞いて男が慌てて前方に視線を向けると……一団が進む先、少し大きめの岩の上に腰かけている騎士らしき女性が見えた。

 長い赤髪を首の後ろで細く一本に纏めた軽装の騎士であり、整った顔立ちとスラリとした高身長の体格も相まって凛々しさが感じられる。

 特徴的な細く長い耳が女騎士がエルフ、或いはハーフエルフであることを示しており、女騎士の周囲にはかなりの数の精霊の姿が見えた。


「……遅かったですね。精霊と戯れていたので、退屈はしませんでしたが」

「ばっ、馬鹿な……な、なぜっ……」


 男たちを確認して、女騎士は岩の上から降り立ち、静かに腰の長剣を抜く。その姿を見て、男は明らかに動揺した表情を浮かべており、男の周囲にいる私兵たちにも動揺が見て取れた。


「なぜ? それはどちらの意味でしょう? なぜ、自分たちの逃走がバレたのかという意味か、それともなぜ私が先回りできたのかという意味か……順に答えましょう」


 気品と凛々しさを感じる立ち振る舞いで話す女騎士の、やや暗めな緑色の目が男たちを捉える。口調は穏やかながらただならぬ雰囲気があり、それが威圧感となって男たちを縛り付ける。


「ひとつ、なぜ逃走がバレたのか……それは単純です。そもそも、貴方たちは陛下の掌の上に居ただけ、逃走を選んだのではなく選ばされたというだけです。次に、なぜ私が先回りできたのか……これも単純な話です。精霊魔導士は転移魔法の達人、先回りするなど容易い話です。まぁ、私は正しくは精霊魔導士ではありませんが……」


 女騎士が静かに剣を構える。騎士はひとり、対して男の私兵は数百は居る。数の上では圧倒的に有利……だが、男の顔は恐怖に凍り付いている。

 理由は単純。この程度の数では目の前の女騎士を止めることなどできないと理解しているから……。


 そんな男の焦りに呼応するように、女騎士の周囲に居た精霊たちが軽く手をかざすと……小さな光の球体のようなものが多数女騎士の体に吸い込まれていき、次の瞬間女騎士から放たれた莫大な魔力が空気を揺らした。


「さて、疑問には解答しました。次は私の方から一言……」


 それこそ、爵位級高位魔族に匹敵するほどの凄まじい魔力を纏いながら、女騎士は静かに剣先を男たちの一団へと向け、鋭い目で宣言する。


「……シンフォニア王国、特務騎士筆頭。『精霊騎士』クリームヒルト……王命により、逆賊を討つ!」


 現シンフォニア国王アンリが絶大な信頼を置く側近にして異母姉妹。エルフ族の血が強く出たハーフエルフでありながら、生まれながらにハイエルフと同じ内臓を持ち、極めて高い精霊魔法への適性と自然の魔力を己の体に取り込んで一時的に自身の力に上乗せするという特異な能力を有する……エルフ族の歴史上初めて生まれ、それまでエルフ族の特殊個体は後天的に進化するハイエルフという常識を覆した『真の特殊個体』。


 精霊騎士という異名を持つクリームヒルトの刃が、瞬く間に逃走を試みていた一団を切り伏せ……男の試みた逃走はあっさりと失敗し、遅れてやってきた騎士団に捕らえられて連行されることとなった。



****



 会談が一区切りついて休憩となり、休憩室に移動したアンリは防音結界をしっかり張ってから、ソファーに座って大きく息を吐いて表情を崩した。


「はぁ~疲れたぁ。クリスさんもラグナさんも鋭いからね。不意打ち気味に主導権掴まないと、絶対私がなにか触れられたくない話題があるって気付いて探ってきただろうしね。うちの貴族がやらかしてるのに、身柄を確保する前に突っ込まれるのはよくなかったからね。でもまぁ、ヒルトが無事確保してくれたなら、この先は突っ込まれても大丈夫だね」


 アンリがクリスとラグナに追及されたくなかった話は、国王暗殺を裏で糸を引いた貴族家に関してであり、先ほどの階段時点ではまだ確保できていない状態であり、そこでアレコレ追及されるのは避けたかった。

 捕まえた後ならば「現在すでに身柄は確保してあり、追って調査中である」と答えられるので、この先は問題ない。

 ホッとしたような笑みを浮かべるアンリの元に、紅茶を淹れる一式を乗せたカートを押して120㎝ほどの小柄なメイド、ナタリアが近付いてくる。


「……紅茶の用意ができました。タバスコはどれぐらい入れますか?」

「ん~過去に紅茶にタバスコを入れて飲んだことは無いし、この先の未来にも無いから、いらないかな」

「……陛下がフロンティアスピリットを失ってしまったようで、悲しい限りです」

「駄目と分かってるものに突っ込むのを、フロンティアとは呼びたくないな~」


 そんなやり取りをしつつもナタリアの手元は美しさすら感じる所作で動き、手早く紅茶を用意していく。砂糖は普通のサイズの角砂糖を半分に切り、ミルクはほんの僅かに感じれる程度の少量……それが、アンリが好む味であり、完璧に紅茶を淹れて音もなくアンリの前にカップを置く姿から、メイドとしての高い技量が伺えた。


「ありがと~」


 アンリは明るい笑顔でお礼を言って、ナタリアが淹れた紅茶を一口飲んで満足そうな表情を浮かべる。するとそのタイミングでこの部屋に張った転移阻害結界の除外対象になっている女騎士……クリームヒルトが室内に転移してくる。


「おかえり、ヒルト。ご苦労様……ヒルトも紅茶飲む?」

「いえ、仕事中ですので遠慮します。例の一団の身柄はすべて騎士団に引き継ぎ終えました」

「相変わらず硬いな~けど、仕事が速くて本当に助かるよ。おかげで午後は気楽に会談に臨めそうだね」


 アンリとナタリアとクリームヒルトの三人は異母姉妹であり、幼い頃から非常に仲の良い親友同士ということもあって室内の空気は穏やかで、アンリもリラックスした表情を浮かべていた。

 報告書にいくつかの内容を記入し終えたクリームヒルトが、静かに口を開くまでは……。


「……さて、ナタ。会談再開までまだ時間はありますよね?」

「……問題ない。十分前になれば声をかけます」

「よろしくお願いします。さて、それでは陛下……いえ、アンリ……お説教の時間です」

「へあっ!?」


 臣下としてというよりは、異母姉妹として、親友としての顔で説教だと告げるクリームヒルトの言葉に、アンリは妙な叫び声と共に焦った表情を浮かべる。


「え? お、お説教? な、なんでかな~?」

「私の見解としては、もっと早くどうとでもできたのに、ワザとこのタイミングで例の子爵を逃げさせたと認識しています。我々に相談もなく……そもそも、当初の予定であればもっと早急に終わっていたはずが、アンリが自分を狙ってきた暗殺者を勧誘したいと言い出して、大きく予定がずれ込んだのも問題です」

「……お、おうふ……い、いや~あくまでヒルト個人の見解だよね? ほ、ほら、不幸な偶然というか、避けられない部分もある気がするんだよ」


 静かに告げるクリームヒルトの言葉に、アンリは軽く冷や汗を流しつつ目線を泳がせる。


「なるほど、確かに私ひとりの意見では偏りも出るかもしれませんね……ナタ、貴女はどう思いますか?」

「……アンリが読んでないわけないから絶対ワザと、たぶんハイドラ王国の協力者ってのもアンリの息がかかってると思う」

「………………こ、紅茶が美味しいな~」


 メイドとしての口調からプライベートの口調に変えて、ナタリアもクリームヒルトと同じ見解だと告げる。味方が居ない状態になり、アンリはダラダラと冷や汗を流すが……もう、逃げることは難しいと悟っているのか、どこか諦めているかのような表情だった。


~ちょっとキャラ紹介~

【クリームヒルト】

ジークリンデと快人の娘にして、アンリの異母姉妹であり親友兼側近。

エルフ族の歴史上初めて生まれた本当の特殊個体であり、「エルフ族の真の特殊個体はまだ生まれていない」というフォルスの仮説を証明した存在。


落ち着いた穏やかな性格であり、アンリやナタリアより年上でお姉さんのような存在。母親であるジークからしっかり剣も教わっており、実力は相当なものである。

特殊個体の特殊能力によって、精霊たちから力を分けてもらうことで、一時的に爵位級に匹敵する能力を発揮することができるが、あくまで時間限定の強化であるためまだ爵位級相当というわけではない。


高身長で凛々しく、別に男装しているわけではないが男装の麗人のように慕われており愛好会なども存在するぐらいにファンが多い。

ただ仕事中こそ騎士としてカッチリした格好ではあるが、普段は女の子っぽい服装を好んでおり、私服などは可愛らしいものが多い。


余談ではあるが「エルフ族の英雄とハイエルフの娘」であり「最長老が認めた真の特殊個体」ということもあって、エルフ族からは奇跡の存在のように扱われており特にリグフォレシアでの人気が凄く、快人がそうであるように気恥ずかしさから若干リグフォレシアを苦手としている。


祖父と祖母にはそれはもう溺愛されている。

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― 新着の感想 ―
ウルは特殊な例だからとりあえずおいておくとして。 クリームヒルトはジークさんとの子なら、もしかしてカイトの長女にあたるのかな? というか、男の子が生まれてくる図が思い浮かばない。ワンチャン、男の娘なら…
更新お疲れ様です!連続で読みました!引き続きアンリさん達の国王の会議は続く アンリさんも実は危ういところもあったみたいだけど裏側で問題なく終えたみたいだ 今回でジークさんと快人さんの子供も登場する! …
この平和な世界で国王暗殺してどうするんやとは思うけどな 戦争してるわけでもなく継承権で揉めてるわけでもないのに勝ち目薄すぎん?
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