番外編・それぞれの思惑
国同士の友好を示すための一種の形式的なものとは言え、合同会談の場に国のトップが三人そろえば当然腹の探り合いも行われる。
あくまで雑談を交えながらではあるのだが、それでも直接会って探れる機会は貴重であり有益な情報を得たいと考えるのは自然だ。
「噂話で思い出しましたが、シンフォニア王国では諜報部門を見直す……というよりは、国王直属の諜報部隊を新設しようというような噂がありましたね」
「あ~ワシも小耳にはさんだ覚えがあるのぅ。まぁ、真偽のほどは定かではない軽い噂程度じゃが」
クリスが静かに投じた石に、ラグナも乗っかるような言葉を続けつつ思考を巡らせる。
(さすがはクリス嬢、いい切込みをする。諜報なんぞ、どの国にも存在するのは当然ではあるが、あまり探られたくない話題であるのは間違いない。しかし、先ほどアンリ嬢は言外にこちらの諜報、耳の位置を把握しておると口にしたようなもの……ならば、逆に諜報関連の話題を振られることに文句も言えんじゃろうて)
当然ではあるが諜報関連に関しては国家としても機密性の高い話題であり、友好的とはいえ他国が迂闊に探っては含むところがあると言うようなものであり、基本的に避けられる話題だ。
だが、今回は先にアンリの方が諜報関連とは言及しないまでも匂わせるような発言をしており、それならばとクリスは踏み込んで見せた。
(ラグナ陛下の言う通り、信憑性はほぼ無い噂レベルのものですが……さて、どう返してきますかね? 誤魔化そうとするか、それともあえて認めてくるか……なんにせよ、得られる成果はあるでしょう)
クリスの踏み込みに対してもアンリは特に困ったり慌てたりするような様子はなく、むしろどこかクリスの話題に食い付くかのように口を開いた。
「さすが、おふたりとも耳が早いですね! そうなんですよ、実は諜報部門を一段上に成長させたくて、どうしたものかと悩んでいたんです。さすがに全体を一気に向上というのは難しいので、まずは私直属という形で精鋭のような諜報部隊を作って、そこから全体に波及できればと考えたんですよ」
「ほぅ、アンリ嬢は実に豪快じゃな。そのような発言をしては、場合によっては自国の諜報の質が悪いと侮られかねんじゃろうて……それに質の向上と言っても、武術のように鍛錬というわけにもいかんじゃろうて」
「ええ、なかなか難しいものですよ。いまは、ちょっとした縁でパンドラ様と、グラトニー様と、アスタロト様にご指導いただいている段階ですが、まだまだ時間はかかりそうですね」
「「……は?」」
にこやかにアンリが告げた言葉を聞いて、クリスもラグナも思わず虚を突かれたような表情を浮かべた。いまのアンリの発言が真実なら、幻王配下幹部の三人がシンフォニア王国の諜報部隊を鍛えているという話になる。
(……待て待て、予想外の交友でぶん殴ってくるのは止めてくれ!? 諜報部隊の指導を頼めるほどに十魔と親しくしている? カイトの娘じゃからか? いや、違う……あくまで幻王配下や十魔の方々が特別視しているのはカイト個人であり、アンリ嬢の個人的な要請に応じる義理は無い)
幻王配下十魔が絶対の忠誠を誓っているのは、王たるアリスとそのアリスが忠誠を捧げると誓った快人であり、アンリは対象外である。
もちろん快人の血縁である以上ある程度の礼をもって接するが、快人を介さない頼みごとを聞く理由はない。そして快人は国家関連の施策には基本関わらないようにしているので、諜報部隊の指導などを娘の代わりに依頼してくることもあり得ない。
(……となれば、アンリ陛下自身がそのお三方とは親密であると考えるほうが自然ですが、そのような情報は欠片も……まさか、アリス様まで味方に付けている? なんにせよ、一瞬で話の主導権を持っていかれてしまいましたね……手強い)
そう、パンドラ、グラトニー、アスタロトがアンリの依頼に応じたのは、その三人が普通にアンリと親しくしているからである。
というのもアンリは快人の娘ではあるが、同時に異世界の神と一緒に推し活をするぐらいにはファザコンであり、快人を敬愛通り越して崇拝しているレベルであるため……十魔の中でもとりわけ狂信組と呼ばれる忠誠心のバグっている連中とは、とにかく話が合うのである。
何度も快人の話で盛り上がったりと交流を重ねているうちにある程度親しくなり、今回の諜報部隊の指導に関しても「まぁ、他ならぬお前の頼みだし、手の空いてる時に少し見てやるぐらいかまわない」と言ってもらえる程度には信頼を勝ち取っていた。
「それはまた……豪勢な話じゃな」
「ありがたいことです。ああ、そういえば、その諜報部隊の隊長を任せようとしている者は最近雇い入れたんですよ。元々は、私を暗殺に来た刺客だったのですが……」
「「は?」」
「いや~凄く優秀な子で、欲しくなっちゃったんで、頑張って口説き落としましたよ」
ここで畳みかけるような発言により、再びクリスとラグナは驚愕を浮かべ……話の主導権は完全にアンリの手の内に収まった。
(いかん、完全に流れを持っていかれた。このままアレコレと、時間いっぱいまで話題をコントロールして煙に巻くつもり……よもや、初めに耳の位置を把握するような発言をしたのは、クリス嬢が切り込んでくることも見越して、ワシらの虚を突ける手札のある話題へ誘導しておったのか?)
(一歩間違えば醜聞にもなりそうな話題を自ら振ってきた? これは……なにか別に触れられたくない話題があって、そちらに話が向かぬようにしている? ですが、それを探るのはこの主導権を握られた状態では難しいですね)
不意打ち気味の情報の連発により、この場での会話の主導権を一時的にアンリが握る状態となったが……ラグナもクリスも、このまま会談の最後までアンリは主導権を握り続けると予想していたし、その阻止が難しいとも理解していた。
そして、にこやかに話を続けるアンリの頭に……探知に引っかからない特殊な念話魔法により、声が響く。
(……ヒルトから連絡、逃走していた貴族家、全員確保)
(さっすが、早くて助かるよ……ナタもありがとう。三十分ほどで休憩に入るから紅茶でも淹れておいて)
(……自分でやるべきでは?)
(君、私の専属メイドだよね!?)
そんなやり取りの後で念話は切れ、会談が行われている部屋の外で待機していた空色の髪の小柄なメイドが、警備の騎士たちに一礼した後で移動していった。
~ちょっとキャラ紹介~
【ナタリア】
アンリの親友かつ異母姉妹にして専属メイド……ルナマリアの娘。混血ではあるが、先祖返りでヴァンパイアの特製が色濃く出ており、いくつか特殊な能力も使うことができる。
無表情気味で淡々とした物言いだが、ノリはいい方というか……しょっちゅうアンリを揶揄っており、その関係性は母親であるリリアとルナによく似ている。
さらに赤髪の女騎士……クリームヒルトを加えて、彼女たちを『二代目シンフォニア三花』と呼ぶ声もある。
余談ではあるが、年下の叔母が居て非常に懐かれているらしい。




